第三章 その3

 時は経ち、昼休み。なんとか燃え尽きた状態から回復した勝善は、いつもならばクラスメートから昼飯を分けてもらうのだが、


「あんた、お昼いいの?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」


 勝善は昼飯を分けてもらうため動こうとしなかった。


 理由は単純明白。勝善が真希に話しかけたくなかったからだ。

 そもそも先週も勝善は真希に話しかけたくない状態であったのだが、先週は幸運なことに真希が教室から出て行き、その間にクラスメートからお昼を分けてもらえたのである。

 しかし今日は真希は自分の席に座ってカバンをあさり、何か考え事をしている様子で、昼休み中に真希が教室を出るのは絶望的な状況であった。


 そんな動きたくても動けないという勝善の状態をなんとなく察している莉菜が、自分がどうにかしてやるかと考え始めた時だった。


「筒森君」

「ふやぁ!?」


 先ほどまでカバンをあさりながら考え事をしていた真希が勝善に近づき話しかけてきてた。

 勝善は朝の時よりは控えめに驚き、莉菜も朝あんなことがあった状況で真希が勝善に話しかけてきたことに少し驚いた。


「な、なななな何でございましょうか委員長?」

「いい加減その喋り方うっとうしいからや・め・て」

「あっ、はい」


 会話する勝善と真希を見て、莉菜は二人の間に入るべきか悩むが、今自分が口を出したらややこしいことになると判断し、しばらく二人の会話を見守ることにした。


「筒森君、いつものようにお昼を分けてもらわないのね」

「えーと、それは、あのー」

「……まぁ、それはそれでちょうどいいわ。はい、これ」

「えっ?」


 真希は、勝善にあるものを渡した。


 それは、俗に言う手作り弁当というものだった。


 そして、真希が勝善に手作り弁当を渡したことにより、教室にいる人間の間に緊張が走り、全員の視線が勝善と真希に移る。


「……委員長、これは?」

「お弁当よ。今朝、お母さんと一緒に料理してたらおかず作りすぎちゃってどうしようかと考えてたら毎日お昼をクラスメートから分けてもらってる誰かさんのこと思い出して、その誰かさんに処理してもらうことにしたの。言っておくけど、おかずを作りすぎちゃった今日限りのお弁当よ。今後作ってくることはないから」

「はー」

「……何か、言うことがあるんじゃない?」

「ありがとう、ございます」

「よろしい」


 真希は目的を達成して満足したからなのかそのまま自分の席に戻るが、真希以外の教室内の人間はそれどころではない。

 口を開けば何かが起こってしまう。

 そんな考えが多くの人間の頭の中に浮かび、教室内は賑やかな昼休みの時間にもかかわらず静寂に包まれる。


 しばらくして、勝善は意を決して真希から渡されたお弁当箱の蓋を開けた。

 お弁当箱は使い捨てのプラスチック製のものだが、中身は勝善がクラスメートから昼飯を分けてもらわなくても十分に腹を満たせる量が入っていた。

 勝善はその中からおにぎりを一つ取り、恐る恐る一口ほおばる。

 特段変わった点はなく、味もおいしいからか、勝善がおにぎりをほおばるスピードはじょじょに上がっていった。


 そんな風に、勝善の一挙手一投足を教室内の人間が固唾を呑んで見守りながら、昼休みは過ぎていく。


 一方莉菜は、あることに気付いた。

 それは、真希と勝善の会話が親しみを持つ同士の会話だったことだ。


 まるで、莉菜と勝善が会話をしている時のように。


 そのことに気付いた時の自分の感情を莉菜は言葉に表せられなかった。

 なぜならそれが、よく分からない感情だったからだ。


「筒森君」


 そんな中、光が勝善に話しかけてきた。


「ま、牧野さん? な、何かな?」

「お昼食べ終わったら話したいことがあるんだけど、時間大丈夫かな?」

「……………………ちょっと待っててね、牧野さん」


 莉菜はその勝善の言葉を聞き、今考えていたことを中止し、最悪な予想をした。

 そして、勝善は見事莉菜の最悪な予想通り、光と一分一秒でも早く話したいがために真希からもらったお弁当を味わうとは程遠いスピードで平らげてしまったのだ。


「ふぅー。お待たせ、牧野さん!」

「そんなに勢いよく食べて大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。それで、話って何だい?」

「えっと、ここだとあれだから場所移してもいいかな?」

「もちろんさ!」


 そう言って勝善は光と共に教室を出て行ってしまい、莉菜はある考えの下、勝善と光の会話を盗み聞きした方がいいと判断し、二人のあとを追うことにした。


 なお、莉菜は教室を出る時に一度教室内を見たのだが、視界に入ったのは、勝善に手作り弁当を味わいもせずに食べられたことで周りの時空が歪むほど怒っている真希の背中と、今日一日の記憶を完全にデリートし、昼休みをエンジョイするクラスメート達の姿だった。

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