第三話 酒場
コロンは大通りをしばらく進んで一軒の店の前で止まった。ここだよと言わんばかりに飛び跳ねている。とにかく腹が減ったので、早速入ってみた。
「うわ! 酒臭い!」
鼻をつくアルコール臭にたじろいだ。店の中は片側にカウンター席、反対側に丸いテーブル席があり、ほぼ埋まっている。昼間から酒を飲むなんて、のんきな奴らだと思った。
「ここは酒場じゃないか! 食堂はないのか?」
「ボクは食べないのであまり知らないんだ。でもここは評判がいいし、食べ物だってあるはずだよ」
コロンは申し訳なさそうに言った。
空いていたカウンター席に座った。カウンターの奥の棚には酒の入った瓶が所狭しと並べられている。眼の前ではイカツイ体格のスキンヘッドのバーテンダーが忙しそうに何やら作っている。全盛期の筋肉系ハリウッド俳優のようだ。
テーブル席の方では、ほとんどの客が酒を飲んでいる。その姿は実に紳士的、優雅とさえ言える。酔いつぶれてるやつなんて・・・と、一番奥のテーブルにひとり突っ伏している女が目に入る。空になった酒瓶が散乱している。相当な量を飲んでいるようだ。なんかブツブツ言っている。触らぬ神に祟りなし。無視しておこう。
「戦いに備えて力を付けたいので、焼肉定食をお願いします」
そう言うと、さっき戻ってきたばかりの財布から千円札を出してカウンターに置いた。
それをチラリと見るや、バーテンダーはにっこり笑うと、そのイカツイ風貌に似合わぬ丁寧な口調で言った。
「そのような紙切れはここでは使えませんよ。ゴルドという金貨のみです。それから肉類は扱っておりません」
そうだった、ここは日本ではないのだ。これからどうやって生きていけばいいのだろうか、不安になった。
ふと、その時、背後に気配を感じた。振り返ると、さっきの飲んだくれ女が立っていた。
歳は俺と同じくらい、白いドレス風の服を着ている。髪は金髪でロング。実に美しい。全盛期の清純派アイドルのようだ。
「お金がないのなら私が出すわよ」
さっきまでの飲んだくれから一変して凛とした表情で言った。
「それはありがたい! ほんと助かるけど、本当にいいのか?」
隣でコロンがまずいよ、というシグナルを出している。関わるなということらしい。
「その代わり、私もパーティに加えて欲しいの。私も戦いに参加したい」
「ここの連中は戦いが嫌いだと聞いたけど?」
「私の名前はエリス、戦いの神。戦いのエネルギーを糧に生きているの。ここに来て以来、ずっと空腹なのよ」
なるほど、ここではエネルギーを得られないので、ふてくされていたワケか。
「この人には関わらないほうがいいよ、あちこちで問題を起こしているみたいだし」
「もう! うるさいな、スライムのくせに!」
戦いの神だけに気が強いみたいだ、でも、そのくらいの方が頼りがいがある。
「いいけど、何か役に立つのか? 相手はドラゴンだぞ?」
「私を誰だと思っているの! 女神様よ!」
意味不明だが、一人でも多い方がいいだろう。雑用にでも使ってやろう、パーティに女っ気がないのも寂しいし。
「分かった。一緒にドラゴンを倒そう!」
「それならこれを持って行きなさい」
突然、さっきのバーテンダーがカウンター裏からロングソードを持って来た。
「これは以前、ある冒険者が置いていったものです。唯一ドラゴンを倒せるという伝説の剣、ドラゴンスレイヤーです。苦労して手に入れたけど、ドラゴンの最強伝説をここで知って、怖気付いて逃げてしまったのです」
「ありがとう! これがあれば、なんとかなりそうだ」
とは言ったものの、敵に遭遇しないこの世界で、どうやってレベルを上げたらいいのだろう。でも、神様は修行と言っていたし、これも試練なのかもしれない。なるようになれだ。
「それと、移動手段も必要だな。ドラゴンがいるダンジョンまでは砂漠らしいし」
「それなら私が馬車を出しましょう。私は女神なのよ、お安い御用だわ」
早く食事にありつきたいらしい。この際、女神でも使えってことだな。伝説の剣は手に入ったし、頼りないけど仲間は増えたし、早めに出発だ。
「食事をして準備ができ次第出発しよう」
「分かったわ、馬車は町外れに用意しておくわ。酒と食料も調達しておくわよ」
「飲むのか? 遊びじゃないんだぞ・・・まあいいか、水も頼むぞ」
コロンが心配そうだ。シュンとして小さく見える。意気揚々とエリスは出ていった。
俺は肉は諦めて野菜を煮込んだスープとライ麦パンを頼んで食べた。
スープはソーセージの入っていないポトフのような感じだった。なんとなく元気になってきた。肉ばかりの食生活だったので新鮮な味だ。
食生活を変えるのもいいかもと思った。
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