第四章 その2

 町おこしのイベント当日。市内の一地区を丸々会場として使用するこのイベントには、多くの市民や泉葉高校の生徒、そしてそこそこの観光客で賑わいを見せていた。

 そんな中、勝善は光を待っていた。


「ふぉー、はぁー。ふぉー、はぁー」


 緊張のあまり前日は一睡もできず、待ち合わせに一時間も早く到着したものの、勝善は自分の心の中の高まりをまったく抑えられないでいた。


 そのため、勝善は落ち着くべく深呼吸をするのだが、深呼吸をする勝善は泉葉高校の制服を着てなければ変質者として通報されるほど、周りからマイナスの意味で視線を集めていた。


「よし、少し落ち着いたぞ。にしても念願の牧野さんとのデートだっていうのに、こんな大荷物とは……」


 そう言う勝善は、肩にあるものを担いでいた。

 それは、持ち運び用のカバンに入れた学校の勝善のロッカーで眠りについていたトランペットのフェニックスであった。


 この町おこしのイベントでは、泉葉高校が全面協力することになっている。

 その一環として、泉葉高校の生徒はイベントのステージで行われる催し物に参加するのだが、そんな催し物の一つにクラス代表者による一発芸大会があり、勝善は真希の指名によって代表者として参加することになったのだ。


 無論、光とのデートがある中で、そんなことやりたくない勝善であったが、真希が笑顔で勝善を指名したこと、一応建前の理由として勝善が結局最後まで美術準備室の整理を手伝わなかったという事実があること、そして何よりも光が、


「わざわざ弓木さんが指名してくれるなんて、その期待に答えないと! それに優勝して、午後は一緒にデートしてくださいって言えば完璧だよ!」


 と、勝善にうれしそうに言うものだから、勝善の中から断るという選択肢はなくなってしまい、勝善は自分ができそうな一発芸としてトランペットを吹くということを選び、こうしてフェニックスと呼ぶほど練習をしたトランペットの入った持ち運び用のカバンを担いでいたのである。


 そして、勝善がしばらくの間、トランペットの入った持ち運び用のカバンをうっとうしそうにいじっていると、


「筒森君!」


 右側に結んだサイドポニーテールの髪を揺らしながら光が待ち合わせ場所にやってきた。

 その姿は、普段何度も、何度も、何度も見てきた泉葉高校の制服にも関わらず、勝善の目には光り輝いて見えていた。


「ごめん、待った?」

「全然! 今着たところさ!」

「…………うん、最初の第一段階は合格だよ、筒森君!」


 光はどこからともなく付箋がいくつも貼られた少女マンガを取り出し、少女マンガの主人公とヒロインが初めてのデートでの待ち合わせをした時を描いているページを開いた状態で勝善に見せ、勝善を称えた。

 今のやりとりは、光が勝善に対して事前に連絡して出した指示通りのものだったのだ。


「いやー、褒められると照れるなー」

「でもデートはここからだよ!」

「おう!」

「じゃあ、次はね……」


 光は視線を付箋がいくつも貼られた少女マンガに落とす。


「お話しながら辺りをブラブラして何か食べ物を売ってる屋台に立ち寄る、だよ!」

「おっしゃ、任せろ!」


 もし勝善が純粋なる第三者の立場で、かつ光という色眼鏡をかけていない状態であったのならば、わざわざリサーチするまでもない、普通のデートの行動だとツッコミを入れているところだが、今の勝善は当事者であり、光という色眼鏡をがっちりとかけている状態なので、光の提案はノーベル賞級の発見をしたような、斬新な提案に聞こえていた。

 そんなこんなで、勝善は念願の光とのデートをスタートさせた。




「筒森君はいつもサッカーをしてるよね。休日もそうなの?」

「休日はしてないよ。学校にいる時だけ」

「どうしてなの? あんなに一生懸命にやってるのに?」

「その一生懸命にやってる姿を、どっかの誰かさんに見てもらいからさ」

「筒森君……」

「…………さすがに会話の内容までは参考にならないね」

「そうだねー。弓木さんとのデートの時は筒森君のトーク力を信じることにするよ」


 残念そうに付箋がいくつも貼られた少女マンガを見ながら光は勝善の意見に同意した。


 このデートはあくまでも練習(少女マンガ参照)であり、会話の一つでさえ、練習が念頭に置かれている。

 だが、それは光とデートできるという事実の前には、勝善にとってほんの小さなどうでもいいことに過ぎなかった。


「おっ、何か食べ物を売ってそうな屋台を発見! 行こう、筒森君!」

「おうよ!」


 何よりも、練習とはいえ光は笑っていた。

 そんな笑っている光と同じ空間にいられるだけで、勝善の幸せは最高潮と言ってもよかった。


「すいませーん」

「あらー、仲睦まじいお二人の登場よ」

「わー、本当ですね、店長」


 応対した店員は、勝善のバイト先の店長、ピエール市川と莉菜であった。


「あれ、姉崎さん!?」

「おはおはー、牧野さん。筒森も」

「な、なぜお前がここに?」

「店長がイベントに出展するって言うからその手伝いをすることにしたの。泉葉高校の生徒はイベントに参加さえすればいいんだから、店の手伝いをしても大丈夫って寸法よ」

「ああ、そう」

「あ、姉崎さん! えっと、これはね、そのー」

「大丈夫よ、牧野さん。二人のそれは練習だってこと、筒森から事前に聞いてるから。れ・ん・しゅ・う、ってことを」


 莉菜がわざと練習という部分を強調して発言していることは、勝善もよーく理解していた。


 そもそも莉菜が勝善と光のデートを知っているのは莉菜の言う通り、勝善が教えたからであるが、勝善としては何かアドバイスでも貰えればと思って相談という形で教えたのだが、莉菜はそんなの自分で考えろと言い、その結果はこれである。


 つまり、勝善はただの教え損ということだ。


「まぁ、ここは私のおごりにしてあげるから。店長、お願いします」

「まかせて」


 そう言ってピエール市川は目の前にある鉄板を使い料理を始め、勝善と光がしばらく待って出てきた料理は、


「はい、お待ちどうさま。出来立て熱々のお好み焼きよ」


 本格的な洋食を提供するザ・レストランフランスのオーナー兼店長のピエール市川特性のお好み焼きであった。


「……なぜお好み焼き?」

「だって屋台で本格的な洋食出すってめんどくさいし」

「あとこれだと利益率がいいのよねー」


 莉菜とピエール市川が話す理由を聞き、勝善は苦笑いすることしかできなかった。


「筒森君、このお好み焼きやきそばが入ってるね」

「ああ、うん。広島風お好み焼きだね」


 光の指摘に勝善がそう返答した直後、


「勝義君」

「えっ?」


 勝善はピエール市川に肩を掴まれた。もの凄い力で。


「広島風なんてお好み焼きはないわ」

「いや、あの、店長?」

「もう一度だけ言うわ。広島風なんてお好み焼きは、この世に存在しないわ」

「……そうですね。これはただのお好み焼きです」


 どんどん肩を掴む力が強くなる中で、勝善はそう返答するのが精一杯であった。


「よく言えました。じゃ、お二人とも楽しんできなさい」

「は、はい」

「姉崎さん、ごちそうさまー」

「どういたしまして」


 そして、勝善と光はお好み焼きを手に持ち、屋台から離れていった。


「で、莉菜ちゃんは二人をあのままにしていいの?」

「…………いいんですよ、店長。牧野さんが相手なら、しょうがないですから」


 そう言う莉菜の目は、寂しいものであった。

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