第四章 その7

「おい、市長はまだか!?」


 イベントの運営本部。そこでは立てこもり犯である白井が声を荒げながら警察と電話をしていた。

 一方、人質は部屋の片隅に集められ、右手に拳銃を持つ白井におびえていた。


 そんな中、真希は頭の痛くなるこの状況を分析していた。

 事件はもうしばらくすれば警察が解決し、白井は容易く取り押さえるだろう。

 ただ問題があるとすれば白井が拳銃を所持していることである。

 取り押さえられる際、白井が拳銃を使って抵抗するのは確実であり、そうなったら人質である自分達に危険が及ぶ。


 真希はそれをどう回避するか、思考を巡らせようとした時、あることに気付く。

 自分の隣にいる莉菜が随分と余裕な表情でいたことだ。

 どうやら真希は今まで隣にいた莉菜の表情に気付かない程度には視野が狭くなっていたようだ。

 そんな自分に呆れつつ、真希は白井に聞こえないよう声を抑えて莉菜に話しかけた。


「姉崎さん、随分と余裕ね」

「ん? あー、そうね。多分、この状況を筒森がどうにかしちゃうんじゃないかって思ってるからかしらね」

「えっ、筒森君が?」

「委員長さ、ひょっとしてあのこと知ってるんじゃない?」

「あのこと?」

「最近この町で有名になってるあれよ」

「あれって…………もしかして正義のなんちゃらってのかしら?」


 真希はしばらく考え、莉菜が言っているのがクロスAのことだと気付く。


「そう、それよ。やっぱり委員長も知ってたんだ」

「はぁー。筒森君、私以外にも正体知られてたのね。……まさか姉崎さん、この状況を筒森君がどうにしかしちゃうのってそれが根拠?」

「ええ、そうよ。根拠として十分じゃない」


 自信満々に言う莉菜だが、真希はその根拠だけで勝善がこの状況をどうにかするとは思えなかった。


 真希は、勝善が目の前で事件を解決しているのを見ている。

 同時に、自分の悩みも解決してくれている。

 だが、あの事件の時よりも今は状況が悪い。


 人質は犯人の息子ではなく、複数の人間。

 犯人が持っているのは刃物ではなく、拳銃。

 分が悪すぎるのだ。


 だから真希は勝善がこの状況をどうにかするとは思えなかったのだ。


「もう、いい! またあとで連絡する!」


 そんな中、警察との交渉がうまくいかなかったのか、白井が荒々しく電話を切った。

 その直後、運営本部内に扉が勢いよく開く音が響いた。


「だ、誰だ!?」


 白井は慌てて開いた扉の方を向き、拳銃を構えた。

 人質も全員、視線を開いた扉に向けた。


 全員の視線の先にいる扉を開けた人間は、パンツ一丁でトランペットを手に持つ勝善で、誰もが唖然とした。


 いきなりそんな格好をした人間が現れたら当然とも言えるが。


「…………はっ! な、何なんだお前!? う、撃つぞ!」


 正気に戻った白井は、拳銃を突きつけ、勝善を脅す。

 一方勝善は、ゆっくりと手に持っていたトランペット、フェニックスを自身の口に近づけ、数ヶ月ぶりに息を吹き込み、その音色を鳴らした。


 その音色は、勝善の基準で例えるならばトランペットで飯が食えるレベル。

 しかるべき人間が評価するならば世界の第一線で活躍することのできるレベルであった。


 そう、勝善はただ光にかっこいいと言ってもらいたいがために猛練習した結果、プロレベルの腕前を手に入れていたのだ。


 パンツ一丁の男がトランペットでプロレベルの腕前を披露する。

 そんな光景は唖然を通り越して運営本部内にいた人間全員を思考停止させた。

 そして勝善は、


「おりゃ!」

「ぐっ!?」


 その隙に白井の腕目掛けフェニックスを投げ、白井の手から拳銃を落とし、一気に白井との距離を詰め、


「どっりゃぁああああ!!」

「うわぁあああああああああ!?」


