第54話 いや、大したことではない

 それから俺たちは、ミルドの家で一晩明かした後、俺と猫獣人の子だけで、『獣王国ゼアル』に来ていた。

 アリシアはどうしたかというと、俺が起きた時にはまだミルドの家に居たもののその後、いつの間にかギルドに行くという書き置きだけ残して消えていた。  つまり、逃げたのだ。


「あいつ、逃げやがった」


 今からアリシアを探すのは無理だ。 もし、ギルドで依頼を受けていればそちらを優先させなければならなくなり、獣王に会うことが出来なくなる。

 つまり、アリシアはこれを知っていた上でギルドに行ったということになる。


「ど、どうしたのですか? そんなに気を荒立てて……」


 そう言ってきたのは、ミオ(昨日あの後名前を聞いた)だった。

 

「いや、大したことではない」


 ミオは慣れない食事に四苦八苦しながら食べていた。

 ミオがなぜ四苦八苦しているかは、ただ生まれた時から奴隷だったからとしか言い切れない。

 ミオは生まれながらに奴隷で母と兄がいたそうだ。

 兄はまだ、生きてはいるものの母は三年前に亡くなったそうだ。 兄の名はアルカ、女みたいな名前だと思ったが口には出さなかった。

 三年前、これはかなり大きな意味を持っている。  それは、『獣王国ゼアル』が始めて他国と戦争した年でありとあるふざけた国が最終手段として奴隷である獣人を戦争に大量投入してきた年でもある。 つまり、あの戦争にいたのだ、ミオの母親が……。

 そもそも、あの戦争は『獣王国ゼアル』にふざけた国が「獣人が治める国があってたまるか!」とありえない理由で攻め込んできたことから始まったものだ。

 その時にはもう奴隷なんて居なかったはずなのにその国は大量に奴隷がいた。

 そして、その奴隷の半数は戦争で戦死した。

 残りの半数は白金プラチナ『聖者』によって奴隷から解放された。


「あ、あ〜ぁ、もし、『獣王』に協力が仰げたらお前の兄貴もどうにかしてやる」

「うん! お兄ちゃんも喜んでくれる!」


 本当は別のことが言いたかった。 「もしかしたら、お前の母親は生きているかもしれない」と言いたかったが、俺にはこの子を絶望させたくなかった。

 それに、何故『獣王国』に負けた国は属国でも何でもない。 まだ、普通の国として存続している。


 ーー俺たちのせいで……。


 戦争が終結した時、『獣王国』で勝ったことに喜ぶ者は一人もいなかった。 当たり前だ、友であるべき、隣人であるべき獣人を殺したのだから……。 

 そして、その国は存続しているのだから、喜ぶ者はいるはずがなかった。


♦︎


 俺とミオの二人は『獣王国』の王城前にに来ていた。

 ただ、王城の前に来ても行きたくないと思ってしまう。 それは、戦争の件と『獣王』の性格上の問題だ。

 そもそも、アリシアは戦争については知らないらしいから、単純に『獣王』が嫌いなだけである。


「さて、『獣王』には確実に会えるが、問題は会った後なんだよなぁ」

「どうしたんですか? グレン様」

「結局、様付けにしたんだ」


 ミオには好きなように呼べと言ったら、このような呼び方になった。


「む? グレン様ですか?! 『獣王』様に御用でしょうか?!」

「あぁ、その通りだから通してくれ」

「はっ!」


 そう言って犬の姿をした獣人は「開門! 開門!」と叫んでいた。

 門が開ききり俺たちは城の中へと入っていった。

 ここは、三十年前まで、とある国の王城だった。

 それを、『獣王』の居城としているのだが、あれはこういった上品なものがあう存在じゃないから初めの方は、何度もこの城を壊そうとしていた。

 その度に俺とアリシアが呼ばれて『獣王』を止めていたのだが、最終的には、この城に慣れて(他の城に行った時は必ず脱走する)どうにかなった。 


「ここが、執務室だ」


 ミナにそう聞かせてノックをした。


「俺だ。 入るぞ」


 そう言って俺は、扉から距離を取った。 もちろん、ミナは俺の後ろまで下げているから飛び火することはないだろうけど……。

 俺は手のひらに防衛手段として魔力を集め出したところで、ドゴォン! と、執務室の壁と扉が吹き飛んだ。


「どこにいる! 俺と戦ってくれ!」


 

 そう叫びながら、吹き飛ばしたところから出てきた。 これが、俺とアリシアが行きたくなかった本当の理由、『獣王』は戦闘狂であるということ……。

 そして、『獣王』は、男の獅子獣人で、たてがみが立派な変人だ。


「やめろ、今お前と戦うことはできねえ」


 俺のことを確認すると同時に俺が魔力を貯めているのに気づくとコクコクと頷いた。

 ついでに、立派なたてがみがショボンとしぼんでいたことから、俺と戦えないことを残念に思っているみたいだ。

 

「グレンさん、その子誰ですか?」

「こいつは、ミオ。 あの国で奴隷だった……」


 俺の後ろにいるミオに気づき俺に誰かと聞いてきたまではよかった。 俺が『あの国』と『奴隷』という単語を聞いて一瞬で怒気が周りに溢れ出るほどに怒り出したことがわかる。

 これは、俺も『獣王』と同じ心境だ。 俺と『獣王』の繋がりを知っていれば誰でもわかることなのだが……。


「あの国を潰します」


 たんたんと決まったことをそう呟くのだった。

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