第17話 特定
ーー 霞ヶ関 総理官邸 内閣総理大臣 佐藤 義人 ーー
「に、日本人? これは本当なのですか? 」
私は内閣情報調査室長から渡された複数の写真と報告書に目を通し、その内容に驚きを隠せないでいた。
「はい。大阪から例のグレイの仮面の販売店の監視カメラの映像から調べたところ、そこに映っていた外国人の女性がSNSで話題となっている美少女でした。彼女は避難指示が出ていたにも関わらず、大阪から札幌へ移動していたことが同じくSNSの隠し撮りと思われる投稿で確認できました。その線から同行していた男性の宿泊していたウィークリーマンションの契約名義を辿り、瀬海 航 という27歳の神奈川在住の日本国民であることがわかりました。そしてこの2人と先日日本を救ってくれた正体不明の2人の骨格等が85%一致しました。2人の大阪から北海道への移動手段の不明さと、救世主がこのマンションからそれほど離れていない場所から上空へと飛んだ映像。さらには女性の入国記録が無いことから、恐らくはこの2人が救世主ではないかと思われます。そしてエルサリオンと何らかの関係があるのではないかと。これは推測ですが、女性はアガルタ人である可能性もあると考えております。」
「この女性がアガルタ人? 女性は白人。しかもロシアや北欧系に見えますが、この私たちとまったく顔の造りが変わらない女性がアガルタの住人だと? エルサリオンのパワードスーツに隠れていた顔が、ここまで私たちと酷似していると言うのですか? 」
私は再度たこ焼きを男性に食べさせている白人女性の写真を見たが、どう見ても地上の人間にしか見えなかった。
「現段階ではなんとも……ですがエルサリオンより、何らかの力を与えられたというのは間違いは無いかと思います。そしてこの瀬海という男性ですが、少々不可解なことがあります」
「不可解なこと? 」
「はい。この男性は10年前に栃木県のスキー場で行方不明になっており、家族から捜索願いが出されていました。警察による大規模な捜索を行いましたが、一切の痕跡を発見することができませんでした。しかし……彼は数ヶ月前に突然神奈川県に現れました。行方不明の間、どこに行っていたのか何をしていたのかは一切不明です」
「10年も行方不明になっていた人間が戻ってきたと……家出や蒸発等でそういった事はよくありますが、遭難では聞いたことがありませんね。確かに怪しい……これは想像ですが、その期間に地下世界に行って何らかの力を与えられたとも思えますね」
家族を残し高校生が遭難し、10年も身を隠していたというのはかなり不自然だ。遭難しているところを、アガルタ人に助けられて保護され何らかの力を与えられた可能性も考えられる。
「私もそう考えます。よってこの女性も、アガルタに関係している人物であるという事が推測できます」
「公安が調べ室長の神谷君がそう推測するのであれば、この2人を救世主として仮定して動いて問題ないでしょう。それでこの救世主たちは今どこに? 」
「2人は現在は北海道観光中というところでしょうか。札幌、小樽、富良野と電車で移動をし、現在は旭川の動物園近くのホテルに宿泊していることを確認しています。尚、宿泊時の名機は全て平沢という偽名でした」
「偽名で……ますます怪しいですね。アガルタには戻らないところを見ると、地上で何らかの任務を受けていると見たほうがいいですね。その任務中にインセクトイドの侵攻があったので、やむなく変装をして撃退した。他国に行かなかったことから、この日本での行う任務の可能性が高いですね」
南極からアガルタへ彼らのことを聞いても返信が無いことから、恐らく観光と見せかけて日本で何かしら活動をしているのだろう。これまでのアガルタの地上にいる我々への対応から、日本に害のある行動を起こすとは思えない。しかし……
「米国の動きは? 」
「米国もロシアもその他の国も、我々の動きから気付いているようです。旭川に多くの諜報員を確認しました」
やはり日本はスパイ大国のままか。警察や官僚に議員で情報を流している者がまだまだいるのだろう。特に米国には逆らえない官僚と議員がこの国には多過ぎる。
「不味いですね……米国は強引ですから。この瀬海さんのご家族は? 」
「両親は既に他界しており、失踪時の保護者であった祖父も2年前に他界しています。捜索願いの取り下げ等は、祖父の妹である大叔母が行ったようです。その大叔母から瀬海氏の口座に多額のお金が振り込まれていることと、失踪時にほかの親族は動いていなかったことを考えますと、一番近い親族はこの大叔母であると思われます。現在警察と公安にて人を送り周辺の警備を行なっております」
「なるほど。警護対象が1人でやりやすいのは良いことです。決して外国勢力に拉致などされないよう注意してください。アガルタを敵に回したくはありませんからね」
特に米国と中国と半島にロシアは要注意だ。あの2人の力を見て取り込もうと動くのは間違いない。
この中で一番実行力があるのは米国だろう。その米国は度重なるインセクトイドの侵攻により政府に対しての不信感が高まり、政府内でも不協和音が鳴り響いている。議会も与党は弱い。選挙も近いことから起死回生に瀬海氏の協力、もしくは力を手に入れようと人質を取るなど強硬手段に出る可能性もある。