 白井を投げ飛ばした。


「ふぃー。一件落着」


 勝善は一息つき、


「もう大丈夫ですよ」


 人質に近づき、何事もなかったかのようにそう告げた。


 真希は、そんな勝善を見て、自分の胸がどうしようもないほど高まっているのを感じた。

 無理だと思っていたのに、勝善はあの最悪な状況をどうにかしてしまったのだ。

 解決の仕方は実に勝善らしく、何てバカなことをしているんだと思ってはしまうものの、真希の目には勝善がキラキラと、かっこよく映っていた。

 と、同時に真希はハッキリと意識した。


 自分は、勝善に惚れてしまっているのだ、と。


「さすがね、筒森」

「ん? おいおい姉崎……と委員長。二人も人質だったのか」

「ええ。けど、あんたのおかげでこの通り無事よ」

「そりゃよかった」


 勝善と莉菜が会話をしているその様子は、長い付き合いでお互いのことが分かっている仲だというのが分かるものだった。


 莉菜は真希とは違い勝善を信じていた。

 その事実は、真希に莉菜が恋愛において自分よりも大きく一歩前進していることを突きつけるものだった。


 それに、莉菜だけではない。

 勝善は光に惚れていて、それを今日一日嫌というほど真希は見せつけられた。


 しかし、真希は悲観していなかった。

 一歩前進されていようが、好きな相手に惚れられている女がいようが、これから巻き返せばいい、と思っていたからだ。


「よし、そんじゃあとは警察を呼んで――――」


 警察を呼び、立てこもり事件は解決する…………はずだった。

 だが、立てこもり事件はまだ終わってないことを、勝善の言葉を遮った一発の銃声でその場にいた全員が理解した。


 銃声は、白井が撃った拳銃から鳴った。


「……おいおい、もう一丁拳銃持ってたのかよ」


 そう、白井は拳銃を二丁持っていたのだ。

 幸いにも白井が撃った拳銃の弾は誰にも当たらず、床に着弾した。

 だが、白井の様子は怒りで我を忘れているという最悪のものだった。


「てめぇ、よくもやってくれたな。ぶっ殺してやるよ!」


 もう白井を驚かして隙を作るということはできない。

 つまり、今はいつ悲劇が起きてもおかしくない状況だった。


「死ねぇ!!」


 そして、白井が拳銃を勝善に向けて撃とうとした瞬間、


「待って!」


 運営本部に、光が入ってきた。


「な、何だてめぇは!?」


 いきなり現れた光に気を取られた白井は、拳銃を光の方に向ける。

 一方、拳銃を向けられた光は怯まず、白井をまっすぐと見つめてこう言った。


「もうすぐ警察が突入します。市長さんと話したいなら私を人質にして逃げてください」


 それは、勝善の命を守るため自分を犠牲にするという内容だった。


「……なるほど。いい考えだ。じゃあ、そうさせてもらうよ!」


 白井はそう言いながら光に駆け寄り、光の腕を掴んで連れ去ってしまう。

 そして連れ去られる直前、勝善と目が合った光は大声でこの言葉を残した。


「ごめん、筒森君! でも、これが私だから!」


 光のその言葉を聞いた瞬間、勝善はある思いを抱きつつ、


「牧野さん!」


 白井に連れ去れた光を追って駆け出した。


「つ、筒森君!」


 そんな勝善を見て、真希は慌てて勝善を追いかけようとするが、


「委員長」


 莉菜が真希を止めた。


「大丈夫。あいつならかならず全て解決してくれる」

「…………そうね」


 真希は少し前なら莉菜の言葉を信じなかっただろう。


 だが、今は違う。

 真希は莉菜の言葉を、いや勝善を今なら信じられる。


 だから真希は、勝善が無事に全てを解決できるように心の中で祈った。

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