第三章 その7
「ふふっ、肉だ。肉が手に入ったぞ」
「消費期限が過ぎた肉がね」
「それがどうした。いいか、人は「食べないと死ぬ、でしょ?」そ、その通り」
バイトが終わり、莉菜はボディーガードである勝善と共に自宅に向かっていた。
バイト中、店長に自分が嫉妬している女の顔をしていると莉菜は指摘された。
だが今、莉菜は勝善といつものように会話をすることができていた。
このことから莉菜はバイト中、自分が嫉妬している女の顔をしていたのは何かの間違いだと無理やり納得していた。
「まぁ、俺の食糧事情の話はこれくらいにして、ボディーガードを引き受けたからにはお前を確実に安全に自宅まで送り届けるぞ」
「はいはい、よろしく」
「で、一つ聞いておきたいんだけど、お前、ストーカーに心当たりとかあるのか?」
「あったら警察に突き出してるわよ」
「だよな」
ストーカー被害に遭っている莉菜だが、心当たりはまったくなかった。
つまり、莉菜をストーカーしている人間は莉菜の知らない人間であり、その人間を探り当てるのは困難ということである。
「しかし、まさかお前をストーカーする物好きがいるとは「せいっ!」ばびゅ!?」
莉菜の手刀が勝善の胸に直撃する。
「次似たようなこと言ったらどうなるか分かってるわね?」
「……はい」
付き合いが長いことによる遠慮のない威力の手刀をこれ以上喰らいたくない勝善は莉菜をからかうのをやめた。
と、いつもと変わらない様子で勝善と莉菜は当たり障りのない会話をしていたが、ストーカー被害に遭って少なからずストレスを感じていた莉菜にとってその当たり障りのない会話は心地よいものであり、当たり障りのない会話をしていた二人はあっという間に莉菜の自宅であるマンションに到着した。
「ほい、無事到着」
「ありがとう」
「いいってこと。そんじゃ俺はこれで」
「…………ねぇ、ちょっと待って」
莉菜を無事自宅に届け、帰ろうとした勝善を莉菜が止めた。
「ん? 何だ?」
「兄貴への謝罪代わりであんたはボディーガードを引き受けたわけだけど、兄貴への謝罪代わりの名目がなくても私のボディーガードを引き受けた?」
莉菜は、自分がなぜそんなことを勝善に聞いたのかよく分からなかった。
だが、もしかしたら莉菜は勝善の口から聞きたかったのかもしれない。
あの中学の時のように、お人好しだと感じさせる勝善の言葉を。
「まぁ、たしかにお前の兄貴への謝罪代わりに受けたんだけど、仮にお前の兄貴に謝罪することがない状況でお前がストーカー被害に遭ってるって知ったらボディーガードの件、俺の方から提案してたと思う。だってお前は、俺の大切な友達だからな」
勝善は、莉菜の期待通りの、いや、それ以上の言葉を口にした。したのだが、
「……そっか。うん、ありがとう」
なぜか勝善の言葉を聞いた莉菜の心は傷ついた。
「それじゃ、また明日ね」
別れのあいさつを言って莉菜は、勝善の返事を待たず自宅マンションに駆け込み、エレベーターに乗った。
エレベーターの中で莉菜は考えた。なぜ自分の心は傷ついたのかと。
その答えは、すぐに出た。
勝善の口からはっきりとこう言われたからだ。
自分は、大切な友達であると。
莉菜は、エレベーターの中の鏡に映る今にも泣きそうな自分の顔を見て自分の本当の気持ちを自覚した。
そして、ずっと蓋をして見ないふりをしていた自分の本当の気持ちによって、莉菜の心はさらに傷つくことになる。
光だったら。光だったら諦められた。
自分がさせることの出来なかった勝善の表情、態度を光はいともたやすくさせることが出来る魅力的な女だ。
だから、光だったら諦められた。
だが、真希はダメだ。あの礼とかいう常連客もダメだ。
なぜなら、その二人だったら自分にも可能性があったはずだ、あの場所に自分がいれたはずだ、と考えてしまうからだ。
自分は、嫉妬している。
真希に、礼に。
自分は、中学のあの時、お人好しである勝善に対して友達になりたいという感情を持ったのではない。
自分は、勝善に、恋心を抱いたのだ。
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