第二話 異世界

 気がつくと、俺は中世を思わせる町の大通りに立っていた。


 せり出した露天商の店を縫うように人が行き来している。顔立ちは至って普通。しかし、着ているものは、いかにも中世風。いわゆる典型的な古典RPGの町の人々という感じだ。


 スーツ姿の俺を見ても特に気にするでもなく、いつもどおりを演じているかのようだ。


 神様が修行と言っていたことを思い出す。きっと何食わぬ顔して突然襲ってきたり、親切そうに近づいてきて騙すに違いない。おれは身構えた。ゲームだと思えばいい。強くなって、敵を倒して、この世界で手柄を立てればいいのだ。


「こんにちは」


「いい天気ですね」


 自然な挨拶。目が合うとにっこり微笑んだり、軽く会釈したり実に感じが良い。俺は感覚を研ぎ澄まし、眼を血走らせ、悪いやつとの会敵に備えた。これは修行なのだ、ゲームなのだと。


 しかし、いつまで経っても何も起こらない。感じの良い人々が行き交うだけだ。

 仕方ないので、とりあえず町を調査してみることにした。RPGの基本はマッピングだからだ。


 まず目に付くのは大通りの終着点にある大きなお城、いかにも王様が住んでいるっていう感じ。町は城下町のように碁盤の目のように整備され、大通りが城に向かって伸びている。それを繋ぐように路地が張り巡らされている。とても美しい町並みだ。


 しばらく歩き回って気がついた。ゲームなら必ずあるはずの武器屋とか防具屋がないのだ。その他、普通に暮らしていくのに必要だと思われる店はひと通り揃っているようだ。


 歩き回ってのどが渇いてきた。どこかで飲み物を買おう。俺はスボンのポケットを探った。


「あれ! 無いぞ! さっき定食屋で使ったはずなのに!」


 思わず叫んでしまった。歩き回っている間に落としたに違いない。俺はいま来た道を戻ってみた。しかし、どこにも落ちていない。


 ふと、後ろを付いてくる気配を感じた。尾行されているのか? いよいよ来たか、敵が、と思った。俺は走った。何もスキルは無いし、レベルはいくつだか分からないけどきっと1だろう。いまは危険だ。


 俺は滅茶苦茶に走り回った。しかし、気配は消えない。狭い路地に入った。後ろからボンボンという音が聞こえる。ボールが跳ねるような音だ。


「ちょっと待ってー!」


 声の方向に振り返った。


「ス、スライム!」


 大きさはバスケットボールくらい、半透明で青い。体の中を何かが対流しているのか、変形しながらゆっくりと動いている。RPG定番のモンスターだ。とうとう来たなと思った。俺は身構えた。武器はないけど。


「ちょ、待って! これ落としましたよ」


 スライムはそう言うと、俺の財布を差し出した。体の一部が伸びて手のようなものになっている。罠ではなさそうだ。


「ありがとう」


「どういたしまして。ボクの名前はコロンです。よろしくね」


「俺は山崎ワタル。今日ここに来たばかりなんだ」


 スライムの表情は見て取れないが、悪い感じはしない。少なくとも敵ではなさそうだ。とりあえず、この世界について訊いてみることにした。


「ここはなんて町? 町の外はどうなっている?」


「この町はライカンというんだ。周りは砂漠だよ」


「おまえみたいなモンスターがいるってことは、やはり勇者とかいて、討伐とか狩りが行われているのか?」


 コロンは不思議そうな顔をした、ような気がした。表情はないのになんとなく伝わってくる。


「この世界は平和そのもの。争い事なんてないし。モンスターはいるけどいいやつばかりだよ」


「それじゃ、バトルしてレベルを上げて魔王を倒して、とかはないのか?」


「魔王って? 砂漠のダンジョンに住むドラゴンのことかな・・・」


「それだ! きっとそのドラゴン討伐が、この世界での修行に違いない」


 俺はやはりという感じでニヤリとした。忘れかけていたゲーマー魂に火が付いた。


「コロン、仲間になってくれないか? 一緒に討伐に行こう」


 なんとも頼りないが、道案内くらいはできるだろう。


「別にいいけど、ボクは争いごとは苦手なんだ。あまり役には立たないと思うよ」


「決まりだな。よろしく頼むぞ」


 俺はホッとした。まだ何もわからないけど、目標ができたことで安心した。と同時に無性に腹が減ってきた。さっき食べたばかりなのに。異世界に来て体がリセットされたのだろうか。


「まずは腹ごしらえだ、どこか食堂に案内してくれ。ごちそうするぞ!」


「ボクの体は食べる必要はないんだ、魔素を取り込んでエネルギーに変えているから・・・まあいいか。じゃあ、付いてきて」


 コロンはピョンピョンと跳ねるように大通りに出ていった。

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