第53話 『獣王』に会いたくないだけ
俺とアリシアは暗殺者を連れてミルドの家にいた。
「なぁ、なんで俺の家なんだ?」
「暴れられても対処しやすいからかな」
「いや、暴れられないようにしろよ!?」
目が覚めたら絶対に暴れるってわかってて言ってんなこいつ。 それよりも、この暗殺者が言ってた『死にたくないので死んでください』ってどういうことだ?
暗殺家業で失敗すれば新たな暗殺者が送られて失敗した暗殺者はしばらく消えるって聞いたけどこいつはほかの何かなのか?」
「グレン、顔を見てみたら? そんなに正体が気になるなら」
「そうだな……」
この暗殺者はフードとマスクをつけていてよく顔がわからない。
というわけで、フードとマスクを取らせてもらおうか。
「ご開帳〜」
フードとマスクの下から現れたの人の姿をした猫だった。 いや、それは違ったな。 人の血が濃く出てきている猫獣人だ。
本来、獣人は獣が二足歩行して意思疎通が可能の存在のことを指している。
この子のような、人に近い獣人は、人からも獣人からも疎まれ疎外され、奴隷になるしかない存在だった。 三十年前までは……。
三十年前に奴隷上がりの
白金ランクの獣人が、国を興した程度だと奴隷制度が撤廃される理由にはならないと思うかもしれないが、白金ランクの冒険者は、一人だけで国と争うことが可能なほど強いのだ、だから、『獣王』と争うことをしないために奴隷制度を撤廃したのだ。
「う〜ん、これはもしかして、俺たちと『獣王』で争って欲しかったのか? いやいや、あれは面倒なだけだけどな……」
そう言いながらも俺は、奴隷と示す奴隷紋を探し始めた。
奴隷紋が見つからなければ、俺に関わる記憶を全て消して『獣王』のところに投げ捨ててくるが、もし奴隷紋があれば、国際問題になるからどちらにせよ『獣王』のところに行くのだけれども……。
「おっ、あったあった」
首筋に繊細な魔術陣があった。 これが、奴隷紋になる。
「「奴隷か〜」」
「奴隷だからなんだ?」
「『獣王』に会いたくないだけ」
ミルドは獣王ってどんなやつだよ、と呟いていたが、俺は会えばわかるとしか言えない。
「まぁ、奴隷なら奴隷紋を消せばすぐに済む」
そう言って俺は、奴隷紋の魔術陣を読み解いていった。
繊細に作られてはいるが、正直に言うなら欠陥だらけ、魔術をやっと使えるようになってきた俺が見ても欠陥だなとすぐにわかるぐらいに繊細かつ乱雑に組まれた魔術陣だとわかる。
「消すのは本当に簡単だな」
身体と精神的なダメージを残さないようにかつすばやく必要な箇所だけを消して俺はミルドとアリシアの方を向いた。
「奴隷解放出来たよ。 身体の中にトラップがあったとしても反応しないように出来たからもう大丈夫のはずだ」
「そ、そう。 良かった」
アリシアがそう言ったが、俺は伝えることだけ伝えるともう一度暗殺者の方に向き直り、頬をペチペチ叩いた。
「う、うぅ〜ん、んっ」
ペチペチしていると目が覚めたようだ。
「おはよーーッ!! だー! 待て待て! もうお前は主人の命令に従う必要がないんだ!」
パチっと目を開いて俺と目が合うと短剣を取り出そうと暴れ出した。 縛り付けてあるから暴れるだけなんだけど、もし何もしてなかったら短剣で俺を殺そうとしてるよな? 絶対。
「どういうこと?」
「どうもこうもない。 白金が本気出した以上!」
これで伝わるはず、白金の異常性は理解されているはずだから。
「意味がわからない。 私は一生奴隷なのよ?! そう言われた! 一生! 死ぬまで!」
「そう言うなら、試してみろよ。 お前が奴隷じゃないかどうかをよ?」
「試さなくてもわかってる!」
「いいから試してみろ。 それで、失敗してたら俺の命持ってけ。 そこまでの覚悟は出来たんだよ」
暗殺者の手前そう言ったが、死ぬ覚悟なんて全然出来てません。 死にたくないです。 でも、奴隷ではなくなっているのは確実ということだけは言えます。
「いいわ。 そこまで言うなら、私はあんたを殺すのをやめるわ。 え?」
暗殺者、改め、猫は自分の首筋にあった奴隷紋の効果が発動しないと分かると自分の首筋を触り始めた。
そして、ないと分かると嗚咽をこぼし始めた。
「言ったろ? お前はもう奴隷じゃないって、もうやりたくないことをやらなくていいって」
そう優しく聞かせた。
さて、この後のことを考えるだけで胃が痛くなるけど、やらないといけないからな〜。 絶対に会いたくない『獣王』にも会わないといけないし、あいつに会いに行ってロクなことにならなかったことを思い出すだけで行く気が失せてしまう。
「ミルド、代わりに行ってくれ」
「ヤダ。 お前が拾ったんだ。 責任持ってお相手さんに返してこい」
「えぇ、あいつに会いたくないー」
駄々をこねる子供のようにみっともなくそう騒いでやった。
最終的には、黙って見ていたアリシアにキレられて渋々俺とアリシアの二人と猫で『獣王』の元に訪れることとなった。
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