第二章 その心に響く、遊園地デート

第二章 その1

「そこに座れ」

「はい」


 ひったくり犯を撃退した勝善はヒーロースーツから制服に着替え、光や野次馬に見つからないように公園をあとにし、礼の部屋に来ていた。

 礼が言った町おこしという言葉がどういうことなのか、詳しく聞くためだ。


「さて、詳しい説明を始めようか」

「ええ。何で俺がヒーロースーツを着ることが町おこしに関わるのかさっぱり分からないですから」

「まずお前に聞きたいことがある。この町の魅力は何だ?」


 礼はいきなり、町の魅力について勝善に聞いてきた。


「えっ? 魅力? ……政令指定都市まで電車で五駅分の近さとか?」


 この町は政令指定都市から五駅分離れている。だが、それはもちろん、


「それは魅力か?」


 魅力とは言わない。


「違いますよねー。それじゃ……あっ、泉葉高校があるじゃないですか。部活動とか全国区で有名なのもありますし、偏差値の高い大学にも毎年何人か進学させてますし、何より志望者の多い学校ですから」


 泉葉高校は全国区で有名な部活動が体育会系、文科系両方にあり、偏差値の高い大学に進学する生徒もいて、志望者が多い。しかし、


「世の中に高校を町の魅力として前面に出してる所があるか?」


 礼の言う通り、町の魅力として高校を前面に出すのは微妙なところである。


「ないっすよねー。えっと、えっと…………そうだ、あれがあるじゃないですか。遊園地」


 実はこの町には遊園地がある…………あるには、あるのだが、


「ああ、あるな。町外れの山の中にあって、寂れてて、客は町の人間が大半で、他の客は物好きだけの遊園地が」


 遊園地は町外れの山の中にあって、交通の便が泉葉高校よりも悪く、客は地元の人間がほとんどである。

 ちなみに礼の言う物好きとは寂れた遊園地が好きというマニアと、かつては物珍しかった遊園地内のバンジージャンプ台目当ての客のことである。


「まぁ、そのー、おっしゃる通りで」

「もう、魅力についての引き出しはないんじゃないか?」

「……そうですね」


 そう、勝善が住むこの町の魅力はせいぜい挙げるとしたら今勝善が言ったのが全てであり、これ以上魅力は何かと答えることはできないのだ。


「つまり、この町にはこれだという魅力はない。それを頭に入れて私の話を聞け」


 そして、礼は勝善に詳しい説明を始めた。


「この町は、昨今の少子化等による人口減少でじょじょに活気をなくしてきていて、このままでは取り返しのつかないことになる。だから今の市長は町おこしに力を入れており、近々大々的なイベントも行うことになっている」


 その話は、勝善も知っていた。

 泉葉高校がその町おこしのイベントに全面協力することになっているからだ。


「で、だ。市長がそれだけ力を入れてるのだから、住民も率先して町おこしをしないかという話になってな、色々とあった結果、私も所属している町内会が住民代表として独自の町おこしをすることになり、私がその責任者になってしまったんだ」


 礼の言った、色々という言葉に勝善はかなりの重みを感じていた。

 なぜならば、礼が愚痴の一つや二つ聞いてあげたくなるくらいの憂鬱な表情をしていたからだ。


「まぁ、責任者になった以上、町おこしは真面目に取り組むつもりだ。さて、町おこしで最終的に大事なる人種は何だと思う?」

「えっ? あっ、いやー、何でしょうね?」


 勝善は礼の質問に答えることができなかった。


「教えてやろう。町おこしは言わば人集めだ。だから最終的に大事になる人種は何度も着てくれる観光客、もしくはこの町で暮らすことにした人達だ」


 町おこしの目的は、町の活気を取り戻すため人を集めること。

 だから最終的に大事になってくるのは継続的に訪れる観光客、もしくは町への永住を決意する人々になってくる。


「たしかに言われてみればその通りですね」

「理解したな。さて、最終的に大事になる人種はその二つだ。だがな、そういった人種を作るのは町おこしにおいてそんなに難しいことではない」

「えっ? そういうのって、難しいもんじゃないんですか?」

「無論、簡単ではない。しかし、きちんと考えれば答えはいずれ見つかるんだ。では、何が町おこしで一番難しいのか。それは、最初の一歩だ」

「最初の一歩?」

「お前は見知らぬ町に行きたいと思うことはあるか?」

「えっ? そんなのあるわけ……あっ」


 そう言いかけ、勝善は礼の言いたいことが分かった。


「そういうことだ。何度も着てくれる観光客、もしくはこの町で暮らすことにした人達だって、最初はこの町に初めてくる人達だ。だがな、見知らぬ町に人を来させるのは並大抵のことではない。だからこそ、あらゆる名産物や催し物を出し、人を集めるわけだが、多くの人を集めるとなるとそれは他の町にはない、ここだけの何かという珍しさが必要になってくる。しかし、それは容易に作れるものではない。そして市長はそれを大々的なイベントで作ろうとしているわけだが、まぁ、失敗するだろうな」


 見知らぬ町に人を来させる。

 それこそが町おこしで一番難しいことだ。

 継続的に訪れる観光客や町への永住を決意する人々をどう作るのかは、あとで出てくる問題なのだ。


 では、どうやって見知らぬ町に人を来させるのか。

 それは、この町にしかない珍しさだ。

 そしてそれは、礼の言う通り容易に作れるものではない。

 今の市長がやろうとしている町おこしのイベントも、町がやろうとしているイベントを知って、この町を知らない人がわざわざ来るとは、勝善自身思えなかった。


「だからこそ私は悩んだ。どうすれば見知らぬ町に人を集められるのか。悩みに悩み、私は答えを得た」

「それが、ヒーロースーツだと?」

「そうだ」


 この時、勝善は礼が考えたのが一時期流行ったご当地ヒーローの類だと考えた。 だが、一時期流行ったという言葉通り、ヒーローオタクではない勝善ですら知っているほど、ご当地ヒーローはありとあらゆる所で作られ、それはもはやその町にしかない珍しさと言えるものではなくなっていた。


「あの、大家さんが考えたのって、ご当地ヒーローですか? もしそうなら、もうあんまり珍しさはないと思うんですけど?」

「ああ、私が考えたのはご当地ヒーローの類ではない」


 だが、礼は勝善が考えたことを否定した。


「じゃあ、何なんです?」

「簡潔に言ってしまうとだな、ヒーロースーツを着てクロスAとなり、リアルな犯罪者を自警団的に取り締まってその様子をネット上に拡散。さらには雑誌や新聞、テレビでも取り上げられ、悪を懲らしめるヒーローが実際にいる町としてアピールするというものだ。というわけでお前はクロスAとなり、町おこしのため悪と戦え」

「……………………はっ?」


 呆気にとられるとはこのことか、と勝善は思った。

 礼の考えたことは滅茶苦茶であり、何よりも苦労するのは勝善自身である。

 だからこそ当然の行動として勝善は礼に反論した。


「いやいや、ダメでしょ」

「何がだ?」

「大家さん、犯罪者というのは警察が取り締まるんです。警察でない一般人が悪人を取り締まったらそれはそれで犯罪です。第一、それって一番苦労するのは俺「町おこしが成功したら報酬を出す。家賃の問題はめでたく解決だ」……いやだなー、大家さん。それを早く言ってくださいよー」


 勝善は、さっきまで自分が考えていたことをクシャッと丸めてポイッと捨てた。


「で、協力するのか、しないのか?」

「この町の未来のため、協力させていただきます!」


 勝善は、それはそれは清々しい笑顔で返事をした。

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