第三章 その4
勝善と光は人気の少ない隅の方にある一階と二階の間の階段の踊り場に移動した。
莉菜は、二人の会話を聞くため物陰からこっそりと様子をうかがう。
「さぁ、牧野さん、話を聞くよ!」
「うん。あのね……」
聞き漏らしのないよう、莉菜は耳に全神経を集中させる。
「筒森君、弓木さんとのデート中、弓木さんのこと怒らせたでしょ?」
「へっ?」
光が話し始めた内容は、莉菜がある程度予想していた通りのものだった。
一方、勝善は期待していたことと違った展開に驚いた様子を見せるが、この状況で何を期待していたんだと思いながら莉菜は二人の会話を聞き続けた。
「どうなの?」
「えっと、そのー、ある意味、そうなるのかな」
「やっぱり。ちゃんと謝ったの?」
「謝ったといえば謝ったけど、許してもらってるかといえば、何と言うか」
「許してもらってないんだね。何をして怒らせたのかは聞かないけど、もうちょっとしっかり謝っておかないと」
「う、うん」
莉菜が二人の会話を盗み聞きすることを決めた理由はただ一つ。
二人の会話を聞けば昨日の勝善と真希のデートで何があったのか知ることが出来るかもしれないと考えたからだ。
しかし莉菜の考えに反し、光はデートで何があったのか勝善に深く聞くことはなかった。
「でも安心して、筒森君。弓木さんは怒ってるけど、心の底から筒森君を嫌うほどは怒ってないよ。だって、そんなに嫌ってる人にお弁当を作ってくる人なんていないもん。だからちゃんと謝れば弓木さんは許してくれるよ」
「は、はぁー」
「あっ、でもあれはいけないと思うよ。いくらおいしかったからって、せっかく作ってくれたお弁当を急いで食べちゃうのは。弓木さん、作ってくれたお弁当をゆっくり味わって食べてほしかったと思うよ」
「あー、はい」
あの一連の流れをお弁当がおいしいから急いで食べたと解釈するのは光くらいだろうと、勝善と隠れて様子をうかがう莉菜は思った。
「筒森君。あと、これだけは言っておきたいの」
光がそう言いながら勝善の両肩に手を置いた。
「ひゃ、ひゃい、にゃんでしょうか!?」
勝善は、光に触れられてそれはもう分かりやす過ぎるくらいに緊張し、このまま天国に行けると思っているのが分かるような表情を見せるのだが、次の瞬間光は勝善を地獄の底に叩きつける言葉を発する。
「二人が付き合ってるって知ってる身として私、筒森君と弓木さんの恋を応援するから!」
それは、光が好きな勝善にとって残酷過ぎる一言だった。
「それじゃ、何かあったらいつでも相談してね」
言いたいことを全ていい終え、光は階段の踊り場をあとにする。
莉菜は、光に見つからないよう物陰に隠れて光をやり過ごしたあと、階段の踊り場をもう一度見てみる。
そこには、階段の踊り場で崩れ落ちる勝善がいた。
「あー、疲れた」
莉菜はあのあと、崩れ落ちた勝善をどうにか教室に連れ戻し、立ち直らせようとしたが空振りに終わり、勝善をほったらかしたままバイトに向かったものの、バイト中勝善はきちんと立ち直ったか考えながら働いたため、普段以上の疲れを感じながら帰宅していた。
「連絡の一つでもしとこうかしら。でも、絶対文句言ってきそうよね。よし、やめとこ」
莉菜は一瞬、勝善に連絡しようかと考えた。
しかし、勝善はスマホを持っているが、充電にかかる電気代がもったいないということで必要な時以外に連絡をするとネチネチと文句を言ってくるので、莉菜は勝善に連絡するのをやめた。
「まぁ、明日は長々と話できるから、明日でいいわよね」
莉菜が口にした明日は、以前勝善が増やすことにしたウェイターのバイトを増やした日なのである。
そのため莉菜は明日、学校とバイト先で勝善と会うことになり、必然的に会話する機会も増えるということだ。
「にしても、あいつの恋が叶うのは当分先……いや、叶うのかしら?」
今日、勝善は光に勝善と真希は付き合っていると勘違いされた。こんな状況では、勝善の恋が叶うのかすら怪しいと莉菜が思うのは当然であった。
そもそも、勝善は莉菜の応援なくして光との恋をまったく進展させていない。
光と同じ学校に通えるのは、莉菜が勝善に勉強を教え、勝善が死ぬ気で努力できる土台を作ったから。
光の連絡先を知ったのは、いつまでも光から聞けなくウジウジしている勝善にイラついた莉菜のおかげ。
勝善が光に告白しようと決め、遊園地でのデートに誘おうとしてそのお膳立てをしたのだって莉菜である。
無論、勝善なりにがんばって莉菜に頼らず自身の恋を進展させたこともあるが、それは莉菜の応援によって進展させたものと比べれば微々たるものであった。
しかし、そんな莉菜の応援があり、恋を進展させても勝善は結局自身の恋を後退させてしまうのである。
「私、よく見捨てずに協力してるわよね」
莉菜の言う通り、普通なら見捨てておかしくないくらい、勝善は自身の恋をうまく進めていない。
それでも、莉菜は呆れつつも、勝善の恋を応援し続けている。
なぜ勝善の恋を自分は応援しているのか莉菜は考え始め、ふと、ある光景を思い出す。
中学の時である。ある日の朝、登校してきた莉菜は学校の廊下で勝善を見つけた。
莉菜は勝善にあいさつをしようとするが、できなかった。
勝善が、誰かと話し、莉菜が今まで見たことがない表情をしていたからだ。
その誰かが光だった。
莉菜は遠巻きに勝善と光を観察し、全てを察した。
勝善が光に惚れていると。
光が心優しく、勝善が惚れるのも無理のない女であると。
自分は、光のような女にはなれないと。
だから莉菜は勝善の恋を応援することにしたのだ。
勝善と光が結ばれるのならば、諦められるからだ。
「って、諦められるって何よ、諦められるって。何、変なこと考えてるんだか。さーてと、さっさと帰って寝ようかな」
莉菜は自分の心に沸いたある感情を否定した。
その後、体を伸ばし、早く帰宅できるよう莉菜は歩くスピードを上げる。
しかし、莉菜は途中で歩くのを止めた。
「…………」
莉菜は無言で後ろを見る。
視界に入るのは、街灯に照らされた道だけだ。
「……たくっ、そんなわけないでしょ」
何かを確認した莉菜は、再び歩み始め、独り言を口にした。
実は莉菜は、バイトが終わり帰宅を始めてからずっと独り言を口にしている。
なぜかといえば、気を紛らわせるためである。
ここ数日、莉菜はあることに気付きつつあるが、まさかと考えてそれを自分の中で否定し続けていた。
だが、否定し続けるものの莉菜は独り言をやめず、歩みを寄り速めた。
しばらくして莉菜は無事、自宅であるマンションにたどり着く。
「ふぅー」
安堵するように息を吐いた莉菜は、エレベーターに乗る前にエントランスにある自宅のポストを確認した。
「っ! 嘘でしょ…………」
ポストの中身を見て、莉菜は今、自分が置かれている状況がまずいことになっているのを否定できなくなった。
ポストには、一目で盗撮だと分かる莉菜が写った写真が数枚入っていた。
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