第57話 じゃあ、お前はテツだな

 勇者が召喚された、その一言でこの広間に集まった全員に激震が走った。

 俺はやっと召喚されたぐらいにしか思っていなかった。

 別に俺が感情希薄ってわけではなくて召喚をしているであろうところの魔力を視ていたけど、感じていた魔力が全く変わらなかったことと変に魔力がねじ曲げられて繋ぎ合わせられたそう感じてしまうほどに変な感覚だったからだ。


「なぁ、俺たちを勇者が召喚されたってとこに案内してくれよ」

「まだ無理だ。 まだ混乱しておられるようだからな」

「そうか、それじゃあ、アリシア行くか」


 俺はそうアリシアに向かって言った。

 アリシアはそれだけで俺が何をしようとしているか理解して俺の肩に手を乗せた。 

 俺が転移しようとしたところで『聖者』にも逆側の肩を掴まれた。


「私も連れて行ってください。 私もいた方が後々いいと思いますよ?」

「チッ、脅しかよ。 あぁ、いいぜ。 じゃあ、行くぞ」


 ここから召喚の間まであまり距離が離れていなかったため、短距離転移テレポートで召喚の間まで跳んだ。 跳ぶ間際に国王が「待てッ!」と言っていたが、俺は知らない。 俺はお前たちを地に堕とすつもりでここに来ているのだから。


「ふぅ、三人一気に跳ぶのはちょっとキツイな」

「さて、ここはどこでしょう。 見たところ王城のどこかの扉の前でしょうけど……」

「見たまんまだよ。 ここは、あいつらが言う召喚の間、いきなり中に入るのは無粋だったからな」


 フンッと鼻を鳴らして俺は扉を開けた。


 扉を開けてすぐに聞こえてきたのは、若い少年の声だった。

 中に入っていくにつれて何人かの人影がみえはじめた。 

 入ってすぐ声が聞こえた少年、他にも怯えている少女、それを安心させるように寄り添う少年、合わせて三人がいた。


「おい! ここどこだよ!? 家に返せよ!」


 あぁ、そういうことか……。 こいつらは何も知らずに召喚されて何も知らずにこの国にこの世界のために使われるのか。 なんて悲惨なことなのだろうか……。

 他人事のようにそう考えていた俺は、コツコツとわざと足音を鳴らしながら少年たちに近づいて行った。


「誰だッ!」

「やぁ、はじめまして勇者様方」

「勇者?」


 最初に叫んでいた少年が俺の足音に気付いて二人を守るように前に出てきた。

 見込みはありそうだが、こいつら平和な世界でのうのうと生きてきたんだろうな。 魔力を無駄に消費している。


「あぁ、そうだ。 お前たちは……貴族か何かか?」


 見たことのない服に見たことのない靴、三人が身につけているもの全てが珍しいものばかりだった。

 

「俺たちは……学生で、す」

「学生? 学院に通うやつか?」

「はい、そうです」


 うん、めんどくさい。 さてさて、このあなたのこと警戒してますって顔に書いてあるこの子はどうしたらいいかなぁ。

 俺は一つ魔法を発動して、少年の顔をジーっと見た。

 

「ふぅ〜ん、そっちで怯えてる女が明科友希あきしなゆきで、そっちの男が湊一郎みなといちろう、でお前が赤城哲哉あかぎてつやか。 じゃあ、お前はテツだな」

「何で俺たちの名前を!?」

「そうだな、お前たちの世界の言葉を借りるとここはファンタジーの世界だ! 魔法、剣ありとあらゆるものがこの世界にはある! その中で、君たちは勇者に選ばれたのだ!」


 柄にもないことを連ねているが、勇者に興味はない、ただ、この国が勇者を庇護しているのではなく、俺たちが庇護しているということだけが欲しい。 『獣王』がこの国を滅ぼさないって言うのなら俺も滅ぼさないから……。

 ついでに、俺が使った魔法は時魔法で、対象の過去を見ただけ、テツの過去を見たけどこれはすごいくらい頼りのない奴が勇者になったもんだ。


「一方的に俺たちだけが、名前を知っているってのも悪いだろ。 俺はグレン、あっちの赤髪の女はアリシアで、向こうの牧師はアレクサンドルス、全員お前たちを鍛えるために集まった強者だ」


 よろしくの意味を込めて握手を求める手を出したが、頭に入れる情報量が多すぎてオーバーヒートを起こしてしまっていた。

 俺が「あっ、やべ」と思った時には遅かった。 その時にはもうテツが倒れ始めていたのだから。


「テーツ−。 大丈夫かー、生きてるかー」


 俺は倒れたテツの頬を突っつきながら棒読みの言葉を投げかけた。

 すると、横から勢いよく突進されて思わずたじろいだ。


「哲哉! 大丈夫か!」

「大丈夫だよ。 お前は、一郎か」

「哲哉に何が起こったんだよ! 答えろ!」


 胸ぐらをガシッと掴まれて少しイラッとしたが、特に問題はない。


「情報量の多さに頭が追いつかなかったんだよ」


 そう言って俺は、胸ぐらを掴んでいる手に少し力を入れた。


「グッ……」


 一郎は、俺の力の強さに胸ぐらを掴んでいた手を離した。

 胸ぐらを離されると、俺は掴まれていた場所のシワを伸ばすように叩いた。

 

「俺は何にもしていない、以上だ」


 そう言って俺は床に伸びているテツを抱きかかえて召喚の間を後にした。

 俺の後ろでは、『聖者』とアリシアに連れられてもう二人の勇者がついて来た。

 召喚の間を出てすぐに王たちと出会うかと思っていたが、誰にも会うことなく俺たちは王城を後にした。

 

 

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