第二章 その3

「バイト……クビ……バイト……クビ……」


 翌日。勝善は自分がしているバイトの中でもっとも給料の良かったバイトをクビとなり、おもいっきりそれを引きずったまま学校に登校し、教室に向かっていた。


「……とりあえず、代わりに何かバイト入れないと。ウェイター勤務を増やすか。朝刊の配達は……朝はキツイが、この状況だと増やすしかないか」


 折込チラシの配送準備のバイトの代わりとして勝善は現在週三勤務の莉菜と同じバイト先である洋食店や週二ペースでやっている朝刊の配達のシフトを増やそうかと考えた。


「ああ、でも日曜日は休まねぇとな」


 勝善は財布から二枚の遊園地のチケットを取り出す。


 礼から二枚の遊園地のチケットを譲り受けた勝善は、光に告白する時にこのチケットを使い自分の本気度を伝え、告白に成功したら日曜日に光と遊園地でデートしようと考えていた。

 最悪、告白が失敗、つまり光にフラれても最後の思い出に遊園地でデートしてくれと言えるとも勝善は考えていた。


 だが、どちらにせよ礼から貰った遊園地のチケットには日曜日におこなわれるヒーローショーを見るという大義名分があるので、デートをするなら日曜日となる。

 そして勝善は洋食店のバイトのシフトを日曜日に入れていたので、バイトを休む必要があったのだ。


 ちなみに勝善の週三の洋食店のバイトのシフトは水、土、日である。土、日と休日両方に洋食店のバイトを入れているのは学校が休みであり、普段のように昼飯をクラスメートから分けてもらうことができないのでその代わりとしてバイト先である洋食店のまかないを食べているからである。


