第四章 その3

「筒森君、おいしかったね、お好み焼き」

「うん。喋るの忘れてむさぼりつくくらいには」


 ピエール市川が作ったお好み焼きはまさに絶品で、勝善も光も喋るのを忘れて食べるのに夢中になるほどのものであった。


「って、ダメだよこれじゃ! せっかくの食事なんだから食べるのに夢中にならないで、楽しく会話もしないと!」


 光は勢いよく立ち上がり、付箋がいくつも貼られた少女マンガを取り出し、とあるページを開く。

 そのページには仲睦まじく食事をしながら会話をするカップルが描かれていた。


「食事は絶対に避けて通れないからちゃんと練習しておかないといけないのにあまりのおいしさに練習を忘れちゃったよ……」


 と、光は本気でへこみ始め、勝善はすぐさまこの状況をフォローしなければならないと考え、何かないかと辺りを見回してみる。

 すると、リヤカーを改造したポップコーンを売っている屋台が視界に入り、あることを思いつく。


「牧野さん。じゃあさ、あそこのポップコーン買ってさ、二人で一緒に食べない?」

「ポップコーン? ……そうだね。ポップコーンは一つだけ買えば二人で分けながら食べることになって、自然に会話も生まれるはず。ナイスアイディアだよ、筒森君!」

「そ、そうかな?」


 光に褒められ、顔を赤くしながら照れるように勝善は頭をかいた。


「それじゃ、俺買ってくるよ」

「うん!」


 光に見送られながら、勝善はポップコーンを売っている屋台に向かっていった。


「すいません、ポップコーン一つ……ん?」


 屋台に到着し、ポップコーンを注文しようとする勝善だったが、その屋台にどことなく見覚えがあることに気付く。その直後、


「へい、ポップコーン一つで」


 店員である礼が応対した。


「…………何してやがる?」

「なーに、お前が例のあの子とデートするというじゃないか。これは見守るしかないと思って再びこの屋台を使って潜入調査というわけだ」

「なるほど。よし、一発ぶん殴らせろ」


 勝善は握り固めた拳を振り上げた。


「家賃、上げるぞ」


 しかし、礼のたった一言で、勝善は振り上げた拳をゆっくりと下ろすしかなかった。


「卑怯者め……」

「ふふっ、何とでも言え。にしても、優柔不断そうなお前がデートに持ち込むとはな。やるじゃないか」

「な、成り行きだ」


 バカ正直に光が色々と勘違いしてデートの練習をすることになった、と勝善が礼に教えるわけがないので、勝善はそう答えるしかなかった。


「だとしてもだ、応援しているぞ。私は」

「その言葉の裏にどれだけの思惑があるのやら」

「ご想像にお任せしておこう。ああ、そうそう。ポップコーンは今ちょうど作ってるところだから少し待て。で、その間に、一つ聞いておきたいことがある」

「何だ?」

「お前はもうある程度このイベントをあの子と回ったんだろう」

「まぁ、屋台は全然回ってねぇけど、色々と歩き回ってはいるな」

「率直な意見を言ってくれ。このイベントは町おこしイベントと言えるか?」

「言えないな。なんつうかこのイベント、祭りというか、文化祭みたいなもんだよな」


 勝善は礼の質問に対し、自身が思った率直な意見を口にした。


「だろうな。前にも話した通り市長は大々的にイベントをおこない町おこしをしようとしているわけだが、いかんせん中身がない。お前の話す通り、泉葉高校が協力して学生の空気も入ってきて文化祭みたいなものになってしまっている。こんなイベントに我々が納めた税金が使われるというのは、一部の者の不満をかなり高めると言えよう」

「あー、やっぱそういうもんなのね」

「だが、そんな中身がないイベントにも関わらず、観光客の集客は予想以上に多い」

「えっ?」

「さて、ここでクイズだ。どうしてこんなにも予想以上の観光客がこのイベントに来たのか。ヒントは、ある人物の登場を期待してるから」


 と、礼は勝善にクイズを出してきたが、ヒントを聞いた瞬間ある答えが勝善の頭に浮かび、勝善としてはその答えを否定したかったのだが、それ以外答えらしい答えが思いつかなかったので、勝善は苦々しい表情をしながらその答えを口にした。


「…………クロスA?」

「ピンポーン、大正解」


 自身が口にした答えが正解だと分かり、勝善はがっくりと肩を落とした。


「前にも話したが、フットワークの軽いメディアはこの町に来てクロスA捜索取材をやっていると言ったな。どうもそこが出した記事が一部ネット上で話題になり、クロスAを見つけてやろうと観光しに訪れてるというわけだ。いやはや、見える形でもついにクロスAの町おこしの効果が出てきたということだな」

