エピローグ

エピローグ

「あっひゃはははははははははははははははっ!!」


 礼が自室で、普段の礼からは想像もつかないほどの高笑いをする。

 それには、もちろん理由があった。


 ひったくり事件、連れ去り事件、ストーカー事件と順調に事件を解決していき、注目され始めたクロスAの存在は、先日の立てこもり事件で一気に全国注目の的となった。

 その結果、この町は一目クロスAを見ようと、マスコミや観光客が訪れてかつてない賑わいを手に入れ、礼が計画した町おこしはその第一歩を成功させていた。

 これが、礼が高笑いをしている理由だったのだ。


「この成功は大きいぞ! よくやった、筒森勝善!」


 礼はそう言って自分の部屋に連れ込んだ勝善の肩を叩くが、


「ほげー」


 勝善は体育座りしたまま上の空だった。

 光への告白が見事失敗してまだ数時間しか経っていないためである。


「まったく、人が喜んでるのにまるで反応がなくてつまらん。まぁ、いい。それよりもだ。私がこうしてお前を部屋に連れ込んだのにはちゃんとした理由がある。町おこしは第一歩が成功した。そこで、約束通り報酬を払う。それがお前を部屋に連れ込んだ理由だ」


 そう、礼は勝善にクロスAとして活動したその報酬を払うため、勝善を部屋に連れ込んだのだ。

 だが、勝善は報酬という単語が出てきたにも関わらず、反応はなかった。


「ほれ」


 そんな勝善を無視し、礼は報酬の入った茶封筒を勝善の頭の上に置いた。

 そして、茶封筒を頭の上に置かれた瞬間、勝善は正気に戻った。頭に置かれた茶封筒が重かったからだ。


 正気に戻った勝善はおそるおそる頭の上に置かれた茶封筒を取り、その中身を確認した。

 茶封筒には、札束という言葉が実感できる額のお札が入っていた。


「……これは?」

「お前への報酬だ」

「こんなに?」

「立てこもり事件が解決してからのこの三日間でこの町に落ちた金を考えれば、それは立役者であるお前への正当な金額と言える。だから黙って受け取っとけ」


 まさかクロスAがそこまでの経済効果を出しているとは思っていなかった勝善は驚きつつ、礼の言う通り黙って受け取っておくことにした。


「その報酬を使って、牧野光をちょっとお高いレストランにでも誘ったらどうだ?」

「ふぁひゅ!?」


 突然光の名前を出され、勝善は分かりやす過ぎるくらいに動揺を見せた。


「お前の様子を見れば牧野光と何かあったことくらい容易に想像がつく。だが、それがどうした。その程度のことでお前は、恋を諦めたりはしないだろ? だから、開き直って進み続けろ」


