第二章 その8
無事に事件が解決し、号泣する女に視線を向けながら、このあと自分はどう行動すればいいのかと勝善が考えていると、
「いやー、ありがとう。助かったよ」
「はい?」
係員の一人が勝善に声をかけてきた。
「ヒーローショーのバイトの子だろ? 君が来てくれたおかげで誰も怪我することなくすんだよ。本当にありがとう」
どうやら係員は勝善の現在の姿、クロスAの格好を見て勝善をヒーローショーのバイトの人間だと勘違いしたようだ。
「あ、あのー、そのー」
そんな係員にどう返事をするべきか勝善が悩んでいると、
「実は私が助けてくださいって、頼んだんですよ」
「えっ?」
真希が、間に入ってきた。
「君が?」
「はい。それで、この人に時間を稼いでおいてくれと言われて、女の人に色々と言ったんです」
「ああ、あれはそういうことだったんだ」
「ただ、一歩間違えれば悲惨な事になってました。もうちょっと言葉を選ぶべきでした。ごめんなさい」
「いやいや、気にしなくていいよ。結果的に何もなく終われたんだから。あっ、それじゃ僕達はあの人達を下に連れていくから、君達も早く下に降りるんだよ」
「分かりました」
そして、係員は子供達を下に連れていった。
「さてと…………何してるの、筒森君?」
「ふぇ!?」
いきなりの真希の言葉に勝善は、それはもう分かりやす過ぎるくらいに動揺する。
「な、ななな何を言ってるんだい? 俺は、正義のヒーロー、クロスAであって、筒森という名前の人間じゃないぞ」
「とぼけないで。マスク越しとはいえ知り合いに声が似ていて、いくら世界が広いからといって毎日のようにクラスメートからお昼を分けてもらっている人間が二人も三人もいてたまるもんですか」
「ぐぅ……」
誤魔化すことは不可能だ。そう判断した勝善は白旗を揚げることにした。
「……委員長、このことは誰にも言わないでくれ」
「言わないわよ。知り合いにヒーローのコスプレを着る変態がいるなんて、私まで変な風に見られるじゃない」
「へ、変態……」
勝善は真希のストレートな物言いにショックを受ける。
「でも、ありがとう。筒森君のおかげで何事もなく終わったわ」
「そ、そう?」
「ええ。それに、あの言葉、凄く心に響いたわ。遊園地に誘われた時よりも」
「あの言葉?」
「自分の気持ちは言葉にしないと相手に伝わらない」
「ああ、それね」
「当たり前だけど、誰もが忘れちゃいそうなこと。筒森君はそれを、私に思い出させてくれたの。そして、あの子供にもね。この言葉があったからこそ、今回の一件は何事もなく無事に終わったのよ」
真希はそう言いながら空を見上げていた。
その時、真希が何を思っていたのかは、勝善には分からなかった。
だが、真希の言葉を聞き、勝善自身もあることに気付く。
子供を捕まえたあの女は、結局言うべきことを後回しにした結果、事態を深刻化させてしまった。
それは、今の自分と変わらないものであった。
勝善は手違いで真希に告白し、遊園地でデートをしている。
そのことを正直に話すのが怖い勝善であるが、程度の差はあれど、話さなければ今回の一件のように事態は深刻になるだろう。
それに、自分の気持ちは言葉にしないと相手に伝わらないという言葉。
あの子供はこの言葉を聞いて自分の思いを言葉にした。
真希も、何かしら言葉を聞いて感じたのだろう。
だが、言葉を言った本人である勝善はそれを実行してないでいた。
それは、卑怯だ。ダメなことだ。
自分も、きちんと伝えるべきだ。
本当の自分の気持ちを。
「…………委員長、話があるんだ」
「何?」
「すまない、委員長!」
勝善は勢いよく頭を下げる。
「きゅ、急にどうしたのよ?」
「俺、委員長に告白して、デートに誘ったけど、あれ、間違いなんだ!」
「…………えっ? 間違い?」
「実は俺、本当は牧野さんに告白するつもりだったんだ! でも俺、あの時教室に入ってきた人を確認しないで告白したんだ。で、その結果、俺は牧野さんじゃなくて委員長に告白しちまったんだ。ずっと、言おう言おうと思って言えなくて、こんな時に言うことになっちゃったけど、本当にごめん!!」
言った。
ついに言った。
