第三章 その2
「おはおはー」
朝。登校してきた莉菜は教室に入り、自分の隣の席の勝善にあいさつをする。
「ひっ! ……って、何だ姉崎か」
莉菜が話しかけた瞬間、勝善は何かにおびえる反応を見せる。
「何よ、その反応は」
「い、いや、何でもないぞー」
「あっ、そう」
勝善がとぼけているのは明らかだったが、莉菜は深く追求しなかった。
なぜなら莉菜には今、勝善に聞いておきたいことがあったからだ。
「ところでさ、昨日、あんた委員長とデートに行ったでしょ」
と、莉菜が口に出した瞬間、勝善は教室にいた人間全員がおもわず見てしまうほどの勢いでイスから転げ落ちた。
「……あんた、昨日何かあったの?」
「な、ななな何もないぞ、何も!」
勝善と真希のデートに何かあったのは火を見るよりも明らかであり、勝善を問い詰めれば白状しそうだったが、莉菜は自分の聞きたいことを優先することにし、勝善がイスに座り直すのを確認してからあらためて話を始めた。
「昨日、あんた委員長とデートに行ったでしょ」
「あ、ああ」
「でさ、ニュースでやってたんだけど、あんたと委員長のデート先の遊園地で子供の連れ去り事件があってそれをヒーローの格好した人が解決したそうなのよ。もしかしたらあんたさ、その一部始終見てたんじゃない?」
「あー、はいはい、それね。うん、見てたと言えば見て…………待って。ニュースでやってたって、ニュースで報道されてたの?」
「ええ、そうよ。ちょっと待って。えーと……あっ、これよ。ほら、ニュースの動画」
汗を滝のように流す勝善を不信に思いながら莉菜はスマートフォンを取り出し、勝善にニュース映像を見せる。
ニュース映像は、キャスターが淡々と子供の連れ去り事件があったことと、その事件を解決したのがヒーローの格好をした謎の人物であったことを伝える。
そして、画面はニュースを伝えるキャスターからネット上にアップロードされていた視聴者提供の映像に切り替わる。
視聴者提供の映像は荒く、遊園地のバンジージャンプ台を見上げる形で撮られていたが、バンジージャンプ台が高すぎるため、上の様子はまったく分からないものだった。
だが突如、上からヒーローの格好をした謎の人物が飛び降りてきて、バンジージャンプの命綱に吊るされたまま宙吊りの状態になる。
視聴者提供の映像はそこで終わり、キャスターはこれが事件を解決したヒーローの格好をした謎の人物だと紹介し、ヒーローの格好をした謎の人物は遊園地の係員にバンジージャンプの命綱をはずされて下ろされたあと、命綱をはずした係員と共に行方不明で警察が情報提供を呼びかけていると伝え、ニュース映像は終わった。
そんなニュース映像を見た、ヒーローの格好をした謎の人物こと、勝善はこの世の終わりのような顔をする。
莉菜は、この世の終わりのような顔をする勝善を見て、勝善がこの事件について何か知っていると確信し、そのことについて聞こうとしたのだが、
「あっ! この人は!」
「えっ? ま、まままままままま牧野さん!!」
突如、勝善と莉菜の間に光が入ってきて勝善が勢いよく立ち上がり、莉菜は勝善に聞くタイミングを逃してしまう。
「お、おおおおおおはようございます、牧野さん!」
「おはよう、筒森君。姉崎さんもおはよう」
「あー、うん、おはおはー。で、牧野さん、この人はって、何?」
莉菜はいきなり自分と勝善の間に入ってきた光の言動について聞いた。
「そうそう。えっと、姉崎さん、今のニュース、もう一度見せてくれない?」
「ええ、かまわないけど」
莉菜は光に言われるまま、ニュース映像をもう一度再生する。
「やっぱり。このヒーローの格好をした謎の人物って、私のバッグを取り返してくれたクロスAさんだよ」
「えっ? このヒーローの格好をした謎の人物が、牧野さんが言ってたクロスA?」
「うん、そうだよ」
以前、光が言っていたことを冗談半分で聞いていた莉菜はニュース映像に映っているヒーローの格好をした謎の人物がクロスAであることに驚いた。
と、同時に、ひったくりを捕まえたり、子供の連れ去り事件を解決したりするフィクションのようなヒーローが今、この町に存在しているという事実に莉菜は何とも言えぬ感情を持つ。
「私以外にも人助けしてるんだ、クロスAさん……。何だか、かっこいいね、筒森君!」
「へっ!? そ、その通りですよ、牧野さん! クロスAはかっこいい! ああ、何て素晴らしいことなんでしょ!」
光に対して普段以上にテンション高く勝善が話をする。と、その時、
「おはよう。みんな朝から賑やかね」
真希が登校し、あいさつをしてきた。
「ん? あー、委員長じゃない。おは「ぎぃやぁああああああああああああああああ!?」」
莉菜は真希にあいさつを返そうとしたが、その声はいくつもの机とイス、そして近くにいた人間を巻き込みながら教室の壁に向かって転げ落ちた勝善の叫び声でかき消されてしまった。
そんな目立つ行動をした勝善は、教室内にいる人間全員だけでなく、何事かと教室内を覗き込んできた廊下にいた人間の視線をも集めた。
「い、いいいいいいいい委員長!?」
勝善は、そりゃもうこの上なく真希におびえていた。
一体、勝善は真希に対して何をしたのかと思った全員が、視線を真希に移す。
「あらあら、筒森君。朝から騒がしいわね。こんなに教室を散らかしてどうするのかしら?」
誰もが、息をするのを忘れた。
真希は、一目見ただけで分かるほどキレていた。
普段とそう変わらぬ笑顔。しかし、その笑顔は見る者に恐怖を植えつける絶対零度の笑顔だった。
「い、今すぐ片付けます!!」
「うん、早くしてね」
勝善は超特急で机とイスを元に戻し、巻き込んだ人間に謝罪を済ませ、真希のもとに戻った。
「お、終わりました」
「…………はぁー。遅い」
「すみませんでしたぁあああああああああああああああ!!」
勝善がその場で勢いよく土下座を決める。
「そんな土下座なんてしなくていいのよ。ほら、顔を上げて筒森君」
「いや、あの、でも」
「顔をあ・げ・て」
「……はい」
この一連の流れを見て、全員がより強く思った。
本当に勝善は真希に何をしたのか、と。
「はっ! もしかして……」
一方、光は一連の流れを見て、ある考えが浮かんだようだ。
「そうそう、筒森君。美術準備室の整理の件なんだけど、私先生に頼まれた町おこしのイベントの手伝いをどうしてもやらなくちゃいけなくなって、整理の方は空いている水曜日の放課後にやることになったからそのつもりでね」
「あの委員長、俺水曜日はバイトが……」
「バイトなんて、交渉すればどうにでもなるでしょ? それとも何? 私は町おこしのイベントの手伝いをする中、時間を作ったのに筒森君は時間を作れないって言うの?」
「……どうにか、します」
「よろしい。それじゃ、忘れずに覚えておいてね」
それだけ言って真希は自分の席に向かい、その光景を見ていたほぼ全員が、今起きたことは忘れたほうが得と判断し、何事もなかったかのように、各々の朝の日常に戻っていった。
そんな状況の中、莉菜は勝善に真希に何をしたのか聞こうと、勝善に視線を向けるが、
「こりゃ、無理ね」
真希から開放された勝善は、燃え尽きていてとても話ができる状態ではなかった。
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