第二章 その5
日曜日。勝善は駅前のベンチに座り、頭を抱えていた。
勝善の心中はただ一つである。どうしてこうなった。
勝善は光に告白し、うまくいったら今日、光と遊園地でデートするはずだった。
ところが最終的にどうなったかというと、勝善は真希に告白し、今日、真希と遊園地でデートすることになってしまったのである。
勝善は昨日、バイト先である洋食店でお膳立てしてくれた莉菜に一応このことを報告したのだが、バカじゃないの、という一言で片付けられてしまった。
だが、莉菜の一言は的を射ている。これほどバカなことはない。
今日のデート、勝善には逃げるという選択肢もあった。
しかし、もし今日のデートを逃げたら満面の笑みの真希に何をされるか考えるだけで膝が震え始め、何よりも光から勝善に連絡(連絡先は中学の時いつまでも光の連絡先を聞けない勝善にイライラした姉崎経由で知った)があり、長々と勝善のために調べたであろう女性雑誌の受け売りまる分かりのアドバイスをされ、さらにがんばって、と応援までされてしまい、勝善は泣く泣く逃げるという選択肢を外した。
そして、どうすることもできない勝善は私服を身に纏い、律儀に約束した時間の三十分前に駅前に到着し、ベンチに座って頭を抱え続けているというわけである。
「お、お待たせ」
と、聞きたくなかった声を聞いてしまった勝善はゆっくりと頭を上げた。
目に入ったのは、服にまったく興味のない勝善でも一瞬でガチのコーディネートだと分かる白を中心としたかわいらしい服を纏い、少し顔を赤らめている真希だった。
さらに普段はきちんと校則を守っている真希が白いスカートをいつもより短く履いていることに勝善は気付き、勝善の心の中をやばい、という感情が九割支配した。
なお、残り一割はタイツを履いたふともも最高、という感情である。
「つ、筒森君、待った?」
「い、いや、そんなに」
「そ、そう」
「あ、ああ」
「そ、それじゃ、バスに乗りましょうか」
「……そうだな」
もうなるようにしかならない。
そんな悟りを開きつつ、勝善は真希と共に遊園地に向かうため、バスに乗り込んだ。
「と、とりあえず、何かアトラクションにでも乗るか」
「そ、そうね。遊園地に来たんだからね」
まばら以上混雑以下といった感じの人数の客がいる遊園地に到着し、入場した勝善と真希はぎこちない会話をしながら園内を歩いていた。
「えっと、それじゃ…………あのジェットコースターに乗るか」
勝善は辺りを見回し、視界に入ったジェットコースターを指差しながらそう言った。
「い、いいと思うわ」
真希も了承し、二人はジェットコースター乗り場に向かう。
ジェットコースターは並ばずにすぐ乗ることができた。
しかも勝善と真希は来たタイミングが良かったため、ジェットコースターの座席は一番前だった。
「いやー、遊園地といえばやっぱりジェットコースターだよな」
「ええ、とりあえず来たら乗りたくなっちゃうわよね」
勝善と真希はつい先ほどまでぎこちない会話を続けていたが、ジェットコースターに乗ることでテンションが上がり始め、ぎこちなさがなくなりつつあった。
また、勝善にとって遊園地はまだ貧乏でなかった子供の頃、父親に連れてきてもらった時以来のことで、久しぶりの遊園地でアトラクションに乗るという事実がよりテンションの上昇に拍車をかけていた。
「それでは出発します!」
そう係員が言ってジェットコースターは出発し、すぐに上昇を始めた。
「なんだか、ドキドキしてきちゃった」
「まぁ、くるって分かってても、ドキドキしちゃうよな」
そんな会話を真希とした勝善だったが、ふと、あることに気付いた。
昔、父親が自分を遊園地に連れてきてくれていたが、それにしては父親と遊園地で遊んだ記憶があまりないということだ。
子供の頃とはいえ、何でここまで記憶がないのか、上昇するジェットコースターに乗りながら勝善は考え続けた。
そして、ジェッコースターが上昇を終え、下降が始まろうとしたまさにその瞬間、
「あっ」
勝善は、自分が絶叫系アトラクションが苦手で、苦い思い出しかない父親との遊園地の記憶を封印していたことを思い出した。
「す、すまない委員長」
「いいのよ、気にしなくて。誰にだって、苦手なものはあるもの」
自分が絶叫系アトラクションが苦手だということをジェットコースターが下降するまさにその瞬間思い出した勝善は、情けない叫び声を上げまくり、ジェットコースターを降りたあと、ボロボロになりながら近くのベンチに座り、真希の介護を受けていた。
「あー、でも。委員長のおかげでだいぶ楽になった」
「それは何よりよ」
だが、勝善がダウンして真希に介抱されたおかげで、二人の間にぎこちなさは完全になくなっていた。
「そのー、迷惑かけたし、何かお礼させてくれ」
