第四章 君に伝われ、愛の告白

第四章 その1

「そういえばお前、あの好きな子との仲は進展したのか?」


 礼を訪ね、部屋に上がるとそう聞かれた勝善はここ最近の事を思い出してみる。

 そして、一つの結論に達する。


 光には現在、自分が真希と付き合っていると誤解されている。

 光に告白すると決めてから勝善と光の仲はばっちり後退していた。


「ば、ばっちり前進よ」

「なるほど。後退してるんだな」


 下手な嘘は、礼にまったく通用しなかった。


「……そ、それよりもだ! そう、それよりも! 俺はあんたに用があるんだよ!」

「ああ、知ってる。だからこうしてお前を部屋に上げたんだろ。で、用とは何だ?」

「これだよ、これ!」


 そう言って勝善が礼に突きつけたのは、近所の公園のベンチでくつろいでいたお爺さんに頼んで譲ってもらった今朝の朝刊の地方欄だった。


「それがどうした?」

「ここだ、ここ!」


 勝善は今朝の朝刊の地方欄のある記事を勢いよく指差す。

 そこに書かれていたのは、正義のヒーロー、クロスAと名乗る人物、ストーカーを捕まえる、という内容の記事だった。


「何だ? 私が新聞社にリークしたのを確認しにでも来たのか?」

「せめて少しくらいは誤魔化す素振りを見せろ!」

「いや、ネット上で話題になりつつあるからか新聞社の方も食いつきがよくてな。すんなりと記事を掲載することができたよ」

「人の話を聞け!」

「そうそう、フットワークの軽いメディアはもうこの町に来てクロスA捜索取材なんてのをやっているらしいぞ」

「最悪だ……」


 勝善の恋が後退する一方で、クロスAの活動は順調にメディアに取り上げられるようになり、メディアがわざわざこの町に来るくらいには前進していた。


「町おこしの成功は近いぞ」

「ぐぅ……」


 最終的に礼の町おこしに協力するのを決めたのは金に釣られた勝善自身だが、勝善は少しばかり釈然としないでいた。


「不満がありそうな顔だな。町おこしが成功するということは、お前が報酬を貰えるということなんだぞ」

「それは分かってる。けど、それでも釈然としないものは釈然としないんだよ」

「はぁー。せっかく人がこのまま順調に物事が進めばお前の恋愛を手伝ってやろうと思っていたのにお前は釈然としないと言うのか」

「……もう、やだなー、大家さん。そういうことは早く言ってくださいって、前にも言ったじゃないですかー」


 勝善は、不満がある顔を一瞬で満面の笑みへと変えた。


「まだ釈然としないか?」

「今は晴れ晴れとしてます!」

「うむ。今後も何かあったらクロスAの衣装を届けてやるからしっかりとな」

「お任せください! それじゃ、俺は学校に行くんで失礼しまーす」


 こうして、勝善は礼にうまく言いくるめられ、気分よく愛車、ブラックホースに乗って泉葉高校に向かった。




 泉葉高校に到着して自分の席に座ってからしばらくの間、勝善は平和な時間を送っていた。

 だが、ストーカーの件で警察に事情を聞かれたため、一日ぶりに登校してきた莉菜が教室に入った瞬間、その平和な時間は終わりを告げた。


「おはおはー、筒森」

「お、おう、おはよう」

「昨日は一日中警察に事情を聞かれて大変だったのよー」

「へ、へぇー」

「でも、もう学校を休んで警察に事情を話す必要はなくなったわ。バイトは時々休むことになっちゃうかもしれないけど」

「そ、そうか。…………なぁ、姉崎」

「何?」

「あのさー…………何か、近くない?」


 莉菜は、登校してきた瞬間から至近距離で勝善に話しかけていた。


「えー、いつもこのくらいの距離だったじゃない」


 そうだったけー、と内心思いつつ、もしかしたら今まで気付いていなかっただけで実は普段からこのくらいの距離で自分は莉菜と話していたんじゃないかと勝善が考え始めた時、


「……何してるの?」


 真希が登校してきた。勝善と莉菜の様子を見てドン引きしている表情のおまけ付きで。


「あら、委員長じゃない。おはおはー」

「姉崎さん、そのー、筒森君との距離近すぎないかしら?」


 真希の言葉を聞き、やはり莉菜は普段よりも至近距離で自分に話しかけており、自分が普段から莉菜と至近距離で話していることに気付かないほど鈍い人間ではないことに勝善は少しばかり安堵する。


