第四章 その8
「おらおら、降りろ! よし、乗れ!」
運営本部が入るビルの前に集結していた警察は、まさに一瞬の隙を突かれてしまった。
白井との電話でじょじょに人質がいる場所を絞りだし、特殊部隊の突入の準備を進めていた警察であるが、ビルの中からトランペットの音が聞こえたと思ったら次には発砲音が聞こえて慌しくなり、強行突入するべきか混乱していたまさにその時、人手の少なかったビルの裏口から白井が人質を取った状態で現れ、規制線の前で車の中から様子を見ていた一般人を脅して車を奪い、人質の光を後部座席に押し込んでまんまと逃走されてしまったのだ。
そして、白井が車を奪い、逃走した直後、
「くそっ!」
遅れて勝善がパンツ一丁のままビルの裏口から現れた。
「何か乗り物!」
白井が運転する車を追うため、勝善が乗り物を探していると、勝善の目の前に物凄い勢いで規制線を越えてきたワンボックスカーが止まった。
「乗れ!」
車を運転していたのは特殊部隊のコスプレ衣装を着たままの礼であり、勝善は迷わず後部座席のドアを開けて飛び乗り、礼の運転する車は急発進した。
「これを着ろ!」
車を運転しながら礼は勝善に向かってクロスAの衣装を投げ渡した。
「どういうことだ?」
「状況は把握してる。白井條はもう何が何でも市長に会うつもりだろう。そんな白井條の視線をこちらに向けるとしたら、それはもう白井條が勝手に市長が作り出したキャラクターだと思い込んでるクロスAしかない」
「そういうことか」
礼の話の内容を理解した勝善はすぐさまクロスAの衣装を着る。
「にしても、この短時間でよく車が用意できたな」
「万が一にそなえて準備はしていたが、白井條が牧野光を人質に取り、車を奪って逃走するのはさすがに想定外だった。だからそこら辺に止めてあった車を借りたんだ」
「……盗んだの?」
「痕跡を綺麗サッパリ消してあとで返すから問題ない!」
「ああ、そう」
堂々と犯罪行為を口にした礼であるが、事態が事態なので、あとで返すということもあり、勝善はスルーすることにした。
「それと、警察はあてにできんぞ。今、警察無線を傍受してるが、どうやら白井條が人質を取って逃げ出したことで野次馬がパニックになり、その人だかりのせいでビルの周りに配置してあった車両を出せないでいるらしい」
「……そ、そう」
よく見れば左耳にイヤホンをつけている礼が再び堂々と犯罪行為を口にするが、これも勝善はスルーした。
「けど、それってつまり、俺達しかいないってことだよな?」
「そういうことだ」
礼の話を聞き、落ち着いて状況を理解した勝善は、クロスAの衣装への着替えを終えた。
「…………すまなかった」
「えっ? 急にどうした?」
と、勝善の着替えが終わったタイミングで礼がいきなり謝りだし、驚いた勝善は思わずなぜ謝ったのか礼に聞いた。
「私は過信していた。お前ならば事件を全て無事に解決することができると。だから万が一の準備をしていたとはいえ、必要ないだろうと思っていた。だが実際はどうだ。事態は最悪な方向に進んでいる。これは私の過信が招いたものだ」
どうやら礼は万が一に備えて準備を自分がしていたにも関わらず、勝善ならば事件を無事に解決できると過信していたがために、事態は光が白井に連れさられるという最悪のものになったことを悔いているようだった。
それを理解した勝善は、クロスAの衣装の後ろのファスナーを一旦下ろし、そこからパンツに手を突っ込み、ある物を取り出した。
それは、パンツ一丁の姿になるため、このままでは持ち運べないとポケットからパンツの中に移しておいた呪いのお守りだった。
「これを見ろ」
「それは、私がやったお守りか」
「ああ、そうだ。いいか、この最悪の事態はこのお守りが引き起こしたものだ。あんたのせいじゃねぇよ」
