第四章 その5

「ごめんね、牧野さん。色々と迷惑かけて」

「うんうん、筒森君が大丈夫そうで良かったよ」


 町おこしイベントの運営本部が置かれるビル。そこには病人を運ぶ医務室も設置されており、その医務室内のベッドに勝善は横になって、光はベッドの横にあるイスに座り、倒れた勝善の看病をしていた。


 勝善の容態は大したことがなく、安静にしてれば良しとの診断が下され、医務室にいた医師は現在、急病人が出たという現場に向かい、不在であった。


「それに、迷惑をかけたのは、早とちりした私だし。ごめんね、筒森君」

「い、いや、牧野さんは悪くない! 悪いのは俺で「はーい、医務室では静かにしてましょうね」い、委員長」


 二人がお互いに謝罪合戦を始めようとした時、それを間に入って真希が止めた。


「はい、これ優勝商品のトロフィー。地元の伝統工芸で作った木製のトロフィーだそうだから大事にしなさい」


 真希が二人に渡したのは、泉葉高校ベストカップルコスプレコンテストの二つの優勝トロフィーであった。

 そう、勝善と光は泉葉高校ベストカップルコスプレコンテストで優勝したのである。


「わー、俺と牧野さんの名前が彫られてる」

「世の中、何が受けるのか分からないものだね」


 二人が優勝した理由はとてもシンプルであった。

 お姫様のコスプレをした光を見て興奮のあまり鼻血を吹き出して倒れた勝善の姿が、観客に大うけしたからである。


 そのおかげで勝善が気を失い退場してからのコンテストの盛り上がりは乏しいものがあり、司会の真希が場を盛り上げるのに苦労していたりする。


「で、一発芸大会のことなんだけど、筒森君の体調を考慮してキャンセルしておくわね」

「あー、頼む委員長」


 さすがに医務室に運ばれてもなお、一発芸大会に参加しろなどと言うほど真希は鬼ではないので、勝善は一発芸大会に参加するのをどうにか回避することができた。


「弓木さん、筒森君のことは私が診ておくから」

「そうしてもらおうかしら。司会の仕事の事後処理もあるし。……それじゃ、優勝おめでとう、ベストカップルのお二人さん」


 と、わざわざ口にしてから真希は医務室から出て行った。


「あ、あらためてそう言われると、ちょっと照れるなー」

「お、俺もちょっと照れてきた」


 やはり二人にはベストカップルと題されたコンテストで優勝したという事実に、照れの感情があり、お互いに顔を赤らめながら自分の頭をかいていた。


「……でも、やっぱり謝りたい。筒森君、本当にごめんね」


 しかし、しばらくすると再び光が勝善に謝ってきた。


「牧野さん。さっきも言ったけど、俺が早く誤解を解かなかったのが悪いんだから、牧野さんが謝る必要はないよ」

「うんうん。例えそうだとしても、私が余計なお節介で筒森君を巻き込んじゃったのは事実だもん。だから、ごめんね」


 勝善は、ここでようやく光が一歩も引く気はないということを悟る。

 勝善にしても今回の一件は、誤解を解かなかった自分に責任がある、という考えを変える気はなかったが、それでは平行線のままである。

 そこで勝善はこの状況をどうにかできないかと考えに考え、一つの話題を思いついた。


「いや、牧野さんがそうするのは当たり前のことだよ」

「えっ?」

「だって牧野さんは、お節介さんなんだから」


 かつて、勝善が光に惚れた時のこと。光は演劇部の代わりに机などの物を倉庫に運び、そのことについて自分はお節介さんだから、と勝善に説明した。


 そう、光とは困った人を放っておけないお節介さん。

 だから、勘違いしたとはいえ、勝善が困っていたのだから、お節介さんである光が勝善を助けようとするのは当然のことであり、勝善はその方向から光は悪くないと、光自身に気付かせようとしたのだ。


「…………そういえば昔、筒森君にそう言ったけ、私」

「笑顔でお礼を言われるのが私の得ってのもね」

「うぅ……。言ったのは私だけど、何か恥ずかしいな」


 本当に恥ずかしいのだろう。光は、真希からコンテストに優勝したことを言われた時よりも顔を赤くしていた。

 だが、勝善は恥ずかしがることでもないと思っていた。

 なぜならば、困った人を放っておけないというのは牧野光という人間の根っこであり、そんな根っこを持っているのは素晴らしいことだからだ。


「……筒森君にはその時話したっけ? 私がお節介さんになった理由」


 と、恥ずかしがっていた光が突然、勝善にそう質問してきた。


「えっと、たしか一個下の妹さんの面倒をみてたらいつの間にか、だったけ?」

「そうだけど、詳しくは説明してなかったみたいだね。筒森君。私ね、昔は笑わない無愛想な子だったの」


 光の言葉は、今の光を知る勝善にとっては信じがたいものだった。


「私が笑わないのに特に理由はなかった。その時の私にとって笑わないことが普通だったから。でもね、気付いたら私は笑うようになってた。それはね、人に笑顔でお礼を言われたからなの」


