第四章 その10
立てこもり事件から、三日という時間が経った。
事件は犯人である白井が捕まり、死傷者ゼロで無事、幕を下ろした。
泉葉高校では、そんな立てこもり事件の話題こそ出ていたものの、平穏な一日が流れていた。
そんな平穏な一日の放課後、莉菜は隣の席の勝善を見ていた。
勝善は、覚悟を決めた顔をしていた。
なぜ勝善がそんな顔をしているのか、その理由を莉菜は知っていた。
勝善は今日、光に告白するのだ。
今朝、勝善は何か吹っ切れたように、光に告白することを莉菜に伝えた。
おそらく、勝善は友達である莉菜には教えておきたかったのだろう。
勝善が好きな莉菜にとって、それは心情をかなり複雑にするものであったが、莉菜は勝善に対してがんばれ、と言った。
莉菜は勝善の告白を応援することにしたのだ。
勝善は昼休みの間に光の下駄箱に呼び出しの手紙を入れており、屋上で光に告白するつもりだ。
光は先ほどバッグを持って教室を出たのでもうすぐ下駄箱に入れられた呼び出しの手紙に気付くだろう。
勝善が教室に残ったのは、光が呼び出しの手紙に気付いた頃合に屋上に向かうためであった。
「…………よし」
最後の覚悟ができたのか、勝善は気合を入れて席を立ち…………再び席に座った。
そんな光景を見た莉菜は瞬時に勝善がヘタレたことに気付く。
莉菜はそんな勝善に呆れつつ、背中を押してやることにした。
「おいしょっと」
「ぶべっ!?」
物理的に。
「何しやがる!?」
「もういい時間でしょ?」
「……そ、それは、そのー」
抗議の声を上げる勝善だったが、莉菜の言葉を聞いたとたん、視線が泳ぎ始める。
どうやら勝善にはもう一押しが必要なようだ。
「大丈夫。あんたならできる」
「えっ?」
だから莉菜は、そのもう一押しをした。
「私達を助けて、事件を無事に解決してくれたあんたならね」
莉菜の言葉を聞き、勝善の目が変わった。
最後の覚悟を、本当に決めることができたのだろう。
「……そうだな。おし、覚悟決めた。サンキューな、姉崎」
「いいってこと」
そして、勝善は屋上に向かうため、教室を出て行った。
「はぁー。私って、バカだな」
勝善が教室を出た直後、莉菜は大きなため息と共に、愚痴をこぼし、
「ええ、大バカね」
そんな莉菜に真希が話しかけてきた。
「何よ、委員長」
「好きな相手の恋路を応援したあなたを大バカって言ったのよ」
「……委員長も筒森が告白するって知ってたんだ」
「ええ。昼休みに職員室で用事を済ませた帰りに下駄箱の前を通ったらもの凄く挙動不審だった筒森君を見かけたから、ちょっと問い詰めてね」
真希に問い詰められ、洗いざらい話す勝善の姿を莉菜は容易に想像することができた。
「で、どうするの?」
と、真希が莉菜に聞いてきた。
「そうね。せっかく自分の恋に少しだけ積極的になろうって思ったのにこれだものね。まぁ、今日はとりあえずやけ食いでもするわ」
そう莉菜は答えたが、
「何だ、諦めちゃうのね。私、姉崎さんなら諦めないと思ってたのに」
真希の言葉は、莉菜を困惑させるものだった。
「えっ? 委員長、諦めないつもりなの?」
「当たり前でしょ」
「で、でも、筒森の告白が成功しちゃったら、どうしようもないじゃない」
「そんなんで諦めるわけないじゃない」
と、真希は堂々と言った。
「私は、あなたや牧野さんよりも筒森君と過ごした時間は短くて、一歩も二歩も遅れてる凄く不利な立場よ。けど、その分諦めるつもりはないから。あなたがここで諦めるって言うのならそれは私にとって喜ばしいことだわ。だからあなたは、一人悲しんでやけ食いでもしてなさい」
真希はそう言って、莉菜から離れていった。
真希の言葉は、挑戦状なのか、励ましなのか分からなかったが、
「……言うじゃない、委員長。おかげで私も吹っ切れたわ」
莉菜は真希の言葉を聞き、闘志に火がついた。
好きな相手に恋人ができたからといって、諦める必要などない。
振り向いてもらうため、行動し続ければいい。
初恋とは得てして、諦めの悪いものなのだ。
「……来てくれたか」
「うん」
泉葉高校、屋上。そこに、勝善と光がいた。
呼び出しの手紙に応じ、屋上にやって来てくれた光の姿を、過去の教訓からしっかりと自分の目で勝善は確かめた。
勝善は前々から光に告白することを決めていたが、それがうまくいくことはなかった。
それでもこうして光を呼び出し、正面を向いて告白しようと勝善が思ったのは、立てこもり事件が関係していた。
