第二章 その6

 ポップコーンを持って戻った勝善は知り合いがヒーローショーのバイトをしていてその様子を見たいという嘘で真希をヒーローショーに誘ったところ、真希はこれを了承し、二人はヒーローショーがおこなわれる広場に来ていた。


「…………」

「…………」


 しかし、ようやくぎこちなさがなくなった二人は無言になっていた。なぜなら、


「あー、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるー」

「あれは恋人よ。きっとデート中なのよ」

「ひゅー、ひゅー」

「こら、やめなさい!」


 ヒーローショーを見るのは子供達であり、家族連れが大半を占める客層の広場でデート中の男女がいれば嫌でも注目され、子供達にからかわれまくるからだ。


「……委員長、すまん」

「い、いいのよ。子供は、純粋なだけだし」

「あー、ないしょ話してるー」

「愛よ。きっと愛をささやいているのよ」

「ひゅー、ひゅー」

「だからやめなさい!」

「……本当、すまん」

「は、ははっ…………」


 二人にとってのこの地獄は、ヒーローショーが終了する約三十分後まで続くのだった。




「よ、ようやく終わったな」

「え、ええ」


 ヒーローショーが終了した二人は広場から少し離れたベンチに座っていた。

 精神的ダメージを受けすぎたからだ。


勝善は礼から今後の参考にヒーローショーを見ておくようにと言われたが、あの状況でヒーローショーをちゃんと見ることなどできなかった。

 そのため、どう礼に言い訳するべきか考えつつ、ふと勝善はベンチの近くにあった時計を見た。

 時刻はとっくに正午を過ぎており、自分がいい具合にお腹を空かせていることに気付く。


 おそらく真希もお腹を空かせているだろうと判断した勝善は、いつまでもベンチに座っているのもしょうがないので真希に昼飯を食べに行こうと言うことにした。


「委員長、お昼過ぎてるし、何か食べに行かないか?」

「そうね。それじゃ、レストランにでも――――」


 と、その時、


「ヒーローショーおもしろかったか、りく?」

「うん!」

「それはよかったな」

「いっぱい応援してたものね。お腹空いたんじゃない?」

「すっごく!」

「あらあら。それじゃ、すぐにレストランに行かないと」

「そうだな。レストランでハンバーグでも食べるか」

「わーい、僕ハンバーグ大好き!」

「ははっ、よーし行くぞ!」


 仲睦まじい三人家族が二人の前を通り過ぎた。

 何らおかしい光景ではない。日曜日の遊園地では、ありふれたどこにでもある光景だ。


「……そうよね。遊園地なんだから、こういうの見ちゃうわよね」


 そんな光景を見た真希の様子が、少しおかしくなった。


「どうした、委員長?」

「えっ? あっ、な、何でもないわ」


 真希の様子が少しおかしくなったのに気付いた勝善はどうしたのか真希に聞いたが、真希は何でもないと返答した。真希の返答があきらかな誤魔化しであることは、勝善にも分かった。

 しかし、真希がなぜ誤魔化したのか勝善は分からなかった。


 だが、勝善が分からないのも当然だ。真希の様子が少しおかしくなったのは、仲睦まじい三人家族を見て、真希自身が持つ、勝善の知らないある悩みを思い出してしまったからなのだ。


 真希は校則をきちんと守り、成績が良く、クラスメートからも信頼されているまさに優等生だ。そんな真希が、なぜ優等生なのかといえば、それは真希の両親が理由だ。


 真希の両親は共働きで、何かと真希に寂しい思いをさせることが多かった。その分、家族で一緒に過ごせる時は存分に真希を楽しませていた。

 真希も、寂しい思いをさせることが多いが、自分のことを大事にしてくれる両親を喜ばせようとあれこれとするようになり、いつしか両親が一番喜んでくれた学業を人一倍努力するようになったのだ。


 ところが最近は真希が高校生になったこともあり、両親は何かと仕事を優先するようになってきた。それでも両親は学業を頑張る真希をきちんと褒めた。

 しかし、真希にとってそれは今までと比べて物足りないものだった。


 今、真希が持っている悩みとは、両親に褒められたい、自分を好きだと言われたい。

 でも、自分はもう高校生であり、素直に両親に甘えることができないという、ちょっとしたものなのだ。

 だから真希は仲睦まじい三人家族を見て、その悩みを思い出してしまい、少し様子がおかしくなったのだ。


「……筒森君、お昼食べに、レストランに行きましょ」

「あ、ああ」


 高校生が持つ悩みではないと、真希も分かっている。

 だからこの悩みは自分の中にしまっておくつもりであり、当然勝善にも教えようとは思わなかった。

 勝善も、真希の様子が気になるが、真希が話したくないのならあまり深く追求するのはやめるべきと判断し、話を切り上げて昼飯を食べに行くことにした。


 そして、二人がレストランに行くためベンチから立ち上がった時、


「きゃぁああああああああ!」


 甲高い女性の悲鳴が響き、二人を含む周りにいた多くの人が何事かと、悲鳴がした方向に視線を移した。


「お、お前、自分が何をしてるのか分かってるのか!?」

「うるさい!」


 視線の先にあったのは、刃物を持った女が、先ほど二人の前を通り過ぎた三人家族の子供を捕まえ、子供の父親が女から子供を取り返そうとしている、一目見ただけで深刻な状況と分かる光景だった。


