第76話 『原初の灯火』

 音の聞こえる方へと走って三つほど角を曲がったところにアリシアとカルディが対峙していた。 アリシアには目立った傷はなく、カルディには無数の裂傷が見られるがどれも致命傷には程遠い傷だった。


「アリシア」


 俺がそう呼ぶと身の毛がよだつほどの殺気と共にこちらに振り返った。

 その殺気は、俺個人に向けられたもので俺の後ろにいた蒼とロゼを見るとその殺気は消えていた。 


「グレン、元に戻ったのね」


 完全にこっちを向いたアリシアの後ろから、カルディが剣をアリシアに向けて振り下ろしていた。 アリシアは、カルディの剣を見ずに完璧にはじき返していた。

 それは、ほれぼれするような太刀筋で、完全に体勢を崩していた。

 返す剣で完全に崩されているカルディを一太刀で斬った。 完全に致命傷でどんなことをしても回復はしないと分かる傷だった。


「あっ、やっちゃった。 殺すつもりはなかったのに……」

 

 アリシアは倒れていくカルディを見ながらそう呟いた。

 その一言で、アリシアが何をしようとしていたかが分かった。 こいつは、俺の身体を取り戻そうとしていたというわけだ。 だから、簡単に倒せる相手であったカルディを逃がしてしまったのだ。

 失敗した、という顔をしているアリシアにため息をつきながら言った。


「魂が完全に固定しているから、その体はもう俺の身体じゃねえよ」

「ほ、ホントに?」

 

 俺がアリシアの言葉を肯定すると、わかりやすく胸をなでおろしていた。

 カルディに残された時間はあとわずかであるが、その間に一つ言っておいてならないといけない事があった。

 俺は、カルディの元に行って、しゃがんだ。


「カルディ、あとの事は任せろ。 お前の主を助けてやるよ」

「姫様、そうですか。 あとは任せましたよ」


 消えゆく声でそう言ったカルディの身体から力が抜けた。 言いたいことも言えた。 あとは、この城の主を倒すだけ。


「あとは、この城の奥にいる魔王だけね」


 俺の側に立っていたアリシアがそう言った。 あれは、「あぁ」と言って立ち上がった。

 本当ならカルディを埋めてやりたいが、それは出来ない。 

 俺は一つの魔石を袋から取り出し、思いっきりかみ砕いた。


「さぁ、行くぞ!」


 最奥の部屋を目指して再び走り出した。 まだ、歌は聞こえていた。



 最奥の部屋についた。 最奥の部屋に近づいていくにつれて歌声が大きくなって行き、頭痛も激しくなってきた。


「入るぞ」


 扉を押し開けて中に入ると、そこには玉座に座りながら歌っている九尾の妖狐がいた。 初めて見たときから変わらない容姿であった。

 その妖狐は、人形のように糸で操られながら歌っている。

 俺が嵌められたと分かったのは、この妖狐を見たからだ。 これが魔王のはずがない。 魔王に操られている傀儡であり、カルディに助けると言った相手でもある。

 この部屋に入ると、さらに頭痛がひどくなる。 後ろにいるロゼや蒼たちを見れば、痛がっている様子はない。 つまり、この歌は魔物の身である俺を強制的に従えるためのものであり、ただの人間には効力はない。

 俺とアリシアは一瞬で妖狐との距離を詰めて互いの得物で斬りかかった。 斬りかかると同時に俺とアリシアは悪寒を感じ無理矢理身体を横にひねった。

 そこから、火柱が上がった。 


「あぶねえ」


 地面に転がった俺はそう言いながら、焔魔法を使った。


「「『原初の灯火』」」


 それは、たまたまロゼと同時に発動した。 その魔法は妖狐に届きそうなところで何かにあたって消えてしまった。


反魔法結界アンチマジックかよ」


 引きつりそうになる顔をおさえながら、どう攻略するか考えていた。

 今もなお歌っている妖狐を目の前にして、考えがまとまらない。 頭痛もあるだろうが魔法の精度も悪い。

 

「そうだ」


 思わず声を出してしまうほどにいい案が出てきた。

 俺は、先ほどと変えずに愚直にも真っ直ぐ突っ込んで行く。 さっき、火柱が上がるタイミングを完璧ではないがなんとなくわかったから、火柱が上がると同時に真下に向かって『原初の灯火』を放った。

 反魔法結界と火柱が同時に発動し、『原初の灯火』が反魔法結界に当たるより早く『原初の灯火』と衝突した。 『原初の灯火』の方が火柱よりも強く火柱を押し返すが、反魔法結界にあたり霧散してしまった。

 それでも、時間を十分に稼いだことで火柱が上がる範囲から出た。

 そして、目の前には妖狐が座っている。


「セェェェァ!!」


 手に持っている短剣で妖狐を操っている糸を斬り刻み、妖狐に一撃を入れた。

 糸を切ったことにより、操られていた身体が自由になり、目の前に迫っていた短剣から本能で避けたのか、左肩口を深く抉ることとなった。

 その一撃は、どこからどう見ても致命傷になりうる傷だが、妖狐は治すことも抵抗することもなく、ただ俺の顔を見てそっと微笑んでいるだけだった。

 この身体の母親である相手に「ごめん」と呟いて心臓に短剣を突き刺そうとしてやめた。


 



 俺が妖狐にトドメを刺そうとした時、突如妖狐から腕が生えてきた。 それには、俺も気づかなかった。 

 妖狐の後ろに男が立っていた。


「桜……」


 腕を引き抜かれ、前に倒れくる妖狐はそう呟いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る