第四章 その6

『繰り返しお伝えします! 町おこしのイベントの運営本部が入るこちらのビルに拳銃を持った男が押し寄せ、中にいた人達を人質に取って立てこもりました! 立てこもりが起こっているビルの前には警察官や報道陣、それと町おこしのイベントに訪れていた観光客で溢れ、混乱しています!』


 何か騒がしいと思った直後、銃声と悲鳴が聞こえ、ただごとではないと判断した勝善は光と共に医務室から出ずに、何が起こったのか情報を収集。

 ほどなくして、自分達がいるビルで拳銃を持った男による立てこもり事件が発生したと知り、現在二人は、光のスマートフォンでそのことを報じるニュース番組を見ていた。


『立てこもっているのは、白井しろいじょう容疑者です。白井容疑者は、市長に会わせろと、繰り返し警察関係者に要求している模様です』


 立てこもりを起こした白井の顔写真が報道される中、勝善は自分の右ポケットに手を当てていた。

 そこに入っているのは、連れ去り事件とストーカー事件を持ち主である勝善の前で起こさせた、遅かれ早かれ起こる厄介ごとを起こす呪いのお守りであった。


 今日は光とのデートという大事な日であったが、クロスAを引き受けた勝善は、今日も呪いのお守りを持っていたのだ。

 そして、その結果がこの立てこもり事件だ。

 で、あるならば、勝善がクロスAとなってこの事件を解決する……といった具合に行動できる状況ではなかった。


 まず今勝善の手元にクロスAの衣装はなく、礼がこの場に持ってきてくれなければクロスAとして行動に移せない。

 さらに今回は犯人が拳銃を持っている。近接で戦うしかない勝善には大きなハンデであり、慎重にならざるを得ない。


 そして、勝善がクロスAとして行動できない最大の理由。それは、今現在、勝善は光と一緒におり、自分が行動すれば光に危害が及ぶ可能性があるというもの。


 実は医務室は現在白井が人質を取り立てこもっている運営本部とは同じビルにあるものの、少し距離があり、音を立てないように動けばビルの裏口から逃げることが十分に可能であった。

 事実、運営本部以外のビル内の部屋にいた人間は全員、事態に気付き、そのようにしてビルの裏口から逃げていたのである。

 だから、まずは光の安全を確保するためにも二人でこのビルから逃げればいいのだが、


「牧野さん、やっぱりまずは逃げよう」

「さっきも言ったけど、筒森君は逃げていいよ。私は、ここに残る」


 光が、逃げようとしなかったのだ。


 ニュース番組の中継映像を見る限り、犯人が拳銃を所持しているため慎重になりつつも、警察は長期戦を避けるためか、特殊部隊を配置するための準備を進めていることが分かる。

 そのため、いくら警察が滅多に発砲しないとはいえ、犯人との銃撃戦に発展する可能性は十分にあり、その銃撃戦にビルに残っている勝善と光が巻き込まれる可能性もまた十分にあった。


 そのことを勝善は理解していたし、光も理解していた。

 だが、それを理解していても光の決意は固く、ビルから逃げようとはしなかった。


 なぜ、光はビルから逃げないのか。

 その理由を、勝善は何となく予想していた。


「牧野さん。牧野さんがビルから避難しないのって、人質のみんなをどうにかして助けたいから?」

「……うん、そうだよ」


 光は勝善の問いを否定しなかった。

 先ほど自分のお節介さんについて勝善と話したからこそ、素直に認めたのだ。

 そして勝善は確信した。

 光がこのビルから逃げることはないと。

 なぜならば光が人質の人間を助けたいと思ってしまったからだ。


 その思いを押しのけて光を無理やりビルから逃がすことなど、勝善にはできない。

 だから勝善は別のアプローチをすることにした。

 クロスAの衣装を使わず、光を巻き込まない形で、自分がこの事件を解決するというアプローチを。


「……よし。俺から一つ、牧野さんに提案がある」

「何かな?」

「俺が人質をみんな助ける」

「なっ! そ、それはダメだよ!」


 勝善の提案に驚いた光は勝善の提案を慌てて否定する。


「どうして否定するの? 俺の提案、牧野さんがやろうとしてることと同じことだよ」

「で、でも……」


 光は否定の言葉を続けることができなかった。なぜなら、勝善の言う通りだからだ。


「少なくとも人質を助けるには、犯人を取り押さえなきゃダメだ。だって犯人は拳銃を持っているからね。けど、牧野さんには犯人を取り押さえるような力はない。だから人質を助けるため犯人を取り押さえる役目は俺の方が適任だよ。ほら、話したでしょ? 俺、プロレスラーの人に鍛えられてるし」

「…………やっぱりダメだよ。筒森君にそんな危ないこと、させられないよ」

「いいや、かならず犯人を取り押さえる。だから、危なくないよ」

「無理だよ! だって、拳銃を持った犯人を取り押さえるなんて……」

「大丈夫。安心してくれ、牧野さん。だって俺は――――」


 勝善は光を安心させるため、ある言葉を言おうとした。

 しかしその言葉は、勝善と光がいる医務室の扉が開く音が響いたことにより最後まで言うことができなかった。


「牧野さん!」


 勝善は立てこもり犯である白井が医務室にやってきたのではと考え、咄嗟に光を庇った。

 だが、そこにいたのは、


「……警察の特殊部隊の人?」


 光の言葉通り、特殊部隊の服装をした警察官だった。

 人質を助けるため行動しようとしていたタイミングで自分達のもとに警察官が来たという間の悪さを勝善は呪った。

 そして、医務室の扉を開けた特殊部隊の警察官は顔につけていたゴーグルを外した。


「よぉ、無事みたいだな」


 特殊部隊の警察官は、礼だった。


「あんたはマジで何してるんだ……」

「運営本部のビルで立てこもり事件が発生したと知り、もしやと思って調べてみたらお前の安否が不明だったのでこうして潜入したというわけだ。ああ、ちなみにこの服はコスプレ衣装だ。いやー、案外堂々としてればバレないもんだな」