「その子を返して!」


 子供の母親が必死に女を説得するが、


「黙れ! この子は、私の子供だ!」


 女は、周りの人間がどういうことかと首を傾げる返事をした。


「お、お母さん……」

「ええ、そうよ。私はあなたのお母さん。あの女じゃない。私が、あなたのお母さんなの!」


 しかも、女に捕まった子供も女のことをお母さんと言ったのだ。

 だが、じょじょにこれがどういった状況なのか、周りにいる人間は理解し始める。


 おそらく、あの子供は父親の連れ子であり、母親は父親の再婚相手で、子供を捕まえた女は父親と離婚した子供の本当の母親なのだ。

 そして、経緯は分からないが親権関係で揉めていて、こうなったのだろう、と。


 しかし、状況が分かったからといって、誰も動くことができなかった。

 なぜなら子供を捕まえている女は、刃物を持っていたからだ。


「私はこの子のお母さん。だから…………この子は誰にも渡さない!」

「お、おい!」

「ああ…………」


 事態はどんどん最悪の方向に進んでいく。

 女は子供を捕まえたままどこかに向かってしまい、父親が慌てて女を追いかけ、母親はその場に座り込んでしまった。


「……ま、まさか!」


 とんでもない光景に呆然としていた勝善だが、ようやく頭が動き始め、あることを思い出し、視線をズボンの右ポケットに移した。


 今、勝善のズボンの右ポケットには、礼に渡された持ち主の目の前で遅かれ早かれ起こる厄介ごとを起こす呪いのお守りが入っていた。

 呪いのお守りは部屋に置きっぱなしにしておいてもいいものであったが、クロスAとしての活動を引き受けた勝善は律儀に呪いのお守りを持ち歩いており、今、自分の目の前で起こっているこの出来事を引き起こした原因の一つにこの呪いのお守りが関係していると勝善は考えたのだ。


「ど、どうする」


 だが、原因を探ったところでしょうがない。今は、どうしようもない状況である。

 とにもかくにもまずは、係員か警察を呼ぼう、と勝善が考えた時だった。


「……ダメ」

「えっ? 委員長?」

「ダメよ。こんなの……絶対に、ダメ!」


 真希が、あろうことか子供を捕まえた女を追いかけて、走り出してしまったのだ。


「い、委員長! ……ああ、仕方ねぇ、こうなったら俺も!」


 そんな真希を放っておけるわけもなく、勝善は真希を追いかけるため、走り出したのだがその直後、勝善に向かって右横からリヤカーを改造したポップコーンの屋台が激突した。


「へぼあ!?」


 体のどこから出たのか分からないような声を出しながら勝善は吹き飛び、


「待て、筒森勝善!」


 勝善に屋台を激突させた張本人である礼が、勝善に話しかけてきた。


「何しやがる!?」


 吹き飛ばされた勝善は抗議の声を上げる。


「こいつを使え」


 礼はそう言いながら勝善にバッグを投げ渡した。


「……まさかこれって」

「ああ、クロスAの衣装だ」


 礼がクロスAの衣装を渡した。

 つまり、クロスAになって子供を捕まえた女を追え、ということを言いたいのだろう。

 だが、事態は深刻であり、クロスAの衣装を着る時間などないと考える勝善はすぐに否定の言葉を口にする。


「今はそれどころじゃないでしょ!」

「事態は私も把握している。本来ならばひったくり事件みたいに小さな事件などを解決していくつもりだったが、いささかお守りの効力が強かったようだ。まぁ、それは余計な話だ。それよりも、お前にクロスAの衣装を渡したのは、事態を深刻にしないための対策だ」

「どういうことです?」

「騒ぎの原因であるあの女は刃物を持ち、興奮している。そんな状況で女を追い詰めたら、女はさらに興奮してどんなことをしでかすか分からない。そこで、今大事なのは女の意表を突き、興奮した女を冷静にさせることだ。考えてもみろ。いきなり目の前にヒーローが現れる光景を。間違いなく意表を突けるだろ」

「それは、たしかに……」


 女は刃物を持ち、あきらかに興奮している。

 そんな状況で女が追い詰められたら何をするか分からないし、その時は間違いなく女が捕まえた子供にも被害が及ぶ。

 だから女を落ち着かせる必要があり、その手段としてクロスAとなって女の前に現れるというのは、有効な手段だと勝善は思った。


「一つ、確認していいですか?」

「何だ?」

「クロスAになるのは捕まった子供を助けるためであり、この騒ぎに便乗してクロスAの知名度を上げるためってわけではないんですよね?」

「……まったく、お前は私を何だと思っている。私の目を見ろ。クロスAになるのは、もちろん子供を助けるためだ!」


 その時、勝善はたしかに見たのだ。

 どす黒い、欲望にまみれた大人の目を。


「…………まぁ、大家さんの場合は絶対知名度上げる方が本音だと思ってましたけど、大家さんの言う通り、事態を深刻にしない対策としてはたしかに有効な手段なんだし、こんなことが俺の目の前で起きたのは俺が持っているお守りにも原因があるんだから、責任を果たすためにも、やることは一つか」


 勝善は、クロスAになる決意を固めた。

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