「お礼だなんて、遊園地に連れてきてくれただけで十分よ」
「でもな……」
勝善としては、情けない姿を見せたのに嫌な顔一つせず介抱してくれた真希に何かお礼をしたかったのだが、真希は遊園地に連れてきてくれただけで十分だと言う。
しかし、そもそもこの遊園地デートは勝善にとって光を誘うつもりが結果的には真希を誘ってしまったという事故のようなものであり、それを正直に話せずそのまま真希と遊園地デートをしているという負い目がある勝善は、やはり何か真希にお礼をしたかった。
そして、勝善は何かないかと辺りを見回し、リヤカーを改造したポップコーンを売っている屋台を見つけた。
金のためなら自分の安いプライドをさっさと捨ててしまうタイプである勝善だが、さすがに負い目があることと、未払いの家賃の問題を無視すればポップコーンくらいなら買えたので、真希にお礼としてポップコーンをおごることにした。
「よし、委員長、ポップコーンおごるよ」
「えっ? お、おごる?」
「おう。それじゃ、ちょっと行ってくる」
そう言って勝善はポップコーンの屋台に向かったが、この時真希には衝撃が走っていた。
なぜなら、毎日、毎日クラスメートに昼食を分けてくれと言っていて、絶対に人におごることがないだろうと思っていた勝善が、ポップコーンをおごると言ったからだ。
それは真希にとって驚天動地のことであり、真希はあの勝善が自分に対してポップコーンをおごってもいいと思う程に好意を持っている、と勝善が知ったら青ざめそうな勘違いをしてしまう。
一方、そんな勘違いを真希がしていることなどまったく知らない勝善はポップコーンの屋台に到着し、さっそくポップコーンを注文する。
「すいません、ポップコーン一つ下さい」
「へい、ポップコーン一つで」
応対した店員は、礼だった。
「…………何してるんですか?」
「渡した遊園地のチケットを使ってちゃんとお前がデートをしているのか潜入調査をしているところだ」
自分が住むアパートの大家という肩書きがなかったら勝善は間違いなく今この瞬間、礼を殴っていたことだろう。
「にしてもどういうことだ? 今デートしている子は、お前の好きな子じゃないだろ?」
「そ、それは……」
怒りを必死に抑えていた勝善は、礼の言葉に動揺した。礼の疑問は当然だ。
礼は勝善が光をデートに誘うために遊園地のチケットを渡した。なのに勝善が今デートをしているのは光ではない。
こんな光景を見たら誰だって礼と同じ疑問を持つだろう。
勝善はこの状況を礼に説明するべきか少し考え、結果はどうあれ、礼は遊園地のチケットをくれた人であり、自分にはどうしてこうなったか礼にきちんと説明するべき義務があると判断し、こうなった経緯を一から説明した。
「ふむ、なるほど……。お前にはあえてこの一言を送ろう。バカだな、お前」
「分かってます。ええ、分かってますとも」
「しかし、お前はいつ真実を言うつもりなんだ? このまま、というわけにもいかんだろ」
「それは……その通りで」
「いいか、こういったことは言うのを先延ばしし続けると事態はより深刻になるんだぞ。無論、言ったら言ったで何が起こるかは分からんが、先延ばしし続けるよりはよっぽどマシな結果になるぞ」
「…………はい」
勝善が真希と遊園地デートを続けているのは結局のところ間違ってしまったと真希に言えないからである。
だが、礼の言葉通りこのまま事実を言わずに過ごしていたら、いずれ事態はより深刻になるだろう。
いつか言わなければならないこと。それは早ければ早いほどいい。
そのことは、勝善も分かっていた。分かってはいるが、勝善は真希に言えないでいた。
なぜなら、頭の中にちらついてしまうからである。
正直に言ったら、真希がどんな笑顔をするのかという考えが。
「まぁ、結局言うのを決めるのはお前自身だ。さて、この話はこれくらいにして、お前は私が遊園地のチケットを渡した表向きの理由を覚えているか?」
「えっ? …………ああ、ヒーローショーのことですか?」
「そうだ」
そもそも礼が勝善に遊園地のチケットを渡した理由はクロスAとしての今後の活動の参考にするため遊園地でおこなわれるヒーローショーを見るためであり、デートに誘うためというのはついでの理由だった。
「もうすぐヒーローショーが始まる。このポップコーンを持って、理由を適当につけてあの子とヒーローショーを見てこい」
そう言いながら礼は勝善にポップコーンを渡した。
「分かりました」
そして、ポップコーンを受け取った勝善は真希のもとに戻っていった。
「ああ、ポップコーン代の方は家賃に上乗せしておくからな」
「そう言うと思ったよ、こんちくしょう!」
礼に対して、そんな叫び声を上げながら。
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