第43話 王女の意地

 




「そ……そんな……アガルタ最強の部隊が……私の親衛隊が手も足も出ないなんて……」


「そうだな。手も足も失って出せないみたいだな」


 俺は20mほど先で手にライフルを持ち、顔を青ざめさせ立ちすくむ王女にそう言った。


「どうやら私たちはセカイとカレンの実力を見誤っていたようね…… Eアーマーをあっさりと切り裂く剣に、エーテル保有量の差を埋めるほどの魔結晶……これほどの物をいったいどこで……」


「お前つくづく馬鹿だな? エルフはエーテル保有量の多さで戦士の能力を評価してるって聞いたけど、まさかここまでとはな。一つ教えておいてやるよ。確かに俺が飛べるのも生身でお前らと戦えるのも魔結晶の能力だ。だがその魔結晶は魔物を倒してその体内から奪ったものなんだよ」


 俺は未だに武器や魔結晶があるから負けたと言わんばかりの王女に呆れていた。


 これはエーテル保有量こそ強さの証と考えて、隠すことなく常に全力オープンしているエルフ文化の弊害だな。自尊心の高いエルフらしいっちゃらしいが、ダグル石と似た能力を持つ魔結晶をなぜ俺たちが大量に持ってるのかということに考えが及んでいない。ここまで視野が狭くなるとはな。


「魔物? お伽話に出てくるあの鬼やドラゴンのような? 」


「そうだ。俺のいた異世界にはお前と同じエルフ種やドワーフに獣人たちがいて、彼らは魔物の侵略に遭っていた。その魔物はダグルと同じエーテル体で宇宙からやってきた異星人だ。俺はそいつらと7年もの間戦い続けた」


「なっ!? 貴方は異世界からの帰還者だというの!? 一度行ったら戻ってくることなど不可能なあの!? それにエルフがいたですって!? まさかその子は……」


「そうだよ。お前らなんかより何倍も優秀な種族である異世界のハーフエルフだ」


「あ、あり得ないわ! 異世界に同族がいることも、そこから戻ってこれたことも! そ、そんなことが信じられるわけが……そんなはずが……だいたいダグルと同じエーテル体と戦い続けていたなら、そのエーテル保有量はおかしいわ。二人とも1万Eしか……え? 二人とも? 」


「俺とカレンが1万エーテルピッタリだって今頃気付いたのかよ。エーテル保有量至上主義にしちゃ鈍すぎじゃねえの? まあ見下してたみたいだしな。その驕り昂り鈍ったお前の頭じゃ思考がいかなかったか」


 俺はやっとカレンと遊びで同じエーテル量にしたことに気付いた王女を小馬鹿にした。


 そんなことに気付かないほど、俺たちを格下と侮ってたんだろうな。馬鹿が。


「くっ……まさかエーテルを隠蔽してたなんて……もしかしてエーテルレーダーが反応しなかったのは……」


「そんなのエーテルを完全に隠蔽したからに決まってんだろ? 俺たちは魔物を少数で奇襲して戦ってたからな」


「そんな……完全に隠蔽できるなんて暗殺者でも……そ、それじゃあ本当のエーテル保有量は……」


「お前らより遥かに高いに決まってんだろ? でなきゃ強力な特殊能力を持つ魔物を倒せるわけねーだろーが。ほれっ! ご自慢のセンサーで見てみろよ」


 俺は抑えていたエーテルを開放し、王女にセンサーで測定するように促した。


 すると王女は外していたバイザーを被り、操作をしているのか視線を左右に動かしてから俺に視点を戻した。


「え? な、なに? さ、再起動……うそ……さ、38万E? そんな……レベル10……」


「接触式のやつだともっと多いけどな。カレンも見せてやれ」


「ん……」


「に、21万E!? レベル9……」


「誰を侮辱して、誰に戦いを挑んだのかこれでわかったか? 」


「あ……ああ……そんな……そんな……」


「滑稽だな。たかだか数字でそこまで怯えるなんてな。あんた戦士に向いてねーよ。はぁ……なんだかお仕置きする気が失せたわ。見逃してやるから今後は戦場に立とうなんて思わず、王女らしく王宮で綺麗なドレス着て優雅にお茶でも飲んでろよ。その方が早死にしなくて済む」


 ったく、リーゼリットに似た顔で怯えるなよな。なんだか可哀想になってきて戦う気が失せた。


 なんか宇宙艦隊っぽいのがもうそこまで来てるしな。邪魔される前に早いところ下の奴らをやらなきゃなんないし、まあいっか。


 俺はだいぶ近くに来たエイみたいな形の宇宙船と、20隻はありそうな潜水艦みたいな宇宙船を千里眼で見ながら王女と戦うことをやめることにした。


「ほら、何してんだ早く行け。あんたじゃ俺には何したって敵わねえことはわかったろ? 見逃してやるから城に帰れ。俺は下の奴らにまだ用があるからな」


 俺は持っていた剣を背中の鞘にしまいながら王女にそう言った。


「なっ!? も、もう勝負はついたはず……これ以上なにを……」


「は? 何言ってんだ? ハーフエルフを侮辱した奴らに地獄を見せるって言っただろ? まだまだこんなもんで終わらすわけねえだろうが。いいから早く帰れよ。邪魔するならアイツらと同じ目に遭わすぞ」