クロスAとしてひったくり事件、連れ去り事件、ストーカー事件、立てこもり事件と、四つの事件を解決した勝善だが、立てこもり事件はその四つの事件の中でもっとも多くの人間を助け、同時に最後の最後で光を自身の手で助けることができたものであった。
端的に言ってしまえば、それらの要因が重なり、立てこもり事件を解決した勝善はテンションが上がってしまったのだ。
つまり、勝善が光を呼び出し、正面を向いて告白することにしたのは、遊園地のチケットを使って告白しようとした時のように、テンションに身を任せた結果だったのだ。
もっとも、テンションに身を任せた勝善であったが直前になって冷静になり、ヘタレかけたのだが莉菜が気合を注入してくれたおかけでどうにか光に告白する場所と決めた屋上に来ることができた。
そして、光はやって来た。
そんな光と正面を向く勝善の心臓の鼓動は一秒ごとにどんどん早くなっていた。
「牧野さん。君に、聞いてほしいことがあるんだ」
いまだ心臓の鼓動がおさまることはなかったが、勝善はついに口を開いた。
「うん、何かな?」
「ま、牧野さん……す、す、す」
「す?」
好き、というたった二文字の言葉を口にするのが、途方もなく難しいことだと勝善は感じた。
だが、勝善は勇気を振り絞り、告白しようとする。
輝かしい未来のため、気合を注入してくれた莉菜のため、そして何よりもここで告白せず、どうしようもないヘタレだと言われないためにも。
「す、す、す、好き…………………………な人っている?」
勝善は、どうしようもないヘタレであった。
「えっ? …………いるよ、好きな人」
ご愛読、まことにありがとうございました。
残念ながら筒森勝善の恋物語はここでおしまいのようです。
果たして筒森勝善は立ち直れるのか、また恋をすることができるのか、それは誰にも分かりません。
それでもお待ちいただけるのならば筒森勝善、次の恋物語に――――
「はっ!」
と、ショックのあまり意味不明なことを考えていた勝善がどうにか現実に戻ってくる。
しかし、勝善が戻ってきた現実は、到底受け入れられるものではなかった。
だから勝善は自分が聞き間違えたのだと無理やり考えて、光に確認することにした。
「ま、牧野さん。今、何て?」
「好きな人がいるって、言ったんだよ」
その言葉は強烈な追い討ちとなり、今、勝善が立っていられるのは奇跡としか言いようがなかった。
「……誰のこと好きか知りたい?」
「へっ? …………知りたいかな」
光の突然の言葉に不意をつかれた勝善だったが、しばらく考えて光が好きだという人物について聞くことにした。
「それじゃ、筒森君に教えてあげる。あっ、でも、笑わないでよ」
「もちろんだよ」
勝善が笑うなどありえなかった。
せいぜい正体を知ったら事故に見せかけて、このどうしようもない自分の負の感情を一発おみまいする程度で収めようと決めていたからだ。
「私の好きな人は、クロスAさんなの」
「…………はっ?」
だが、勝善の負の感情は光の一言によってどこにも向けることのできないものとなった。
「私ね、もともとクロスAさんにあこがれみたいな感情を持ってたの。でもそれがこの前の立てこもり事件で恋心に変わっちゃって」
恋する乙女のように話をする光を、勝善は呆然と見ていた。
クロスAは勝善である。
そして光は、クロスAに恋をしている。
ならば光に自分がクロスAだとバラせばいいのかもしれないが、勝善はそうすることができなかった。
なぜなら、そんなことをしたら幸せそうに話をする光の表情を壊しかねない、と考えたからだ。
「何か、こうして誰かに自分の恋について話すと恥ずかしいね。筒森君、このことは二人っきりの秘密にしてくれる?」
「も、もちろんだよ」
「よかった。……筒森君が私の好きな人を聞いたのって、もしかして私の恋を応援しようとかって思ったから?」
「そ、そんなところかな」
「そっか。じゃあ、もし筒森君も誰かに恋の応援をしてもらいたい時は、私に教えて。そんで、お互いにがんばろう」
「う、うん」
「それじゃ、私帰るね。また明日」
「ま、また、明日…………」
こうして、自分自身が原因で恋破れた勝善は光が屋上をあとにした直後、屍のように崩れ落ちるのだった。
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