 礼は勝善に何があったのか、ある程度見通していた。

 その上で、勝善に対して助言をした。

 その内容は、勝善という人間をよく理解したものであり、勝善を立ち直らせるには十分なものだった。


「……そうだな。どうせいじけてても、結局俺は行動しちまうんだろうな。ありがとう、大家さん。気付かせてくれて。さっそく明日、誘ってみるよ」


 礼の言葉で立ち直った勝善は、お礼を言って自分の部屋に戻るべく立ち上がった。


「あっ、そうだ。ちょっと待て」

「はい?」


 と、立ち上がった勝善を礼が呼び止め、勝善は礼の方を向いた。

 礼は、自分の方を向いた勝善が持つ茶封筒を奪った。


「いかん、いかん。家賃二ヶ月分とポップコーン代にストーカー事件の時に使った私のツテの料金を天引いておくのをすっかり忘れてた」

「渡す前にやっておけぇえええええええええええええ!!」


 茶封筒からお金を天引きする礼を見て、勝善は力の限り叫んだ。


「まったく、うるさいやつだな」

「叫びたくもなるわ!」

「ぐちぐち言うな。そもそもは、お前が払ってこなかった金なんだから、お前に文句を言う資格はない。ほれ、終わったぞ」

「たくよー」


 礼の言ったことは正論ではあったため、勝善はそれ以上ぐちぐち言わず、天引きを終えたお金の入った袋を受け取った。


「そうそう、もう一つお前に大事な話があった」

「何だよ?」

「これ、お前から預かってただろ」


 そう言って礼が取り出したのは、呪いのお守りだった。

 実は立てこもり事件が全て解決したあと、礼は勝善から呪いのお守りを預かっていたのだ。


「ああ、そうだけど、また持ってろってか?」

「いや、違う。実はな、そもそもこのお守りで引き起こす厄介ごとというのは、そこまで大きいものではなく、小さいものを想定していたんだ」

「はっ? いや、でも大きなことばっかり起こしてただろ?」

「ああ。お前がこいつを持ってからは連れ去り事件、ストーカー事件、立てこもり事件とどうも大きいものばかり起きていた。だからこれはおかしいと思ってお守りを作った神主に見てもらったんだが、異常は何も無かった。つまり、本来ならばこのお守りで起こる厄介ごととは、想定していた通り、小さいものであるはずだったんだ」


 礼の話を聞き、勝善は混乱し始める。

 礼の言う通りならば呪いのお守りが起こす厄介ごとは小さいものだというのに、実際に勝善が持っていた時に起きた厄介ごとはどれも大きなものばかりであったからだ。


「それで、これは何か別の原因があるのではと考え、その原因を神主と探ったわけなんだが、このお守りの中身は、いい感じに負のオーラが溜まっている、お前の部屋の素材だったよな」

「ええ」

「結論を言うとだな、そんなお守りの中身になりうる負のオーラが溜まった部屋にかれこれ一年ほど住み続けたお前が、遅かれ早かれ起こる大きな厄介ごとを自分の目の前で起こす体質になってしまった。つまり、今回起きた大きな厄介ごとは全部このお守りのせいではなく、お前の体質のせいということだ」

「…………その神主さん、お祓いってできます?」

「あー、できるがあの神主はぼったくるぞ」


 そう言う礼であったが、勝善は迷わず茶封筒から札束を取り出し、礼を経由してお祓いの予約をするのであった。




 翌日。勝善は色々と減りはしたものの、礼から貰った報酬の入った茶封筒をズボンのポケットに入れ、泉葉高校に登校し、それからずっと光の方を見て、食事に誘うタイミングを見計らっていた。