 このままで済ませたらまた同じことをやるに決まってんだろうが。民族主義者ってのはそういうもんだ。自分が差別される側にならなきゃわかんねえんだよ、基本馬鹿だからな。


 俺は王女と話すことはもうないと、王女に背を向けカレンを連れて地上へと降りようとしたその時。


「ま……待ちなさい! 」


 背後で剣を抜く音と共に王女が呼び止める声が聞こえた。


 俺とカレンが振り向くと、そこには泣きそうな顔で両手に剣を構える王女の姿があった。


 王女はEアーマー越しでもわかるほど大きく震えていて、相当無理しているように見えた。


「あ、貴方の言うとおりよ。私は思い上がってた……地上人だと貴方たちをみ、みくびってたのかもしれない……力の差もわからない未熟者は私だった……けど……だからといって命欲しさに私に付き従ってきてくれた仲間をむざむざ死なせたりしないわ! 私はエルサリオン王国第一王女。アリエル・エルサリオン! 仲間にこれ以上手を出すと言うのならこの命を懸けてでも止めてみせる! 」


 王女は震えながらも仲間を見捨てないと、命を懸けて守ってみせると。強い眼差しを俺に向けそう言い切った。


 へえ〜、ただのお姫様の戦士ごっこってわけじゃなさそうだな。


「似てる……」


「そうだな……」


 俺はカレンの言葉に頷いた。


 あの真っ直ぐな目……確かに似ている。あの時……魔物との決戦の直前に、民たちを逃がすために防波堤となり戦う戦士たちを鼓舞したリーゼリットの目に……


 俺はそんな意志の強い真っ直ぐな目を向ける王女に身体を向け、背中の剣を再び抜いて構えた。


「いい覚悟だ。でもよ王女様。どんなに強い意志があろうと、どんなに命を賭けようと力がなきゃなんにも守れねえんだよ」


 俺もそうだった。守りたい人たちを守ることができなかった。


 口だけじゃ、意志だけじゃなんにも守れねえんだよ。


「この命を賭ければできないことなんてないわっ! 」


「そうか……なら守ってみせろ! 」


 俺は王女のその真っ直ぐな想いにフッと笑い、ならば守って見せろとまるで悪役のセリフを吐きつつ一気に間合いを詰めた。


「は、速い! くっ……エーテルショット! 」


「なんだその豆鉄砲は! 『火遁』 」


 俺が王女の機体へ急接近をすると、機体の頭部から小さなエーテル弾が無数に放たれた。


 俺はその全てを火遁の魔法で相殺し、そのままEアーマーの右アームへと斬りかかった。


 しかし王女はそれに反応し、剣を横に寝かせることで俺の剣を受け止めた。


「うっ! クッ……なんて力なの……」


「剣までミスリル製かよ。その程度の実力でずいぶん甘やかされてんだなぁ! オラっ! 」


「くっ……ああああぁぁ! 」


 俺は受け止める王女の剣をそのまま腕の力だけで力で押し切り、右アームの肘から下を切り落とした。


 そしてそのまま剣を振り抜き王女の乗る機体の体勢を崩させ、横に一回転した後に剣を切り上げ左アームの手首部分を切断した。


 両腕とも中身は無事だ。やっぱ王女の顔を見ちゃうとな……


「残念。守れなかったな。有言不実行のお姫様にはお仕置きだ。しっかりシールドを張っておけよ? 」


 俺は両腕を失い何もできなくなった王女の背後に周りこみ、アルミナスドライヴに剣を突き刺した。


「きゃあぁぁぁ! 」


「いくぞ! 耐えろよ? 『プレッシャー』! 」


 そして飛行能力を失った王女の機体に、トドメとばかりに重圧の魔法で追い討ちをかけた。


 上空50mほどとはいえ、落下速度を加速させられた王女の機体は勢いよく地上へと落ちていき……そして地上へと激突した。


 ドーーーン!


