第二章 その2
「さて、協力してくれるお前に私からプレゼント二つがある。まずはこれだ」
そう言って礼がポケットから、黒色の布でできたお守りを取り出した。
「お守りですか?」
「ああ、そうだ。知り合いの神主に頼んで作らせた特注品でな、効力が絶大であることは先ほど証明済みだ」
「先ほど? あの、このお守りの効力って何ですか?」
「そもそもヒーローが悪と戦うには何か事件が必要だ。このお守りはな、遅かれ早かれ起こる厄介ごとを、持ち主の近くで起こさせる効力を持った呪いのお守りだ。今までは私が持っていたがお前も見ただろ? 私の前でひったくり事件が起こった光景を」
「…………ちょっと待て。色々待て。かなり待て」
礼の説明を聞き、勝善は頭を抱えた。
礼の説明通りならば、礼が持つ黒いお守りはまさに呪いのお守りであり、先ほど勝善の目の前で起きた光が巻き込まれたひったくり事件もこの呪いお守りのせいということである。
そんな危険な物をしれっと出してきて、自分に渡そうとしていることに文句を言うのは、勝善が持つ当然の権利であった。
「つまり、あれですか? さっきのひったくり事件はこのお守りのせい?」
「違う、違う。このお守りはあくまでも遅かれ早かれ起こる厄介ごとを持ち主の近くで起こすだけであり、起こりえない厄介ごとを起こすことはない」
「同じようなもんじゃん……。てか、一体何でできてるんですか、このお守り?」
「ああ、神主がな、呪いのお守りの中身はいい感じに負のオーラが溜まっているものがいいと言ったんでな、お前の部屋の素材を少々拝借させてもらった」
この時、勝善は初めて自分が住む事故物件の部屋から引っ越したいと思った。
「それでどうする? このお守りを持てばお前の目の前で厄介ごとが起こるようになるわけだが、逆に言えば本来ならばお前が感知できない所で起こるはずだった厄介ごとをお前の前で起こさせ、お前が誰かを助けられるチャンスを作ることになるわけだが」
礼の言う通りであった。
呪いのお守りは持ち主の目の前で厄介ごとを起こすが、逆に言えば本来は感知できない所で起こるはずだった厄介ごとだったもので、被害を受ける人間を自分が助けられる可能性を生む代物であった。
つまり、先ほど光がひったくりにあった件も本来ならば勝善のあずかり知らぬ所で起こっていたのだが、呪いのお守りのおかげで勝善が一緒にいた持ち主の礼の目の前で起こり、勝善が光を助けることができたということである。
そんな事実を言われては、勝善が呪いのお守りを礼に突き返すなどできるわけがなかった。
「……とりあえず預かっておこう」
「よろしい。では次にこれだ」
そう言いながら礼はもう一つのプレゼントをポケットから取り出した。
それは、この町の遊園地のチケットだった。
「日曜日、遊園地でヒーローショーがある。今後の参考として見ておけ」
「今後の参考とは?」
「ヒーローらしい振る舞い方とかだ」
「なるほど。まぁ、それは置いとくとして、何でチケットが二枚あるんですか?」
勝善の言う通り、礼が取り出した遊園地のチケットはなぜか二枚だった。
「これはお前と、さっきひったくりにあったお前と同じ高校に通うあの子の分だ。ヒーローショーを見るついでに好きなあの子をデートにでも誘っとけ」
二枚の遊園地のチケット。それは、からかいの混じった礼の気遣いだった。
「はっ? 何言ってんだし。別に、あの、その、す、すすすすす好きじゃねーし」
「そうか。ではこの遊園地のチケットは不要だな」
「ごめんなさい、遊園地のチケット二枚ください」
「素直でよろしい」
勝善は自分の負けを認め、礼から遊園地のチケットを二枚貰った。
これでうまくいけば光と遊園地デートができる…………いや、告白する時、自分が本気なんだと伝えられる道具の一つになるかもしれない。
そんなことを勝善は考えていた。
「プレゼントは以上だ。まぁ、気張らずにこれからはヒーローとしての活動をがんばれ」
「と言われてもな……」
