第二話 ワールド・アローン

 人が消えて四日目。テレビの電源は着くが何も映し出されない。メイが「故障ですかね?」と言いながらリモコンを弄る。僕は朝食のパンを齧りながらその様子を眺めていた。昨日も同じ行動をとっていたことには触れない。こいつの記憶容量は一体何ビットなのやらと考えながら、いつもより早く食事を終えた。


「あれ、もうごちそうさまですか?」

「少なかったからな」

「すみません……なぜか食料が少なくなっていて……。お買い物は執事さんがしてくれているはずなんですけど」

「……」


 もう何も言うまい。いたずらに舌が乾くだけだ。


「別に構わない。それより学校の支度だ」


 この三日間、人の話を聞かない駄メイドに学校に行くことを強いられていた。初めは抵抗していたが、むしろ素直に従っていた方が早いと気付いた。だから今日も自ら学校に行こうという意思を示したのだがどうもメイの様子がおかしい。首を傾げてキョトンとしている。


「ご主人、今日はお休みの日ですよ」


 すっかり曜日の感覚がなくなっていたようだ。


「まだ寝ぼけてるんじゃないですか?」


 にやにやと笑うメイを無視して自室に向かう。


「あ、ちょっと待ってくださいよ」

「今日は用事がある。外出するが気にするな」

「そんな勝手に――」


 引き留められる前にドアを閉める。さっさと階段を上って部屋に入り、適当な服に着替えた。それからメイが余計なことをする前にと急いで階下へ降りたのだが、一足遅かった。


「……何をしてる」


 ドアの前に厚手の外套を纏ったメイがいた。


「私も行きます!」

「ステイ」

「それはどういう意味で?」


 犬ほどの従順さも持ち合わせないメイを止める術はない。


「……付いてくるのは構わないが、なんだそのコート。意味ないだろ」

「おしゃれですよ、お・しゃ・れ♪」


 確かに瀟洒な身なりにはなっている。しかし、


「お前には似合わない」

「ええ、酷いですー」


 町には相変わらず人がいない。さすがのメイも違和感を感じるらしく、先程から「あまりの寒さで引き籠っているのでしょうか?」や、「人って冬眠できましたっけ?」などと言っている。「落ち着きを持て」と婉曲的に言っても、「黙れ」と直接的に言っても聞く耳を持たないメイだ。僕は黙々とがらんどうの通りを突き進んだ。


 やがてスーパーに辿り着く。僕が入っていくと、メイが口元に両手を当て驚きの声を上げた。


「もしかして食料が不足していると言ったから……? いいんですよご主人は気にしなくて」

「そういうわけにもいかない。生きるためにはな」


 こんな僕に生きる意義があるのか分からない。だが生きる意義を分からないままで死んでいくのには抵抗がある。だから今は、生き残るために動く。


『いらっしゃいませ』


 自動ドアが開くと雑味の無い合成音声が響いた。簡易的な接客ロボットだ。


「あ、どうもご丁寧に」


 メイがわざわざお辞儀をしている。


「置いてくぞ」

「あ、待ってくださいよ~」


 ぱたぱた動きにくそうに走ってくる。外套が邪魔になっているらしい。


「なんでわざわざ挨拶なんてする。あれはノン゠インテリジェンスだ」


 ノン゠インテリジェンスとは、簡単に言えば機械学習とかそういった類の学習による発展性を持たない、ただ人間が書いたコードに沿って動く機械を指す。横文字が好きな誰かが作り出した言葉だ。


「そう言われても、私には区別がつかないですから」

「ああ、そうか……」


 メイには心の有無が判断できない。つまりはその機械に人工知能が備わっているかを看破できないのだ。うっかり失念していた。


「まあそれを差し引いても、さっきの行動は異常だが」

「相変わらず辛辣です……」


 しょんぼりした声を出すメイをよそに、日持ちしそうな食料を漁って回る。


「そういえばご主人、こんなに買うほどお金持ってましたか?」

「そもそも財布を持ってきてない」

「それって犯罪じゃないですか⁉」

「四日前ならな。だが今はいいんだ。法律が変わった」

「ほ、法律が? そんな話聞いてな――」

「屋敷のテレビは壊れてるだろ。だから最新の情報が得られてないんだろう」

「あ、そっか」


 やはり阿呆だ。


「お前も手伝ってくれ。向こうから飲料を――」


――ドゴーン!


 突如、地を揺るがすような轟音が鳴り響く。その一瞬後、スーパー内の照明が落ちた。


「停電ですかね?」


 いずれ電気の供給が絶たれると思ってはいたが想定より早い。あの爆発音が何か関係しているのだろうか。疑問が次々と湧出したが、何よりまず確認しなければならないことがあった。


 メイの稼働可能時間である。


「メイ、お前の充電はあとどれくらい持つ?」

「四日くらいは持ちます。それまでには復旧すると思いますし、心配いりませんよ」


 楽観的に笑うメイ。その笑顔が僕の胸に小さな波紋を生む。経験したことの無い奇妙かつ嫌な感覚だった。


「あ、見てくださいよご主人、雪が降ってきましたよ」


 考え込む僕をよそに、メイは窓の方へと走り出す。その姿を目で追うと、確かに窓の外で揺れる雪が見えた。灰色の空はどこまでも広がっていて、長引きそうだと推測された。

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