第四章 その9
端的に言うと、光は勝善に嫉妬していた。
光の話を聞き、自分が立てこもり事件を解決すると言った時の勝善は、見返りなんて考えてない、理由なき善意で動いていた。
その姿は、誰かにお礼を言われたいがために誰かのために行動する光にはまぶしすぎるものであり、光は自分自身に呆れてしまうと同時に、勝善に嫉妬を抱いてしまったのだ。
そんな光は今、立てこもり犯である白井に連れ去られ、白井が運転する車の後部座席に乗っていた。
自分の行く末は、いい未来ではないと光は感じていた。
だが、光はそれでも構わなかった。
なぜならば、これは自分勝手な行動をする自分に対する罰である、と光が思っていたからだ。
ただ、光には一つだけ、悔いの残ることがあった。
それは、クロスAだった。
クロスAは、光にとって理想のような人物であった。
なぜなら、正義のヒーローは理由なき善意で、多くの人々を笑顔にする存在だから。
そんなクロスAにもう一度会って、光はどうすれば理由なき善意で誰かのために行動することができるのか聞きたかったのだ。
しかし、もうそれは叶わないことだと光は諦めた。
そして、光が視線を運転する白井に向けた直後だった。
「なっ!?」
白井が運転する車の前に突如ワンボックスカーが横から現れ、白井は慌ててハンドルを切る。
しかし、白井が車を走らせていたのは河川敷沿いの道路であり、白井がハンドルを切ったことで車は河川敷に降りてしまう。
「どわっ!? な、何だ!?」
さらに河川敷に降りた車は大きく揺れると同時に、動かなくなってしまった。
河川敷のぬかるみに、はまってしまったからだ。
「くそっ!」
そのことに気付いた白井は急いで車を降り、
「来い!」
後部座席のドアを開けて光の腕を引っ張って人質として連れ出した。
「こうなったら別の車を!」
白井が新たな車を探し、辺りを見渡し始めた直後、
「待てぇい!」
大きな声が、河川敷に響いた。
「とぉう!」
「……えっ?」
声の主は、颯爽と光の前に現れ、光はその声の主の姿を見て驚いた。
なぜなら、その声の主は光がもう一度会いたいと思っていたクロスAだったからだ。
「て、てめぇは!」
一方、白井の方もクロスAの存在に気付いた。
「正義のヒーロー、クロスAただいま参上!」
クロスAは、白井を挑発するように名乗りを決めた。
「その姿、間違いねぇ! あの市長が税金で作りやがったむかつく野郎だな!」
「よう、何だか頭が固くて視野も狭そうなバカ野郎」
「バカだと!?」
クロスAはさらに白井を挑発する。
それは、光から白井の意識を遠ざけるための行動であり、白井はその挑発に乗って光から腕を放し、拳銃をクロスAに向けた。
「決めた。てめぇみたいな税金泥棒は俺が殺す!」
「に、逃げてクロスA!!」
光は叫んだ。自分を庇ってクロスAが死ぬなど、耐えられないことだったからだ。
「大丈夫。俺が、君を守る」
クロスAのその言葉は、力強いものだった。
かならず守る。その意思がはっきりと伝わるほどの。
光は、そんな力強い言葉をついさっきも聞いた気がした。
そう、力強い言葉を口にしたのは――――
「くたばれ!!」
光の思考は、中断させられた。
白井が大声を上げ、クロスAに向かって拳銃を撃とうとしたからだ。だが、
「ぐっ!?」
白井は拳銃を弾き飛ばされ、撃つことができなかった。
光から見て、白井の拳銃を弾き飛ばした原因が何かは分からなかったが、拳銃が弾き飛ばされた瞬間、クロスAは一気に白井との距離を詰めた。
「必殺! 男殺蹴(だんさつげり)!」
男殺蹴。それは、相手が男の場合限定の、急所を全力で蹴り上げて一撃でしとめる、早い話、股間蹴りのことである。
「かっ――――――――――――」
白井は、声にならない声を上げ、意識を失った。
だが、クロスAはそれだけで終わらせなかった。意識を失った白井を掴み、おもいっきり投げ飛ばしたのだ。
「ふっ、フィニッシュ」
白井を投げ飛ばしたクロスAは、一仕事を終えたのを表現するかのようにポーズを決めた。
