第四章 その4

「ご、ごめんね、筒森君。私早とちりして……」

「いや、牧野さんは悪くないよ。俺がもっと早く言ってれば……」


 数分後、場は落ち着いたものの、勝善と光は永遠と謝り続けていた。


「……確認するけど私と筒森君が付き合ってると勘違いして、このイベントで私と筒森君をデートさせることにした。で、そのデートを成功させるために二人でデートの練習をしていたってことでいいのよね」


 そんな状況を目の前で見せられることにいい加減痺れを切らした真希は、勝善と光がデートの練習をしていた経緯を確認する形で、二人の意識を自分に向けて永遠と続く二人の謝罪合戦を終わらせた。


「うん、そうだよ」

「ご迷惑をおかけしました」

「ふーん」


 つまるところ、練習とは付くものの、勝善と光はデートしていたということであり、そのことをあらためて確認した真希は面白くないと思っている表情をする。

 なぜ真希がそんな表情をするのか、理由がまったく分からない勝善であったが、


「…………そうだ」


 次の瞬間、真希の表情がとてもいいことを思いついたような表情に変わり、その表情を見た勝善は、直感で何かに自分が巻き込まれることを悟る。


「ああ、そんな勘違いされるなんて、急に気分が……」

「だ、大丈夫、弓木さん!?」


 と、明らかに芝居だと丸分かりで、しかも勝善と付き合っていたと勘違いされたという理由で真希は気分が悪くなったと言い、そのことに対してどういうことだと勝善は思うのだが、光の方は気分が悪い演技をする真希を真に受け、心配しながら真希に近づく。


「もう、ダメ。二人が、私のお願い聞いてくれないと気分が戻らないかも」

「ええ!? つ、筒森君、弓木さんのお願い聞かないと!」

「えっ、いや、牧野さん、これはどう見てもえ「ああ、気分がさらに悪く!」……うん、そうだね。委員長のお願い、聞こうか」


 おそらく自分がお願いを聞くと言うまで、真希の演技は終わらないと察した勝善は諦めて、真希のお願いを光と共に聞くことにした。


「……ありがとう、牧野さん、筒森君」


 そう言って真希は微笑むが、その微笑みは勝善には悪魔の微笑みにしか見えなかった。




「はい、とっても素敵でしたね。みなさん、二人に拍手を送ってください!」


 中央広場に設置されたステージ。そのステージ上で真希がマイクを持ち、とあるイベントの司会をしていた。

 そもそも真希がステージ近くにいて勝善と光に会ったのは、この司会の仕事が始まるまで近くで時間をつぶしていたからだ。


 真希はこの町おこしのイベントにおいて、全面協力している泉葉高校の生徒の中でも特に協力している一人であり、このようにステージでの司会も担当している。

 ただ、真希が現在司会を担当するイベントは、真希が勝善を強制参加させた一発芸大会ではない。真希が司会を担当するイベントの名は、


「大盛況の泉葉高校ベストカップルコスプレコンテスト! 次のカップルの入場です!」


 泉葉高校ベストカップルコスプレコンテスト。

 泉葉高校の生徒のカップルが参加し、コスプレをしつつ一番ラブラブなカップルを観客の投票で決めるというイベントである。


 最初、真希はこのイベントの司会を担当することが決まった時、笑顔で引き受けたものの、内心ではなぜこんな頭空っぽなイベントの司会をやらなければならいのかとブチギレていたのだが、今はそれはもう生き生きと司会をこなしていた。


「まずは彼氏さんから! 一年生の、筒森勝善さんです! 拍手でお迎えください!」


 真希の掛け声とそこそこ入っている観客の拍手が鳴り響く中、ステージ上に勝善が現れた。

 おとぎ話に出てくる、白馬の王子様のコスプレをして。


「はい、こちらが筒森勝善さんです! 筒森さんは、どうしてそんな痛………んん、どうしてそのコスプレを選んだんですか?」

「……あなたが選んだからです」

「えー、聞こえないです! もっと大きい声で、はっきりと、事実を、言ってください!」

「これがとてもカッコよく見えたからです!」


 真希の問いに、事前に真希の方から用意されていた理由を勝善は口にした。


「そうですか。カッコいいですかね? まぁ、いいです。では続いて彼女さんの登場です!」


 勝善をぞんざいに扱ったあと、真希は勝善の彼女を登場させようとする。勝善の彼女とはもちろん、


「彼女さんは同じく一年生の、牧野光さんです! どうぞ!」


 勝善と共に真希のお願いを聞くことになった光であった。


 このベストカップルコスプレコンテスト、彼氏と彼女が別々に登場するのには理由がある。

 端的に言えば、彼女側の着替えに時間が掛かるのだ。

 そのため登場は別々になるのだが、基本的には参加者は事前に衣装を決め、お互いがどんなコスプレをするのか理解している。

 しかし勝善の場合は真希に無理やり参加させられたため、光がどんなコスプレをするのか知らないでいた。

 つまり、勝善はコスプレをした光をステージ上で、初めて見るのである。


「うう……」


 そんな光は、顔を赤らめてよほど恥ずかしいのか、右側に結んだサイドポニーテールの髪を弄りながらステージ上に現れた。

 勝善のコスプレに合わせるような、おとぎ話に出てくる、お姫様のコスプレをして。


「うわー、かわいいですね、牧野さん!」

「そ、そうかな?」

「そうですよ。ねぇ、筒森さん!」


 真希が勝善と光をベストカップルコスプレコンテストに参加させたのは、早い話自身のストレス解消のためである。

 司会という立場を利用し、イジって、イジって、イジり倒すつもりだったのだ。

 そのため真希は光の姿に対して、勝善のコメントを求めたわけだが、


「…………」


 勝善は無言だった。


「ん? ちょっと、何かコメント言いなさいよ」


 何も喋らない勝善に対して真希は、マイクが拾わない小さな声で勝善にコメントを即す。


「へ、変だったかな、私の格好……」


 一方光は、無言の勝善を見て、自分のコスプレがおかしかったのではと思ってしまう。


「…………委員長、牧野さん。先に謝っておく。すまん」

「はっ? ちょっと、どういうことよ?」


 そんな中、ようやく勝善が口を開いたと思ったら、その内容は意味不明であり、真希はどういう意味なのか確認しようとするが、それが叶うことはなかった。


 ここではっきりと言っておくことが一つある。勝善の目に、お姫様のコスプレをした光がどのように映ったのかについて。

 勝善の目には、お姫様のコスプレをした光はもはや言葉では言い表せない、一つの完成した美のように映ったのである。


 そんな風に光が目に映ったため、勝善は、


「ぶばっ!!」


 興奮のあまり、盛大に鼻血を吹き出すことになった。


「つ、筒森くぅうううううん!!」


 盛大に鼻血を吹き出した勝善を心配する光の声が響く中、勝善は意識を失い、ステージ上に倒れるのであった。

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