第四話 襲撃

 雪は三日三晩降り続いた。凍てつく寒さは屋敷の内部までも侵し始め、僕は屋内でも一日中外套を着て過ごすこととなった。屋敷の電気も絶えており、暖房設備が動かせなかったのだ。ちなみに着ている外套は、メイがスーパーまで着て行ったものだ。メイに寒さは感じられないのだから問題あるまい。そう思ったのだが、メイはご立腹のようだった。かなりお気に入りだったらしい。


「うわぁ、これが雪化粧……」


 そんなわけでついさっきまで機嫌損ねていたメイだが、雪が止んで久方ぶりに外出するやいなや、ボールを追いかける子犬のようにきゃんきゃん燥ぎ始めた。


「すごーーい!」


 僕が長靴を履いている間に、メイは雪に向かって駆け出した。


「こけるぞ」


 そう忠告して一秒も経たない内に、


――ズデーン!


 メイは盛大に雪に突っ込んだ。予想を裏切らない奴だ。体全体が雪に埋もれている。


「遊ぶために出たんじゃない」


 むくりと体を起こしたメイが、何事もなかったかのように僕の隣に向かって歩き出す。だが雪は深く積もっており、なかなかこちらまで辿り着かない。弱い雪だったとはいえ三日も降り続いたのだ。道を歩くのは大変だろうと、これから訪れる苦労を憂いた。


「分かってますよ。お買い物ですよね」


 ようやく隣まで来たメイ。両手に雪玉を持っていた。


「それは置いてけ」

「いくらご主人の命でもお受けしかねます」


 雪玉を後ろ手に隠す。


「……勝手にしろ」


 長々と話していても埒が明かない。一刻も早く動きた出したかった僕は、もう気にしないことにした。雪が止んだとはいえ雲の切れ間は僅かしかなく、太陽の温もりは地上に届いていない。少しでも動いていなければ、風の冷たさで凍結してしまいそうなくらい気温は下がっていた。


「ところでご主人」


 まだ屋敷の門を潜ってすらいないというのに、メイが何か喋り出す。


「くだらないことなら口を噤んでくれ」

「えーと……どうでしょうか。これはくだらないのか、なくないのか……」


 メイは「うーーん……」と唸りを上げながら悩み始めた。どうしても何か音を出さずにはいられないらしい。


「もう何でもいいから言ってくれ」

「そうですか、それでは――」メイがすっと腕を伸ばして前方の雑木林を指し示す。「向こうから何かが近づいてきてます」

「何だって?」


 メイの指す方角に感覚を欹てる。しかし僕では何も分からなかった。


「向こうから音がするんですよ。たぶんロボットか何かが動く、そんな機械的な音です」


 メイの聴覚は人より遥かに優れている。集音性と指向性を兼ね備えたマイクが埋め込まれているのだ。信頼性は高い。


「どんなロボットだ」


 嫌な予感がした。学校に行くふりをして町を探索した三日間、スーパーで接客をしているような、位置が固定されたロボットの存在は幾つか確認できた。しかし外を闊歩するロボットなど一度も見ていない。そもそも人が消える以前から外を動き回る類のロボットは珍しい。しかも今は雪が深く降り積もっている。雪上を難無く動くことができるロボットが、林の向こうにいるということだ。そんな芸当ができるロボット、思い当たるとすればただ一つだった。


「ええと……かなり大きい感じです。木をなぎ倒しながらこっちに来てるみたいですよ。すごいパワーですね」


 メイの情報により推測は確信に変わった。近づいてきているロボット。その正体は間違いなく――


「……玄武」

「え、〝ゲンブ〟ってなんですか?」

「軍事用ロボットの一つだ」


 玄武は完全自立式の無人兵器であり、甲羅のような見た目の頑丈な装甲と、蛇が巻き付くかのように全方位に備わった自動小銃やら砲搭やらが特徴だ。


「軍事用ロボット……なんだか痺れる響きです」


 メイは瞳を輝かせていた。緊迫感がまるでない。


「ともかく危険だ。一旦屋敷に戻ってやり過ごそう」


 僕はメイの手を引いて走り出す。人を見たら攻撃し始めるなんて野蛮なロボットではないはずだが、念のため隠れておくに越したことはない。


「は、はい。でもなんで軍事用ロボットなんかがいるんでしょうか?」


 それは僕にだって分からない。玄武は完全自立式、人が搭乗しなくとも動くことは可能だ。しかしその起動は人の手によらねばならない。人が消える際に稼働中だった機体が、何かの拍子で基地を抜け出した? 確かに数十キロ先の市に軍事施設は存在している。ありえなくはないだろう。しかし考えにくいことだ。


「ご主人、ロボットの動きが早くなっている気がします」

「なに?」


 僕たちが隠れようとしたタイミング。とても偶然とは思えない。


 もしかしたら玄武は僕を殺そうとしているのではないだろうか。そもそも人が消えたのはどこかの機械知性の反乱によるもので、人工衛星か何かで僕という死にぞこないの存在に気付いたその機械知性が、人類の完全掃蕩のため玄武を寄越したのかもしれない。


 それはさすがに妄想が過ぎる。だが否定しきれないのもまた事実だ。


 ともかく、もし玄武が僕を殺すという使命を持って動いているならば、屋敷に入ったとしても壁ごと吹き飛ばされるだけだ。どうすれば――


「ご、ご主人、なんかすごいヤバそうな音がしてます!」


 慌てたメイの声が思考を妨げた。珍しくその表情に笑顔がない。


「ヤバいなんて抽象的な言葉じゃ分からな――」


――ドゴーン!


 轟音が鳴り響いたかと思うと、次の瞬間に天地がひっくり返る。僕の体が宙を舞っていたのだ。


 激しい耳鳴りがする。視界は真っ白で何も見えない。そんな混乱の中、メイの叫び声が幽かに耳の奥で響いていた。

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