ところがクロスAのこの行動が、予想だにしない出来事を引き起こす。
クロスAが白井を投げ飛ばした先は町おこしのイベントの締めくくりに打ち上げられる花火が設置されていた場所であった。
そんな場所に白井が投げ飛ばされたため、花火の入った筒は次々と倒れ、さらにそのことが原因か制御装置の一部が誤作動を起こしてしまう。
その結果、ド派手な音と共に花火が爆発。
ポーズを決めるクロスAの背後で爆発する花火は、それはそれは綺麗なものであったが、
「…………あっ、やべ」
クロスAはすぐに自分が投げ飛ばした白井の安否がマズイことに気付き、爆発する花火が納まると同時にすぐさま白井救助に向かう。
幸い、気を失った白井はこの花火の爆発の中、白髪交じりの頭がチリチリになるだけで済んでいた。
「ふぅー、セーフ。……あっ」
と、ここでクロスAは光が自分のことをずっと見ていることに気付く。
「えっと…………ねっ、守れたでしょ」
クロスAは何も無かったかのような態度をするが、光はすでにある思いで頭の中がいっぱいだった。
やっぱりクロスAは、自分にとって理想のような人物だ。
どうしようもないこの状況を、解決したのだ。
そんなクロスAならきっと、自分の悩みに答えてくれる。
そんな思いで頭がいっぱいの光は、クロスAに聞くことにした。
どうすれば理由なき善意で誰かのために行動することができるのか、と。
「クロスAさん。一つ、聞きたいことがあります」
「何かな?」
「どうしたらあなたみたいに、見返りを求めずに誰かのために行動することができるんですか?」
「……何か勘違いしてるようだけど、俺は見返りを求めずに誰かのために行動することなんてほとんどないよ。むしろ、見返りを求めることの方が多いくらいだ」
「そ、そんな」
しかし、クロスAが口にしたのは光が思ってもみなかった言葉だった。
「そもそも、俺がクロスAになったきっかけだって見返りを求めてだしな。でもさ、見返り求めるのって、悪いことなのかな?」
「……どういうことですか?」
「見返りを求めて行動しても、見返りを求めずに行動しても、結果的には誰かのために行動してるんだから、それでいいじゃん」
クロスAの言う通り、見返りを求めて行動しても、見返りを求めずに行動しても、誰かのために行動していることに変わりはない。
それでいいじゃん、の一言で終わってしまうものであった。
「見返りを求めずに行動するなんてただ偶然そうなっただけのことに過ぎないんだ。だからさ、そんなこと気にせずに、行動しちゃえばいいよ」
クロスAは、そう答えた。しかし、
「そんなの、そんなの私にはできません」
光はその答えを受け入れられなかった。気にせずに行動するなど、自分にはできないと思ったからだ。
「いいや、できるよ。いや、君の場合は悩んでも結局は行動しちゃうだろうね」
「えっ?」
だが、クロスAは光が思ったことと、正反対のことを言った。
そして、続けてクロスAは、今後光が一生忘れることのない言葉を口にした。
「だって君は、誰かが幸せになることに、自分も幸せを感じられる心やさしいお節介さんなんだからね」
その言葉は、光の心の奥底まで届くものだった。
自分という人間は、どんなに悩み続けても、行動してしまうのだ。
ならば、自分はそういう人間なんだと開き直ってしまえばいい。
開き直って、誰かを幸せにし、自分も幸せになってしまえばいい。
そんなことに、クロスAの言葉を聞いて光は気付いたのだ。
そんな中、パトカーのサイレンがどんどん河川敷に近づいてきていた。
「それじゃ、俺は行くよ。……ああ、そうそう。君も笑顔は絶やさないでくれ。その笑顔が好きな人だっているんだからさ」
そう言ってクロスAは、光がお礼を言う前に走り出した。
光は、どんどんと小さくなるクロスAの背中を、パトカーが何台も河川敷になだれ込んでくるまでずっと見続けるのであった。
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