 立ち直ったとはいえ、告白が失敗してからまだ一日しか経っていないからか、勝善はなかなか光を食事に誘うことができないでいた。

 そのことで自分はヘタレなのだと勝善は再認識しつつ、これでは日が暮れても光を食事に誘えない、と少しばかり途方に暮れていた。


 だが、勝善にチャンスが巡ってきた。

 光が席を立ち、勝善の席に近づいてきたのだ。

 光の様子を見る限り、勝善に話しかけにきたというわけではなく、教室の外に出ようとしているみたいだったが、またとないチャンスに勝善は勢いに任せて光に話しかけた。


「ま、牧野さん!」

「ん? 何、筒森君?」

「あ、あの、お、俺と……」


 緊張して、言葉をすんなりと言うことのできない勝善であったが、よくよく考えればこれはただ食事に誘うだけであり、告白よりもハードルは低いのである。

 だから勝善は、告白の時とは違いヘタレることなくきちんと言葉の続きを、


「俺と一緒に、食事でも「あんた、ポケットに入れてるこの茶封筒は何よ?」えっ?」


 言うことはできなかった。

 勝善の隣の席にいる莉菜が勝善のズボンのポケットから茶封筒を抜き取ったからだ。


「うわぁ、ちょっと何よこのお金」


 茶封筒の中身を確認した莉菜は、入っていたお金の金額に驚き、勝善の方を見る。

 勝善は中学からの友達である莉菜なら分かってくれるだろうと、そのお金で光を食事に誘うんだ、という意味を込めた視線を莉菜に送った。


「……そういうこと」


 莉菜は勝善から送られた視線の意味をきちんと理解し、


「みんなー! 筒森が、今までお昼をくれたお礼に今日焼肉おごってくれるってー!」

「ぎゃふっ!?」


 勝善が期待していたものとはまるで違う行動をした。


「えっ? 焼肉?」

「あの筒森がおごるって?」

「でも、この人数分焼肉おごるって、ちょっとあれじゃない?」

「うん、凄い悪い気がする」


 しかし、天はまだ勝善を見放していなかった。

 大半のクラスメートが、勝善が焼肉をおごった際に支払う金額を考え、良心的に乗り気ではなかったのだ。

 これならば、その良心に漬け込めばどうにかできる、と勝善は考えたのだが、


「みんな待って」


 真希が立ち上がり、クラスメートに話しかけ始めた。

 それが、勝善の考えが脆くも崩れ去る原因になる。


「どうやらみんな、筒森君一人がみんなに焼肉をおごることに良心的に遠慮してるみたいだけど、そんなこと思わなくていいのよ。みんな筒森君にお昼をいつもあげてたけど、それが合計でいくらになるか考えたことある? 例として毎日筒森君に冷凍食品を一つあげてるとしましょ。冷凍食品は五個入りでお店や安売りとかにもよるでしょうけどだいたい二百円前後と仮定すると、みんなが筒森君に冷凍食品を一つあげるイコール筒森君に四十円あげてるってことになるの。それが毎日、一年間続いたとして、一年間の登校日がだいたい二百日間くらいかしら。まぁ、それだけの回数を繰り返してるわけだけど、最終的な金額はなんと八千円にもなるの。いい? みんなは筒森君に八千円あげてるのよ。だから、みんなは遠慮することなんてないの。みんなには、八千円分の焼肉をおごってもらう資格があるのよ」


 それは、反論のしようがない事実であった。

 実際には人によって様々なズレがあるだろうが、冷凍食品を毎日一つ勝善にあげていたクラスメートは、真希の言う通り勝善に八千円分の食事をあげていたことになる。

 だから、勝善に焼肉をおごられるには十分過ぎるくらいの資格を持っていた。


 そのことを理解したからだろうか、クラスメート達は期待を込めた眼差しで勝善のことを見始める。

 さらに真希の話は勝善にクラスメート一人、一人から八千円分の食事を貰っていたという罪悪感を植えつけさせるものであり、それに気付いてから良心が痛んでしかたない勝善がクラスメート達の眼差しに負けるのに、そう時間はかからなかった。


「…………お前ら、今日は俺のおごりで焼肉じゃぁああああああああああああああ!!」


 勝善がそう叫んだ瞬間、大勢のクラスメートの歓声が沸いた。


「ナイス、プレイ」

「ナイス、アシスト」


 歓声の影で、真希と莉菜がお互いの行動を称えあう。


「ねぇ、ねぇ、筒森君」

「な、何ですか、牧野さん?」

「私も、焼肉おごってもらっていいのかな?」

「……何をおっしゃりますか。も・ち・ろ・ん! 大歓迎です!」


 一方勝善は、二人っきりは叶わなかったが、光を食事に誘えたので、結果オーライとなった。


「ハラミ、カルビ、タン、ミノ、モツ! 何でも好きなもの頼みやがれ!!」


 そして、光を食事に誘えたことでテンションの上がった勝善は机に乗って、クラスメート相手に演説を始めた。


 その時、教室内は誰もが笑い、幸せに包まれていた。


 その中心にいるのは、勝善である。


 なぜなら、最終的にこの状況を作り出したのは勝善なのだから。


「…………ありがとう、クロスAさん。私、今幸せだよ」


 そんな勝善を見て、光は微笑みながらそうつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】スクールライフ・ラブコメディ・ウィズ・ヒーロー 東谷尽勇 @higashitani

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