もう後戻りはできない。
そんなことを考える勝善は頭を下げたまま真希の言葉を待った。
「……………………筒森君、後ろ向いて」
「えっ?」
ようやく口を開いた真希の言葉の意味が分からなかった勝善は頭を上げた。
「後ろ、む・い・て」
勝善の視界に入ったのは、これ以上ないくらい満面の笑みの真希だった。
「は、はい」
全身の毛穴という毛穴から汗が出ていることを感じながら勝善はおとなしく真希の言う通り、後ろを向いた。
「そのまま前に進んで」
「えっ、でも」
「す・す・ん・で」
「はい」
逆らったらあとが怖いと考えた勝善は真希の言う通り、一歩一歩前に進んだ。
しかし、しばらくして勝善は歩みを止めた。
「委員長、これ以上進めません」
ここは、バンジージャンプ台。勝善は、バンジージャンプ台の一番先まで来ていて、あと一歩でも進んだら数十メートル下の地面に落ちてしまうのだ。
「そう。それじゃ、ちょっと待っててね」
嫌な予感しかしなく、今すぐにでもこの場から離れたい勝善だったが、恐怖で足がすくみ、思考が停止してまったく動けずにいた。
そして、思考が停止した勝善はしばらくして自分の体に何かが取り付けられたことに気付き、取り付けられた何かを確認する。
勝善に取り付けられたのは、バンジージャンプの命綱だった。
「レッツ、バンジー」
その言葉と共に真希は勝善の背中を容赦なくおもいっきり蹴り飛ばし、
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
勝善は、バンジージャンプ台から落ちていった。
「最っ低」
勝善にはまったく届いてないであろう言葉を吐き捨て、真希はそのまま自宅に帰ってしまうのだった。
一月二十六日(日) 今日の天気 晴れ
うん、死ね。死ね、死ね、死ね。あのバカ死ね。
間違いで告白しちゃった? そんな人間がこの世にいてたまるか、死ね。
さっさと、死ね。死ね、死ね、死ね。ていうか、死ね。
正義のヒーロー、クロスA? 意味分かんない、死ね。
ああ、死ね。死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死――――
「って、まともに書けるか!」
真希は、書いている途中の日記をおもいっきり床に叩きつけた。
遊園地から自宅に帰宅し、こうして日記を書いている間、真希の勝善に対する怒りのボルテージは上がりっぱなしであり、まともな思考で日記を書くなど不可能だった。
「本当に、意味分かんない、あのバカ! 何で、何で間違えるのよ! 照れながら勝負服着てデートに行った私がバカみたいじゃない!」
このまま感情に任せて、周りにある物を壊したいほど真希の怒りは高まっていた。だが、
「真希ちゃーん!」
「……何、お母さん」
下から母親が自分を呼ぶ声が聞こえ、真希はどうにか怒りを押し殺し、部屋から出た。
「ごはんできたわよー!」
「分かったわ。今行く」
真希は部屋の扉を閉め、リビングのある下に降りていった。
「…………本当、バカみたい」
その言葉は、今だ怒りのボルテージが上がっているのに今日は楽しかったと思ってしまっている自分に対してか、今日一日で色々と変わってしまった勝善に対する自分の気持ちに対してか、それとも別のことに対して言ったことなのかは、真希自身にも分からなかった。
ただ、真希の心の中にはまだ、あの言葉が残っていた。
自分の気持ちは言葉にしないと相手に伝わらない。
それは、間違いなく事態を変化させることのできる言葉だ。
無論、自分の気持ちを伝えた結果が好転するか、しないかは分からない。
だが、どんなことだって何もしないで後悔するよりは、何かをして後悔した方がいい。
だから真希は一つ、あることを決意していた。
「……まぁ、これに関してはあのバカに感謝かな」
そんなことをつぶやきつつ、真希はリビングの前に到着した。
「よし」
そして真希は、自分が今持っている甘えたいという正直な気持ちを両親に伝えるため、リビングの扉を開けた。
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