第二章 その4

 昼休みになった。勝善は今に至るまでチャンスを見つけては光に話しかけたが、どれもどうでもいい話をして終わってしまった。


 自分のどうしようもないヘタレさ加減に嫌気を感じつつ、勝善はそれはそれとして、クラスメートから分けてもらった昼飯(今の状況で話しかけたくない真希がたまたま不在の際に急いで分けてもらった)を食べていたが、どこか上の空だった。


「……はぁー。ねぇ、今日はどうしたのよ?」


 そんな勝善の様子を見かね、莉菜が話しかけてきた。


「何でもねぇ、何でもねぇんだ……」

「どう考えても何かありますって態度じゃない。……筒森、あんたとは中学からの付き合いよ。昨日、今日友達になった仲じゃないの。だから、手を貸せる時は貸すつもりよ。筒森、あんたが今悩んでることはそんな仲の私じゃ解決できないことなの?」


 勝善は突然真面目な問いかけをしてきた莉菜の方を向いた。

 莉菜の目は、本当に勝善のことを心配している目だった。


「……姉崎」


 そんな目をした莉菜の気遣いを、勝善は無下にすることはできなかった。

 勝善は財布から二枚の遊園地のチケットを取り出し、莉菜に見せた。


「…………そういうこと。そのチケット、牧野さんに渡したいの?」


 莉菜は二枚の遊園地のチケットを見て、勝善が何をしようとしているのか察した。


「まぁ、そんなところだ」

「そう。…………筒森、あんた放課後教室に残ってなさい」

「はっ?」

「私が牧野さんを教室に呼び出して、あんたと二人っきりにしてあげる。そこで、牧野さんに渡しなさい。てか、お膳立てしてあげるんだからきちんとやるのよ」

「……任せろ、必ず成功してやる!」


 勝善は自分のためにそこまでしてくれる友達がいるということが、とてもうれしかった。


 だからこそ、そんな友達に報いるためにもかならず告白を成し遂げると、腹をくくった。




 放課後。夕日が差す教室で、勝善は右手に二枚の遊園地のチケットを持ち、窓から校庭を眺めながら光を待っていた。

 自分は、今から光に告白する。

 そんな事実を前にして勝善は胸の高まりを抑えることはできなかった。


 呼吸が速い。


 足が震えている。


 少しだけ、今すぐ逃げ出したいという気持ちがあった。


 だが、勝善は光への告白をやめるつもりはなかった。

 お膳立てをしてくれた莉菜に報いたいからだ。


 それに、光への告白はいつかかならず通らなければならない道だ。

 ここで逃げたら男じゃない。


 というか今、自分はテンションがかなりハイになっている。

 このテンションに身を任せないと次はいつになったら告白できるのか分からない。

 だから今、自分は告白するのだ。


 そんなことを考えながら勝善は光を待ち続け…………運命の時は訪れた。


 教室の扉が開く音が教室に響いた。

 莉菜がどうにかして光を教室に呼び出したのだろう。

 そう判断した勝善は最後の覚悟を決め、まだほんの少しの羞恥心があるため面と向かってではなく、窓から校庭を眺めたまま口を開いた。


「……来てくれたか。その、俺、君に伝えたいことがあるんだ。あー、色々言いたいことはあると思うんだけど、俺の話が終わるまで黙って聞いててくれ」


 それは、途中で話しかけられたら告白をやめてしまいそうなことに気付いた勝善からのお願いだった。


「…………」

「ありがとう。そのまま最後まで聞いてくれ。その……俺…………」


 勝善は勇気を振り絞り、その言葉を口にした。


「俺、前からずっと君のことが好きだったんだ!! ある日見た君の笑顔が、純粋で、綺麗で、凄く魅力的だったんだ。その笑顔を見てから君のことを見続けてどんどん好きになっていったんだ! そんな君とこの学校でクラスメートとして一緒に過ごせた日々は、本当に楽しかった。でも、もうすぐ俺達は二年生になってクラス替えで別々のクラスになってしまうかもしれない。だから、二年生になる前に告白しようって決めたんだ」