「何だ、不安なのか?」
「そりゃそうですよ」
「そうか。しかし、お前はそこら辺のチンピラには負けそうにないと思うんだがな。さっきだってひったくり犯を一方的に痛めつけてたじゃないか」
「ああ、それは俺が現役のプレスラーの人達に鍛えられているからですよ」
「現役のプレスラーに? 初耳だな」
と、礼が興味ありげに勝善に聞き返す。
「俺が今やってるバイト先の一つにプロレスラーの人がいまして、まぁ、この町にある小さなプロレス団体に所属する人なんですけど、働いている内に仲良くなって練習を見学しにこないかと言われまして、見に入ったんですね。そしたら所属する他のプロレスラーの人達にも紹介されてあれよあれよという間に俺も練習に参加することになりまして」
「そうなのか。でも普通一般人相手ならそこまで本格的な練習をさせるとは思えんが?」
「ええ、もちろん普通はそうですよ。ところが、なぜか筒森なら大丈夫だろう、筒森ならいけると思われ、本格的な練習させられたり、バンバン技かけられたりした結果、そんじょそこらの大男には負けない程度の筋力と技術が身についたんですよね」
「……それ、お前をプロレスラーにしようとしてるだけじゃないのか?」
遠い目をしながら話す勝善の言葉を聞き、礼が冷静なツッコミを入れた。
「まぁ、そうかもしれないですけどねー。でも、そのプロレスラーの人とは今も仲いいんですよ? 今日だってバイト先で会うんですし。…………ん? 今日?」
自分の言葉を聞き、あることに気付いた勝善は礼の部屋にある時計に視線を移した。
その時計に刻まれた時刻を見た瞬間、あることを思い出すと同時に、勝善の顔から血の気が引き始める。
勝善はこのあと、新聞屋に納入する折込チラシの配送準備をするバイトをすることになっていた。
そのバイトが始まるまで残り十分。
バイトの職場までは自転車で三十分。
つまり、バイトに遅刻することが確定したのである。
「や、やばい」
「何がやばいんだ?」
「バイトに、遅刻しちゃう…………」
「ああ、そういえばバイトがあるとか言ってたな。だが、そこまで動揺することか?」
礼の言う通り、勝善はバイトに遅刻するということに対して過剰とも言えるほど動揺していた。
だがそれには、理由があった。
「今日のバイト、折込チラシの配送準備をするバイトで、時間に厳しくて、一回でも遅刻したらクビ……」
「あー、それはやばいな。まぁ、無理かもしれないが急いでバイト先に向かったらどうだ?」
「あ、あ、ああああああああああああああああああああ!!」
礼の言葉に押される形で勝善は奇声を上げながら礼の部屋を飛び出し、愛車、ブラックホースに乗った。
少年は、自転車のペダルを必死に漕いでいた。
なぜ、自分は自転車のペダルを必死に漕いでいるのだろう、と少年は思った。
三十分掛かる道のりを十分で行くなど到底不可能だ。
だから、自分がやっていることは無意味なのだ。
必死にペダルを漕ぐ必要はない。
足が痛い。
胸が苦しい。
まともに呼吸もできない。
こんなに苦しい思いをするなら諦めてしまえばいい。
そんな考えが、ちらちらと少年の頭の中をよぎる。
だが少年は、ペダルを漕ぐのをやめようとしなかった。
どうして少年はペダルを漕ぐのをやめないのだろう。
それは、金のためだ。
少年にとって今、自分が向かっている先にあるバイトは、自分がしているバイトの中でもっとも給料がいいのである。
そう、少年は生きるために戦っていたのだ。
だから少年は、足が痛くても、胸が苦しくても、まともに呼吸ができなくてもペダルを漕ぐのをやめなかった。
絶対に間に合ってみせる、と少年は決意し、ペダルをより一層強く漕ぎ始める。
「駆け抜けろ、ブラックホース!!」
そして、少年は風となった。
「筒森君、クビね」
バイトには間に合いませんでしたとさ。
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