 礼の話を聞き、勝善は頭を抱えた。


「ね、ねぇ、筒森君。この人って、筒森君の知り合いなの?」


 と、勝善と礼がいつもの調子で会話をしていると、光が礼について聞いてきた。


「えっと、まぁ」

「初めまして、お嬢さん。私はこいつの知り合いで、加賀名礼という」

「あ、初めまして。私、筒森君のクラスメートの牧野光です」

「牧野光か。いい名前じゃないか」

「ああ、もう! ごめん、牧野さん。ちょっと待ってて。おい、ちょっとこっち来い」

「分かった」


 光に会話を聞かれないように少し光との距離を空け、勝善は礼と会話を始めた。


「で、どっから聞いてた?」

「何がだ?」

「とぼけるなよ。俺が牧野さんに俺はクロスAだって言おうとしたから入ってきたんだろ」


 勝善は光を安心させるため自分がクロスAだとバラすつもりでいた。

 そして、そのタイミングで礼が医務室に入ってきたため、勝善は礼がそれを止めるため医務室に入ってきたのだと考えたのだ。


「おお、鋭いじゃないか。さすがに正体をバラすのを黙って見てるわけにはいかないからな。まぁ、お前の場合、既に正体が誰かしらにバレてそうだけどな」

「……そんなわけないだろ」


 真希と莉菜に正体がバレたことを一切報告してなかった勝善は礼の言葉を聞いて背中に冷や汗をかいた。


「あー、とにかくだ。どっから聞いてた?」

「最初からだ。だからお前が何をしようとしているかも当然知っている」

「そうか。で、俺が立てこもり事件を解決するってことについてはどう思う?」

「人質になっている人間を全員無傷で助けたいのなら、やっていいかもしれない」

「どういうことだ?」

「変装をしていたから色々と情報収集ができてな。現在立てこもり犯である白井條は警察と電話で交渉中。要求は市長との面会だ。警察は要求を聞くつもりはないが、交渉の電話を長引かせることで室内の様子を探っている」


 ニュースでそういった警察の動きを見ていた勝善にとって、礼の説明は十分に予想できる範囲であった。


「今警察側が把握している情報は人質が室内のどこか一箇所に固められているということだ。その一箇所がどこか分かったら警察は特殊部隊を突入させる。事件は速やかに解決されるだろうが、白井條は拳銃を所持しているため抵抗するだろう。そして特殊部隊もそれに応戦する。そうなれば、人質を無傷で助けるのは難しくなる。だから人質を無傷で助けるならば、お前が立てこもり事件を解決するという方法はありだ」


 人質が一箇所に固められているという情報は、警察にとって朗報であり、それが警察が突入の方向に進む原因だった。

 突入する以上、礼の言う通り事件は速やかに解決するが、銃撃戦はほぼ避けられず、そうなれば人質が無傷で助かるという可能性はけっして高くはない。


 だから、人質を無傷で助けるため、勝善が立てこもり事件を解決するというのは、やる価値のあることではあった。


「ただし、クロスAの衣装は使わせない」

「えっ? 何でだ?」


 と、今まで散々自分にクロスAの衣装を着させて事件を解決させてきた礼らしからぬ発言を聞き、勝善は思わずその理由を礼に聞いた。


「実はな、立てこもり犯の白井條という男、もともと町内会の間では市長嫌いで有名であり、ポップコーン屋で話したこの町おこしのイベントに税金が使われてることに不満を持つ代表的な人間なんだ。で、ここからが問題でな。クロスAの活動による町おこしの効果がじょじょに現れてるわけだが、どうも白井條はクロスAは知名度アップのため市長が税金を使って用意したキャラクターだと思い込んでるようなんだ」

「それ、マジか?」

「ああ、マジだ。警察と交渉中に何度もそういった話をしていたそうだからまず間違いない。さて、そんな白井條の前にクロスAが現れたらどうなる? 分かりきったことだ。奴はようしゃなく拳銃を撃つだろう。だから、クロスAの衣装は使わせられない」

「くそっ、なんちゅう思い込みを」


 立てこもり犯の白井の最悪の思い込みにより、勝善はクロスAの衣装を封じられてしまった。

 クロスAの姿は、突然現れればそれを見た人間を驚かすのに十分なものであり、勝善はクロスAの姿で白井を驚かせられれば、白井が驚いている間に白井を捕まえられると考えていた。

 だが、礼の話により、その手は使えなくなり、勝善は別の方法で白井を驚かせようと考え始める。


「何か、何かないか…………ん?」


 と、使えるものはないかと辺りを見渡していた勝善の視界にあるものが入った。

 それは、勝善が一発芸大会に参加するため持ってきていたトランペットのフェニックスが入った持ち運び用のカバンだった。


 そして、それが視界に入った勝善は、ある策を思いついた。


「なぁ、こういうのはどうだ?」


 勝善は礼に思いついた策を教える。


「……ははっ、お前らしいやり方だ。まぁ、それなら白井條の気は引けるかもしれんな。私の方で万が一に備えた準備はしておくが、自信を持ってやれ」

「分かった。さてと、お待たせ、牧野さん」


 礼との話を終え、勝善は光に話しかけた。


「ううん、気にしてないよ。……筒森君。それで、どうするの?」

「俺が、この立てこもり事件を終わらせる」


 勝善は自分の決意を力強い言葉で光に言った。

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