 だが、それならばなぜ莉菜は至近距離で自分に話しかけてくるのだろう、と思ってしまうあたり、勝善はやはり鈍い人間である。


「いつもこのくらいだったわよ」

「姉崎さん、頭でもぶつけた?」

「そんなことないわよ。ねぇー、筒森」

「あ、あはははっ」


 やはり自分と莉菜の今の距離は普段通りではないことを確認した勝善ではあるが、莉菜の言葉をはっきりと否定することができず、笑って誤魔化した。


「筒森君、姉崎さんに何かした?」

「えっ? い、いや、別に何も……」


 ここ最近、勝善が莉菜にしたことといえばクロスAとしてストーカーから守ったことであるが、勝善はクロスAだと知っている真希にそのことを伝えれば、まだあんなことをやっているのかという冷めた目で見られながらぐちぐちと色々なことを言われるだろうと予想し、それを回避するためストーカーの一件を隠した。

 幸いにもストーカーの一件はまだ新聞の地方欄でしか報じられていないので、自分が隠し通せば真希にはバレない、と勝善は考えたのだが、


「嘘ね。さっさと本当のこといいなさい」


 勝善の隠し事はわずか数秒で真希に見透かされた。

 自分はただ学校に登校して平和に過ごしていただけなのにどうしてこうなったんだ、と勝善が思っている時だった。


「筒森君!」


 突如、光が勝善のもとにやって来た。


「ま、牧野さん!? お、おは、おはよう「ちょっと来て!」えっ!?」


 そして、光は勝善の腕を掴み、そのまま引っ張って勝善を移動させようとする。

 このまま真希についていったら、なぜ話の途中で逃げたのかと、あとあと真希に言われるのは分かりきっていることであったのだが、勝善は光に自身の腕を掴まれた段階でそのことを遥か彼方まで吹き飛ばした。