「とりあえず姉崎に頼んでシフト増やすのと日曜日休むことを店長に言ってもらって、明日あらためて俺の方から言っておくか」


 勝善は今後の予定を決めると同時に教室の前に到着し、教室の扉を開けた。


「おはよう、筒森君」


 扉を開けた先には満面の笑みの真希がいた。


「ひっ!?」


 満面の笑みの真希に驚いた勝善は勢いよく後退し、廊下の壁に激突した。


「い、委員長……」


 勢いよく後退して壁に激突したため、かなりの痛みが後頭部と背中を襲っているはずだが、勝善は痛がるそぶりを見せず、真希から視線をはずすことができなかった。


「よかった。昨日約束した通り、ちゃんと登校してきてくれたのね」


 そう真希は言うが、勝善は真希の満面の笑みを見るまで昨日自分が真希にしでかしたことを完全に忘れていた。


「あ、当たり前じゃないか、委員長」


 もっとも、そんなことをバカ正直に言った場合、自分がどうなるかなど考えたくもない勝善は、きちんと覚えていたと嘘をついた。


「それでね、筒森君。私、放課後ちょっと用事があるから、その用事が終わってから美術準備室の整理を二人でしましょ。だから放課後帰らずに教室で待っててね。分かった?」

「は、はい!」

「それじゃ、放課後ね」


 終始満面の笑みだった真希は勝善の返事に満足し、自分の席に戻った。


「…………委員長、絶対俺のこと許してないな」

「あんた、廊下で何やってんの?」


 と、登校してきた莉菜が廊下の壁に激突したままの勝善に声をかけてきた。


「えっ? お、おう、姉崎じゃないか。いや、別にたいしたことじゃないから気にするな」


 正直に言ったらあとで真希に何をされるか分からないので、勝善は莉菜に本当のことを言わなかった。


「あっ、そうだ姉崎、お前今日もバイトだろ?」

「ええ」

「明日、俺の方からも直接言うけどさ、店長にシフト増やしたいことと、日曜日休むってこと言っておいてくれないか?」


 勝善はさきほど決めておいたことを姉崎に言った。


「別にいいけど、珍しいわね。あんたがバイト休むなんて」

「ちょっと、用事がな」

「ふーん、そうなんだ」


 恥ずかしくて勝善は、光とデートの約束をするためにバイトを休むとは言えなかった。


「筒森君、姉崎さん、おはよう」

「ああ、牧野さん、おはおはー」


 と、その時、光が登校してきて勝善と莉菜にあいさつをした。莉菜は普通にあいさつを返すが、


「ま、まままま牧野さん、おおおおはようございます!」


 勝善はいつものように普通にはあいさつを返せないでいた。


「そうだ。牧野さん、聞いたわよ。昨日ひったくりにあったんだって?」

「あっ、うん。原付バイクに乗った男の人にバッグ取られちゃったんだけど、正義のヒーロー、クロスAさんって人に取り返してもらったの」

「はっ? クロスA?」

「うん、クロスAさん。凄かったんだよー。こう、はっ! ほいや! みたいな感じで」


 光と莉菜が会話しているのは昨日の一件だ。光はひったくりにあったが無事バッグを取り戻している。

 そのバッグを取り返したのはクロスAであり、その名前をきちんと覚えていた光は呆気にとられる莉菜にその時のことを勝善を魅了させるかわいらしい身振り手振りを交えながら伝えた。


「ま、まぁ、無事戻ったなら良かったわね」

「うん!」

「……てか、筒森。あんた牧野さんがひったくりにあったのに随分とおとなしいじゃない」

「えっ!?」


 勝善は光と莉菜の会話をおとなしく聞いていた。それに莉菜は違和感を覚えて、勝善にそのことを聞いてきた。

 なぜ莉菜が違和感を覚えたのかといえば、光がひったくりにあったと勝善が知ったら今すぐにでもひったくり犯を断罪するため学校を飛び出すくらいのことはやりそうなのにおとなしく話を聞いていたからだ。


 だが、勝善からしてみたらそのクロスAは自分であり、事の顛末は知っているので特に口を出す必要がなかっただけなのだ。

 しかし、たしかに莉菜の言う通り光がひったくりにあって自分がおとなしく話を聞いているのはおかしいので、勝善は誤魔化すことにした。


「い、いやー、ちょっと驚いちゃってさ。でも、ひったくられたバッグはその、クロスAって人が取り返してくれたんだよね」

「そうだよ」

「なら、問題ないね。ケガもしてないみたいだし、牧野さんはクロスAに感謝しないとね」

「うん。もしクロスAさんにまた会う機会があればきちんとお礼したいって思ってるよ」


 クロスAは勝善である。そして光はクロスAにお礼をしたいと言った。

 以上のことにより勝善の頭の中では光が自分にお礼をしたいくらいに感謝していると処理され、ちょっぴり幸せな気分になった勝善だった。


「……何かおかしい」


 一方、莉菜はまだ違和感を持っていたが、それ以上、勝善を追求することはなかった。


「あっ、もうすぐチャイム鳴っちゃうね。教室に入ろう」

「……そうね。ほら、筒森も行くわよ」

「おう」


 腕時計で時間を確認した光の言葉を聞き、勝善達は教室に入ろうとするのだが、


「あっ、ま、牧野さん!」


 咄嗟に勝善は教室に入ろうとする光を止めた。財布に入っている二枚の遊園地のチケットを思い出したからだ。


「えっ? 何、筒森君?」

「あ、あのー」


 呼び止めたはいいものの、勝善はすぐに目の前には光以外にも莉菜がいることに気付く。

 さすがに莉菜のいる前で告白とデートの誘いを光に言うことは、勝善にはできない。


 そこで勝善は二人っきりで話せるよう、光に放課後にでも二人っきりで会えないか、と聞いてみることにした。


「きょ、きょ、今日さ」

「今日?」

「その……………………いい天気だよね」

「ああ、そうだね。昨日はくもりだったけど今日は晴れ晴れとしてるよね」

「そ、そう! 晴れ晴れとしてる! こんなに晴れ晴れとしてると今日一日いいことありそうだと思うよね!」

「そうだね。何かそう言われたらやる気が凄く出てきたよ。お互いにがんばろう、筒森君!」

「おう!」


 そんな会話をしてから、勝善達は教室に入った。


 そして、勝善は自分の席に座り、おもいっきり机に突っ伏した。


「いやいやいやいや、さっきのは何よ?」


 光との会話の最中は口を挟まなかった莉菜が勝善に質問してくる。


「…………なんなんでしょうね?」


 勝善は莉菜の質問に返事をすることができなかった。

なぜなら勝善は気付いてしまったのだ。


 決断した。


 覚悟を決めた。


 どんなに照れても、どんなにきちんとできなくても、光に告白すると。


 しかし、いくら告白することを決めたところで勝善は、恋愛方面ではどうしようもないほどヘタレだったのだ。

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