第一章 第一節
水と霊とによって生まれぬ人は、天の国には入れない──ヨハネによる福音書 3章5節
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1427年 ある晴れた秋の夕刻
シャルロット・ソフィアは家の手伝いで川に水汲みに来ていた。彼女の住むセーヌ川の下流にはジュミエージュ修道院という壮麗な建物があった。シャルロットはこの冬6歳になるのだが──幼いながら自分はいつも目にするこの美しい修道院にスールとして入り、カトリックの誓いを守って清貧・従順・貞潔に暮らすのだと固く決心していた。
川面に映る自分の顔を汲み上げながら、彼女は父と母に自身の決意をいつ話そうかと思案した。父も母も女であり子供でもある自分を農家の働き手として考えている…その考えに背いて修道女として神に仕えることを許してくれるだろうか?
冬の訪れを予感させる木枯らしが川岸から吹き荒び、帰り道の丘に凛と立つ一本のマロニエを揺らす。シャルロットはこのマロニエ
越しの修道院がとても好きで、その景色を見るだけで風に奪われた熱が再び自分の芯に灯るのを感じ、水の溜まった桶を置いて少し離れたマロニエに走り寄る。
「…細い布?」
彼女はマロニエの幹の樹皮の一部に細長い布が靡くのを見つけた。間近まで来て布を見上げる。
しかし彼女は気づかなかった──樹上より音もなく彼女の背後に異形の者が降り立って、包帯に巻かれたやけに細長い腕から鋭利な爪を彼女の背に突き立てようとしていることを……
「あっ…」
短い声と左胸を貫くナニカ。シャルロットは自身に起こったことが何であるかを理解する前に静かに息を引き取った。
◇◇◇◇◇
絶命したシャルロットを串刺したまま異形の者はセーヌの辺りへとやって来た。
「あらあらぁ〜、遅かったじゃないかぁ」
空が夕闇に染まる…その得も言われぬ茜と藍のグラデーションを吸ったような髪色の少年が屈託のない笑顔で異形の者に話しかける。
「……」
異形の者は返事をせず、川にシャルロットの亡骸を浸して、指を大きく振ることで濯いだ。
「わははぁ〜、洗礼ってヤツだねぇ」
ある程度血抜きを終えると異形の者は亡骸を川から揚げ、少年の前に放り投げる。
「こらこらぁ〜!『丁寧に扱いなさい』っていつも言うのにさぁ…」
愚痴を漏らしながら少年が仰向けになって胸を反ったシャルロットの亡骸に手をかざす。少年の左手から青黒く、右手から赤黒く蠢くナニカがシャルロットに注がれていく──3秒ほど後、亡骸がドクンと跳ねる。
「さてさてぇ〜、どんな風に仕上げちゃおっかなぁ」
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