 光は少し照れくさそうにしながら、自分の秘密を打ち明けていった。


「初めは私の一個下の妹。妹は私と違っていつも笑ってて、私が面倒をみると笑顔でお礼を言ってくれた。そしたらね、胸の真ん中が凄く暖かくなったの。それを何度も繰り返す内に私は気付いた。誰かに笑顔でお礼を言われると胸の真ん中が凄く暖かくなって、その暖かさを感じると人は自然に笑えるってことに」


 その暖かさは、光にとってもっとも大切なものであることが、話を聞いているだけの勝善にも理解することができた。


「それに気付いてから私はお節介さんになって、色々な人に笑顔でお礼を言われるため行動するようになったの。もちろん空回りすることもあったけど、今の私があるのはそういった行動をし続けたからだと思う。だからね、今回の件は、私が悪いの。だって筒森君を助けたのは、結果的に言えば笑顔でお礼を言われたいっていう、私のエゴなんだから」


 そして、光の話を全て聞き、勝善はなぜ光が自分が悪いと一歩も引かないのか、その理由を理解した。


 今回の一件は言わば自分が勝善に笑顔でお礼を言われたいがために起こしたこと。

 だから自分が悪い。


 そう、光は思っていたのである。


 そんな光の気持ちを理解した勝善は、光にかけるべき言葉を既に思いついており、その言葉を口にした。


「牧野さん。俺を見て」

「……筒森君を?」

「俺、今どんな顔?」

「…………笑ってる。すっごく、すごっく笑ってる」

「だよね。だって俺、今日のデート楽しかったから。この笑顔は、牧野さんと楽しいデートができたからなんだ。だから、ありがとう牧野さん。楽しいデートをしてくれて。それで、牧野さんは今日のデートどうだった?」


 勝善のその問いは、光にとってズル過ぎる質問であり、光は包み隠さず自分の気持ちを口にした。


「練習っていう目的だったけど……とっても楽しかったよ! ありがとう、筒森君」


 もう二人とも、今日の一件を謝ることはなかった。

 お互いに、今日は楽しかったとお礼を言い合うのであった。


 こうして、町おこしのイベントにおいての勝善と光の練習という名のデートは無事に終わりを告げる……………………はずだった。


 この時、勝善と光の知らぬ所で、とんでもない事態が起こっていたのである。




 時は少し戻り、真希が医務室から出て行った直後のこと。


「あー、イライラする」


 真希はイライラを隠さずに歩いていた。

 そのイライラの原因は明白。勝善と光である。


 二人が今日デートをし、医務室でもイチャイチャしていた。

 しかも自分が原因とはいえ、二人は泉葉高校ベストカップルコスプレコンテストでまさかの優勝。

 いまだ自分が勝善に恋をしていることを認めていない真希なのだが、この事実にイライラしっぱなしであった。


 とはいえ、そんな態度をいつまでもしている真希ではなく、表向きの顔になり、司会の仕事の事後処理をするため運営本部に到着した。すると、


「注文のお好み焼き二十人前、おまちどうさまでーす。って、あら委員長じゃない」


 大量のお好み焼きを持った莉菜と出くわした。


「何してるの、姉崎さん?」

「見ての通り出前を届けに着たのよ。ちゃんとイベントには参加してるんだから、文句は言わせないわよ」

「ああ、そう」

「あら、てっきり突っかかってくると思ったんだけど?」

「今そんな気分じゃないの」

「何かあったの?」


 真希としては無駄話をしたくなかったのだが、ここで説明しておかないと莉菜が食い下がってきそうだと考え、簡潔に勝善と光について話した。


「……なるほどねぇ。まぁ、それはそれでよかったのかしらね」

「何だか、随分と達観したこと言うのね」

「当然でしょ。だって、今日筒森がデートした相手は、あの筒森が惚れた、牧野光っていう女なんだから」


 そう言う莉菜を見て、真希は自分自身で理由は分からなかったが、無性にイライラとしてきた。

 そのイライラは、勝善と光が原因のものよりも強いものであり、無駄話をしたくなかった真希だったが、先ほどから達観したことを言う莉菜に突っかかろうとする。


「おい、市長に会わせろ!」


 と、その時、運営本部内に大きな声が響き渡り、運営本部にいた全員がその声の主の方に視線を移した。


「市長は今いません」

「責任者がいないとはどういうことだ!」


 声の主は白髪交じりの男であり、男は運営本部に派遣されている市の職員に市長に会わせろと言うが、市の職員は市長はいないと対応していた。


「それに仮に市長がいたとしても、事前にお約束のない方とは会わせられません」


 市の職員ははっきりと男の要望を拒絶する態度を見せた。


「……んなぁこった、どうでもいいんだよ」


 そんな職員の態度を見た男は、体を震わせながら、右手を着ていたジャンパーの懐に入れ、何かを取り出した。

 それは、黒光る一丁の拳銃であった。


「市長に、会わせろ!!」


 そう叫びながら男は、天井に向かって一発、拳銃を発砲した。

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