 好きだと口にした瞬間から勝善は吹っ切れ、自分の気持ちをぶつけていた。


「いきなり告白して、驚いたと思う。でも俺、ヘタレだからさ、今このチャンスを逃したら次、いつ告白できるか分からなかったんだ。だから今、告白したんだ。それで、ここに二枚の遊園地のチケットがある。もし、告白を受け入れて俺と恋人になってくれるなら、日曜日に遊園地でデートしよう。……もし、告白を断るなら、その、最後の思い出として、遊園地、一緒に行ってくれるとうれしい。だから、だから……俺と一緒に遊園地に行ってくれ、まき――――」


 一緒に遊園地に行ってくれ、牧野さん、と言いかけながら勝善は光がいる後ろに向かって振り返り、遊園地のチケットを差し出した。


 振り返って遊園地のチケットを差し出した勝善の視界に入ったのは、顔を真っ赤にした真希だった。


「…………」

「…………」


 お互い、無言だった。


 真希は顔を真っ赤にしたまま無言。


 勝善は先ほどの勢いをなくし、真顔になりチケットを差し出したまま無言。


 なぜ、ここに真希がいるのか。勝善は必死に頭を動かして考え、思い出した。

放課後、二人で美術準備室の整理をやるため、真希が用事を終わらせるまで自分が教室で待っていると約束したことを。


 教室を静寂が支配する中、教室の扉が開く音が響いた。


「姉崎さん、用事ってなんだろ? あれ、筒森君と弓木さんだ」


 光が、教室に入ってきた。


「二人とも何してるの? 筒森君が持ってるのって遊園地のチケット? で、弓木さんは顔が真っ赤? …………あ、あー、そういうことか。私、お邪魔しちゃったみたいだね。ごめん、ごめん。お二人とも、ごゆっくりー」


 光は顔を少し赤らめながら、まるでお見合いであとはお若い二人におまかせして、と言いながら退席する親のように手を振りながら教室から出て行った。


 完全に光に誤解された、と勝善は思ったが、いまだに口を開くことができなかった。

 口を開いた瞬間、全てが手遅れになる気がしたからだ。


 だが、はっきり言ってしまえばもう既に全てが手遅れである。


「…………そ、そのー」


 そして、黙っている勝善よりも先に真希が口を開いた。


「い、いきなり過ぎて、すぐに告白の返事が、できない。で、でも、告白、うれしかった。だ、だから!」


 真希は勝善の手から遊園地のチケットを一枚取った。


「遊園地、一緒に行っていいわ。日曜日、だったわよね? な、なら、駅前、九時に、待ち合わせしましょ。そ、それと、お互いこんなんだと、今日は美術準備室の整理は、できそうにないわね。だ、だから、私の方からそれはまた後日やるって、先生に言っておくから。えっと、えっと、そのー、ゆ、遊園地楽しみにしてるから! それじゃ!」


 そう言い終えると同時に、真希は走って教室を出て行った。


「…………あれー?」


 教室に、勝善の間抜けな声が響いた。




 一月二十四日(金)  今日の天気 晴れ


 …………どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう!


 遊園地のチケット貰って、日曜日、一緒に行くって約束しちゃった。

 てか、筒森君、私のこと好きだったんだ。


 いやいや落ち着け、私。告白してきたのは筒森君よ。

 バカで、貧乏で、私にストレスを与え、イラつかせるあの筒森君なのよ。


 そうよ。あの筒森君なんだから、ここまで別に動揺することはないわ。

 遊園地……は、もう約束しちゃったからしょうがないけど、告白の方は、なしってことにしましょ。うん、そうしましょ。


 …………でも、筒森君、凄い一生懸命に告白してくれた。

 私のことが、本当に好きだって分かるくらいに。

 あの言葉は、今の私に凄く響いた。


 それに告白の最後、私のこと、真希って、呼び捨てで呼んだ。

 男の人に、あそこまで力強く自分の名前を呼ばれたのは、初めて。


 笑顔、か。私の笑顔って、そんなに素敵なのかな?


 …………ああ、もう! 考えれば考えるほど、どんどん考え込んじゃう!

 日曜日までまだ時間があるんだし、今日の日記はここまで!


 今日も一日お疲れ様、私。明日も頑張れ、私。







 本当に、どうしよう……………………。

              (弓木真希 今日の日記 高校一年生編より抜粋)

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