「なんてこった……」

「まぁ、私としてはこの状況下でクロスAがぜひとも現れてほしいわけだが」

「俺としてはぜひともお断りしたい」

「だろうな。何せお前は今、デート中だからな。ほら、ポップコーン出来たぞ」


 そう言って礼は、出来立てのポップコーンを容器に入れて勝善に渡した。


「おう、ありが…………料金は家賃に上乗せ?」

「クロスAの効果が現れたからな。半額にしておいてやろう」


 そこは全額おごりにしておけ、と勝善は思いつつ、ポップコーンを受け取るのであった。




「へぇー、筒森君プロレスラーの人と練習してるんだ、もぐもぐ」

「最近は忙しいからあんましてないけど、そんじょそこらの男には負けないよ、もぐもぐ」

「そっかー。ケンカはダメだけど、強い男の子はモテるよ、もぐもぐ」

「大丈夫だよ、牧野さん。俺はケンカなんてしない、心優しい男だからね、もぐもぐ」


 光のもとに戻り、勝善と光はポップコーンを食べながら辺りを回っていた。

 ポップコーンが出来たてということもあり、二人はひょいひょいと手に取って口に運んでいた。

 そして光の目論見どおり、ポップコーンを分けながら食べる二人の間には会話が生まれていた。


「あっ。筒森君、あれって一発芸大会やるステージじゃない?」


 そう言って光が指差した方向にあったのは、町おこしのイベント会場に指定された地区の中央広場に設置されたステージであった。


「そうだね」

「筒森君はたしか、一発芸大会でトランペットを吹くんだっけ? 私、筒森君の腕前は知らないけど、わざわざ弓木さんが指名するほどなんだから、がんばって優勝してね! そして優勝して弓木さんをデートに誘うんだよ!」

「あー、うん」


 光とのデートは、本番に備えたデートの練習であり、本番は真希とのデートになる。

 何だかんだ流されてここまで来てしまった勝善ではあるが、最大の問題はその真希とのデートである。


 果たして真希とデートすることはできるのか、そもそもデートに誘うことができるのか、というか光の勘違いに流されるまま結果的にデートをするという事情を真希が知った場合自分の命はあるのか、と悩ましい考えが次々と思い浮かび、何かうまい案はないか勝善は考え始める。

 

 その時だった。


「あら。牧野さん……と筒森君じゃない」

「へっ!?」

「……あっ」


 デートの練習中の二人の前に真希が現れ、光がそれはもう、物凄い勢いで驚き、一方の勝善は特に悪いこともしていないのに既に諦めの境地に達していた。


「何、人の顔見たら二人ともそんなに驚いて」

「あと、こ、これはね、そのー」


 光がしどろもどろになりながら言葉を口にしようとしていた。

 そもそも勝善と光のデートは勝善と真希のデートに向けた練習であり、その練習の最中に真希に見つかることはまったくの想定外のことであったのだ。


「そ、そのー……うー…………ご、ごめんなさい、弓木さん!」

「は、はい!? ちょ、ちょっとどうしたの牧野さん!?」


 だから光は必死にこの状況をどうにか誤魔化そうとするのだが、光は嘘をつくのが苦手なタイプの人間であり、誤魔化せないと判断し、真希に頭を下げたのだが、真希にしてみればいきなり光に頭を下げられたのだから、真希が混乱するのは当然のことであった。


「実はね、筒森君と弓木さんが付き合ってるの知って、私応援してたんだけど、二人がケンカしちゃったのかなって思って、二人の間を取り持とうとして、このイベントで二人がまたデートをすればいいんだって思いついて、その練習を今やってたんだけど、これって弓木さんからしてみたら私が筒森君と浮気してるみたいに映っちゃうよね。そこまでの考えがいたらなかったよ。本当にごめん!」


 一度謝り始めた光はその気持ちを素直に真希にぶつけるのだが、


「牧野さん。私、筒森君と付き合ってないけど?」

「………………………………えっ?」


 勝善がずっと言うことができなかった事実をあっさりと真希が口にし、光は豆鉄砲を食らったような顔をした。


「で、でも、二人で遊園地行ったんだよね?」

「ええ、行ったわ。でもあれは…………」


 勝善と真希が遊園地でデートをしたのは、勝善が光と間違って真希に告白し、デートをすることになったためである。

 その事実を真希は光に話すべきか一瞬考え、すぐに手を合わせ真希に向かい頭を下げる勝善が視界に入ったので、真希は事実を隠すことにした。


「…………ただチケットが余ったから誘われただけよ」

「じゃ、じゃあ、お弁当は?」

「それは…………その日おかずを作りすぎちゃったのと、遊園地では色々とお世話になったからそのお礼をしただけよ。とにかく、私は筒森君と付き合ってはいないわ」

「つ、筒森君、本当?」

「ごめん、牧野さん。俺、応援するって張り切ってる牧野さんを前にして、委員長と付き合ってる事実はないって、言えなかった」

「あ、あ、あうぅううううううううう!!」


 勝善と真希が付き合っているのは自分の勘違いだと理解した光は、真っ赤になった顔を隠しながらその場に座り込んでしまった。


「ああ、ごめんなさい牧野さん! 俺がもっと早く事実を言っておけばこんなことには!」

「うううううううううううううう!!」

「何よ、これ?」


 このあと、場が落ち着くまでに、数分の時間を要することになるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る