「は、はい! 喜んで!」


 勝善は光に腕を引っ張られたまま、教室を出ていった。


「…………はぁー。まったく、あのバカは。で、姉崎さん。今までのは何だったのかしら?」


 勝善が光に腕を掴まれた段階でこうなるだろうと思っていた真希は呆れつつも、あとできっちりと勝善に小言を言うことを決めた。

 だが、それはそれとして、真希はもう一人の当事者である莉菜に説明を求めた。


「だから、普段通りだったわよ」

「はっきりと言っておくわ。私にその説明は通じないわよ」

「もう、しょうがないわね。ちょっと耳かしなさい」


 真希は、莉菜に言われるまま耳を近づけた。


「ただ、私の筒森に対する感情が、委員長と同じものになっただけの話よ」

「…………は、はぁ!? そ、そんなわけないでしょ!?」


 真希は、顔を真っ赤にして莉菜の言葉を否定するが、


「私、まだ好きとも言ってないのにその反応。やっぱり委員長、筒森のこと好きなんだ」

「ぐっ!?」


 感情に任せた否定だったため、真希は墓穴を掘ってしまった。


「べ、別に私は筒森君のことなんてどうとも思ってないから!」

「はいはい、それならそれでいいわよ。まぁ、私が筒森に対して少しだけ積極的になっている間にどうするのか後悔しないよう決めておくことね」

「どうぞ、ご自由…………ちょっと待って、姉崎さん。今、少しだけ積極的にって言った?」

「ええ、言ったわ」

「あの今にも恋人つなぎしてキスしそうな至近距離で筒森君と話してたのが、少しだけ?」


 勝善はいつもより莉菜との距離が近いと感じていたが、それは真希のような第三者から見れば今にも恋人つなぎしてキスしそうな距離だった。


「そうよ」

「一つ、聞きたいんだけど、少しだけって言葉が外れたらどうしてたの?」

「えっ? そりゃー、こうガッと掴んで、ブチュと」

「分かったわ、姉崎さん。とりあえず色々と置いといて、まずあなたは普通の人間がするべき恋愛においての正しいアプローチの仕方を学びましょ。ねっ?」


 真希は、色々と置いといて今は真っ先に莉菜の積極的過ぎる恋愛のアプローチを矯正するべきだと判断した。

 なお、教室内にいたクラスメート達はここ最近学習し、勝善と真希が会話を始めた段階で勝善達の存在を頭の中からシャットアウトし、各々の日常を過ごしていたのであった。




 その頃、光に腕を掴まれて引っ張られながら移動した勝善は、以前光と話した人気の少ない隅の方にある階段の踊り場にいた。


「筒森君、ダメだよ!」

「な、何が、かな?」


 そして、開口一番に光にダメ出しをされたことで、日本刀でメッタ刺しされた程度のダメージを心に受けつつも、どうにか踏ん張り、勝善は光に発言の真意を聞いた。


「そ、その、筒森君には弓木さんがいるのに姉崎さんと、あ、あんな風に、イチャイチャしちゃダメだよ!」


 指摘するのが恥ずかしいからか、顔を赤らめてもじもじしながら喋る光を見て、めちゃめちゃかわええ、と思う勝善だが、自分の中にわずかながらに残っていた理性の部分でどうやら光は自分と真希の関係を誤解しているがために、自分と姉崎が至近距離で会話をしていたのを注意しようとここに連れてきたのだと理解する。


「あー、うん、えっと、うん……」


 勝善は光が好きであり、光に告白することを決めているのだが、現状は光に真希と付き合っていると誤解されているという、告白をすると決めてから大きく勝善の恋は後退している。


 そんな現状から自身の恋を前進させるために勝善が何よりも優先してするべきことは決まっていた。

 光の誤解を解くことである。


 しかし、勝善は誤解されているとはいえ、自分のことを本当に心配してくれている光の気持ちがうれしくて、はっきりと誤解を解くため光に違う、と言うことができないでいた。


「そもそも、弓木さんにデートでのこと、ちゃんと謝ったの?」

「えっ? あー、いやー」

「謝ってないの? もう、ダメだよ、筒森君。ちゃんと謝らないと。……あっ、それとも、もしかして謝りにくいことなの?」

「そう、なるかな。原因は俺の色々な不手際なんだけど」


 光に告白するつもりが確認せず真希に告白してしまい、そのことを正直に話すのを後回しにした結果キレられました、とは光に対して絶対に言えない勝善は、そう誤魔化して返答するしかなかった。

 ところが、この誤魔化した返答が、思わぬ事態に発展していく。


「不手際……もしかして筒森君、弓木さんとのデートの時、デート事態初めてだったの?」

「まぁ、そうだよ」

「そっか…………そうだ! 筒森君、来週の土曜日、町おこしのイベントに私達全員参加するじゃない?」

「うん」


 市長が力を入れ、泉葉高校も全面的に協力することになっている町おこしのイベントが来週の土曜日に開催される。泉葉高校の生徒はそのイベントに受験生を除き全員強制参加であり、町おこしのイベントが行われる一日は拘束されることになっている。


「その日の午前中、私とデートの練習をしようよ!」

「……もへ?」


 光が口にした言葉を聞き、勝善は一瞬今起こっているのは現実なのかと思ってしまう。


「で、午後に筒森君は弓木さんとのリベンジデートをするの。いい案だと思わない? もし筒森君が乗ってくれるなら私、練習相手にはなるからさ。しっかり勉強もして!」


 そう言いながら光はどこからともなく少女マンガを取り出して勝善に見せるのだが、現在勝善の脳内にある考えは、たった一つであった。


 ここで光の申し出を受け入れれば、光とデートすることができる。


「喜んで乗らせてもらうよ、牧野さん!!」


 勝善は、それはそれは大きな声で返事をした。

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