「起きていられてもうるさいからな。シールドがあっても衝撃は全て吸収できないだろ」


「ん……生きてる……大丈夫」


「この高さだし手加減したしな。さて、とっとと終わらせるか……って、オイオイ……この国は俺たちと戦争したいのか? 」


 俺は土煙を上げるグラウンドを見つめ、今度こそ地上に降りようとした。しかし2kmほど先まで来ていた艦隊の中心にいた、エイのような宇宙船から膨大なエーテル反応を感じた。


 そして次の瞬間その宇宙船から太い魔力の塊が撃ち出され、俺とカレンへと襲い掛かった。


 しかしそれは俺とカレンの結界であっさりと防がれた。


 俺がいきなり撃ってきやがってとふつふつと怒りを湧き上がらせていると、耳元にルンミールとフィロテスの動揺する声が響き渡った。


 《ば、馬鹿な! あり得ない! なぜ!? はっ!? 王都の艦隊ではない!? セ、セカイさん! 何かの間違いです! 我々にセカイさんと争う意思は! 》


 《ワタルさん! 待ってください! あれは貴族の宇宙艦隊です! いま確認を取ってます! きっとアリエル様が墜とされたことに勘違いをして攻撃してきたのかと! す、直ぐに攻撃をやめさせます! ですから待ってください! 》


「オイオイ、ルンミールにフィロテス。問答無用で俺たちはいきなり攻撃されたんだぜ? 俺とカレンじゃなかったら消滅してたようなやつをだ。なあ、お前らいい加減にしろよ? 馬鹿王女に絡まれ、恋人を侮辱され今度は宇宙船から砲撃を受けて間違いでしたなんて通用するわけがねえだろうが! なんなんだよこの国はよ! カレン、やるぞ! 」


 《ま、待ってください! 待っ……》


 俺は耳にはめていた通信機を投げ捨て、今度は全艦で撃とうとしている艦隊に向けて右手を伸ばしカレンに合図をした。


「ん……これを使う」


 カレンはそう言って黒革のスーツの腰にぶら下げていたマジックバッグから、ガンゾの形見である連装魔導砲を取り出し雷の魔結晶を三つ装填した。


 まああれだけ図体がデカければ当たるか。


「こっちが反撃しなかったからって、できねえとか思ってねえだろうなクソエルフ! 喰らいやがれ! 『轟雷』! 」


「……ライジング集束砲」


 俺は膨大なエーテルを膨れ上がらせ今にも解き放とうとしている艦隊へ向け、稲妻の雨を降り注がせた。


 それと同時にカレンの連装魔導砲からも、三つの雷槍を一つにまとめた直径5mほどの太い雷の槍が解き放たれた。


 俺が発現させた数百にも及ぶ稲妻は、中央のエイのような形の船を囲む潜水艦型の船に襲い掛かり、カレンの雷槍はエイ型の宇宙船を貫通しその後方にいた宇宙船も貫通した。


 潜水艦型の宇宙船を襲った稲妻は、一瞬何かシールドのような物に阻まれた感じがした。しかし稲妻はあっさりとそれを突き破り船体に突き刺さった。そして艦内を焼き、あちこちに穴を開けていきやがて宇宙船は爆発音を響かせながら地上へと落下していった。


 カレンの放った、大型の雷槍が貫通したエイ型の宇宙船も艦内を焼き尽くされたのだろう。後方に数隻いた宇宙船と共に、力なくフラフラと高度を落としていった。そしてそこへ俺の稲妻が追い討ちとばかりに突き刺さり、船体のあちこちから爆発音を発生させながら墜落していった。


 それから雷槍を撃ち終わったカレンは、次に炎槍の魔結晶を三つ装填した。そして範囲外に逃れて固まっていた4隻の宇宙船に向かい、巨大な炎槍を連続して二度撃ち放った。


 炎槍は真っ直ぐ左右二隻の潜水艦型宇宙船に突き刺さり、爆発をして周囲の宇宙船を巻き込み炎上させた。




 俺とカレンの全ての攻撃が終えた時。空に浮いている宇宙船は一隻も存在しなかった。



「……これにも増幅装置欲しい」


「うーん、それは黒鉄製だからこれ以上の連射には耐えられないだろう。ミスリルじゃ高くつくし……いや、王女の機体から拝借するか。表面にミスリル板を貼りつけてた感じだったけど、アーム二本もあれば作れるか。でも作れる奴がなぁ……あ、いたな」


「あのドワーフを使う? 」


「交渉してみるか。どうせこの国にはもういられないしな」


 宇宙船には何百人くらい乗ってたんだろうな。ほとんどオートマタが動かしているとは聞いてたけど、エルフが0ってことはないだろう。まあ問答無用で殺しにきたんだ。自業自得だろ。


 ったく、余計なことさせやがって。


 俺は胸くそ悪い気持ちを押し殺し、カレンを連れて今度こそ地上へと降り立った。


 そのタイミングで観測所から、ルンミールとフィロテスにジオが俺とカレンのいるところへ走ってくるのが見えた。


 グラウンドでは片腕や片足を失った騎士たちが自力で機体から降り、地面に突き刺さっている王女の機体へと向かっていた。


 俺はそれらを無視し、動けないであろうブランメルの機体へと向かった。


 さて、色々邪魔が入ったけど最後の仕上げをするかな。




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