「……いいや。それが原因ならばますます私のせいだ。それをお前に渡したのは、私なんだからな」
礼の言う通り、呪いのお守りを勝善に渡したのは礼である。
そして、その呪いのお守りを勝善が持っていたためにこの最悪の事態が発生したというのなら、この事態の原因は礼にあると言える。
「はぁー。たくっ」
だが、勝善はそんな礼の話を聞いて呆れてしまい、礼に自分が今思っていることを言うことにした。
「あんたはこう言ったよな。このお守りはあくまでも遅かれ早かれ起こる厄介ごとを持ち主の近くで起こすだけで、このお守りが原因で起こりえない厄介ごとを起こすことはないって。つまり、牧野さんが連れ去れるっていうこの最悪の事態も遅かれ早かれ起こる厄介ごとってわけだ」
呪いのお守りは、遅かれ早かれ起こる厄介ごとを起こすだけであり、起こりえない厄介ごとを起こすことはできない。
だから勝善の言う通り、光が白井に連れ去れた今回の一件も、いずれは起こっていた出来事、ということになる。
「あとあんたはこうも言った。このお守りを持っていれば、本来ならば俺が感知できない所で起こるはずだった厄介ごとを俺の前で起こさせ、俺が誰かを助けられるチャンスを作れるってな。その通りだったよ。遊園地での連れ去り事件も、姉崎のストーカー事件も本当だったら俺の目の前で起こらず、最悪の結末を迎えてたかもしれない事件だった。だからな、俺はこのお守りをくれたあんたに感謝してるんだよ。こいつをくれたおかげで、俺は事件に巻き込まれた誰かを助けられたんだからな」
それは、勝善の嘘偽りのない本音であった。
呪いのお守りがあったからこそ、自分が誰かを助けることができた。
そんな勝善の本音を、礼は静かに受け止めていた。
「それにさ、牧野さんは俺が犯人の白井に拳銃を向けられた時、怯えもせずに俺のことを庇ったんだ。あの時の牧野さんは、すっごくかっこよくて、俺惚れ直しちまったんだよ。ああ、これが誰かのために行動することなんだって思った。で、俺は気付いたんだよ。俺は今、そんなかっこよくて、惚れ直しちまうような誰かのために行動するってことができる人間なんだって。そう、俺は今、正義のヒーロー、クロスAなんだ」
勝善は、光に庇われ、光がこれが私だという言葉を残した瞬間、光をかっこよく思い、光に惚れ直したのだ。
そして、同時に勝善は気付いたのである。
今自分が、そんなかっこよくて、恋した相手に惚れ直すほどの誰かを助けるという行動ができる存在、正義のヒーロー、クロスAになれているということに。
「だから、ありがとう、大家さん。俺をクロスAにしてくれて」
勝善は、自分をクロスAにしてくれた礼に感謝した。
「……ふっ。少し、後ろ向きになりすぎていたようだな。その感謝、素直に受け取っておこう。筒森勝善、覚悟はできてるな?」
「ああ」
クロスAとして、この事件を最高の形で終わらせる。
勝善はその覚悟ができていた。
「白井條が運転する車はどうにかして私が止める。奴が三丁目の拳銃を持っている……という可能性はおそらくないだろうが、万が一ということもある。一撃で蹴りをつけろ」
「分かった。けど、相手が拳銃を持っていることに変わりはないわけだから、どうしたらいい?」
「素人が拳銃を撃つと意外と狙ったところに当たらない。だからそのまま突っ込め」
「おい」
「冗談だ。私がこいつで、弾き飛ばしてやる」
そう言って礼は車を運転しながら懐からあるものを取り出した。
それは、どこからどうみても拳銃にしか見えないものだった。
「それってさ……」
「これか? 安心しろ。ただの違法改造したエアガンだ」
礼は三度、堂々と犯罪行為を口にした。
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