「はい。念のため警護の人数を増員いたします。しかしできれば他国が入り込む前に、我が国で瀬海氏とコンタクトを取ることが最善と思われます。幸運なことに瀬海氏の親友とも呼べる間柄の者が自衛隊におります。その者を通して接触を試みてはいかがでしょうか? 」
「瀬海氏の友人が自衛隊に!? それは僥倖とも言えますが……」
確かにそれは幸運だ。しかし彼らは姿を隠していたことから、身元が割れると恐れているはずだ。たとえ友人だとしても、接触しようと試みた際に逃げられる可能性も考慮しなければならない。もしも日本以外でも遂行できる任務であれば、この日本が出て行ってしまう可能性もある。そうなればまたインセクトイドの侵攻が、間を置かずあった時に今度こそ日本は滅ぶ。
しかしこのまま黙って見ていれば、遅かれ早かれ他国の者たちが接触をするだろう……ならば友人というアドバンテージがあるうちに、我々が接触した方がリスクは少ない。そこで本当にアガルタの指示で動いているかどうかでもわかれば、こちらも対応のしようもあるというものだ。少なくとも日本は敵対しないことだけでも伝える必要はあるだろう。
私は一通りリスクを考えた上で調査室長へと言葉を続けた。
「そうですね。至急その方を瀬海さんのところへ向かわせてください。決して傲慢な上司や、脅すようなことを言う無能は同席させないでください。彼らは日本の救世主です。接触する際は精鋭部隊を付近に待機させ、他国による不測の事態に備えさせてください。ここは日本です。他国の諜報員に好きにさせないようお願いします」
「承知しました。では、私が同行することとします」
「そうしてくれますか。神谷君が行ってくれるなら安心です。どうかお願いします」
「はい。最善を尽くします。それでは各部署に指示をして参りますので失礼致します」
「報告ありがとうございました」
私がそう言うと室長は一礼したのちに執務室を出て行った。
神谷君が同行するのであれば大丈夫だろう。彼はまだ40代と若いのに、内閣情報調査室長にまで上り詰めた逸材だ。政府の意向を正しく伝えてくれることだろう。
しかしまさか救世主が日本人である可能性があるとは……これは我が国にとって最大の救いになるかもしれない。
どうか彼らとの接触が上手くいって欲しいが……米国が横槍を入れてくるだろうな。
彼らをこの国から失うことがなければいいが……頼むぞ神谷君。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「ペンギンかわいい……」
「あはは、確かにかわいいな」
「飛ばない? 」
「ああ、ペンギンのあの翼は退化しちゃってて飛べないらしいよ」
「そう……飛ばない方がかわいいかも」
「あの短い足で行進する姿はな。和むよな、寒いけど」
「次はユキヒョウ見る」
「へいへい」
インセクトイドの第三次侵攻から1ヶ月が経過した。
俺とカレンは札幌から小樽、富良野やその周辺の温泉宿巡りをした後に、ここ旭川へとやってきていた。
そして旭川といえば動物園だろうとやってきたのだが、平日で冬季開園だというのにそこそこ人が多い。それも家族連れとかなどではなく、いい大人のカップルや外国人カップルばかりだ。お前ら仕事どうしたって言いたい。
しかも俺たちの行くところについてきている。もうね、エーテルの動きでバレバレなんだよね。富良野にいた時からやたら俺たちの周囲に外国人が増えたんだよな。それも欧米系ばかり。明らかにガタイ良すぎだろって奴が多いし、こりゃ特定されたなと思ったよ。つまり彼らは現在仕事中ということだ。
接触してこないのは、まだ確信するまでに至って無いからなんだろうな。UFOもやたら北海道で目撃されているみたいだし、きっと俺たちのことを探してるんだろう。エーテルは極限まで抑えているし、なるべく人が集まる場所に行くようにしているからそうそう見つからないと思う。多分。
しかし悪い予想が当たったな。職務質問されたら不法入国で引っ張られるから、逃げるしかなくなるもんな。もう詰みだな。世界中どこに逃げても追い掛けてくんだろうな。
こうなったら日本と交渉した方がいいな。婆ちゃんもいるし、検査関係は全て拒否して政府関係の建物には行かない。お偉いさんが俺たちのいるところに来る形にして、対価としてエーテルの使い方やインセクトイドの甲殻を加工できる道具でも渡してやればいいだろう。
日本がインセクトイドに侵攻された時は戦わないといけなくなるが、もうそれは受け入れるしかない。でも決して俺たちの存在は国民に公表させず、勇者に祭り上げられないようにしないとな。今度はフルフェイスヘルメットを用意してもらうかな。それはそれで戦隊ヒーローにされかねないが……
でも交渉が決裂したら腹を決めて逃げるしかないな。日本は米国の圧力に屈しそうだしな。まあ一度だけ交渉してみるか。
それならとっとと日本の政府関係者に接触してきてもらった方が楽だな。外人さんはノーセンキューなんだよ。解剖される未来しか見えない。
「ワタル……かわいい」
「ユキヒョウの赤ちゃんか、かわいいな」
俺は周囲に怪しい人たちだらけなのを一切気にせず、ただひたすら動物園内でかわいいもの探しをしているカレンが羨ましく思えた。
おれの両手にはペンギンやらライオンやら、ぬいぐるみの入った袋が大量にぶら下がっている。
影空間に入れたいけど俺たちを見ている人が多過ぎて入れられないんだよ……
あっ、ユキヒョウのぬいぐるみも買うのね。はいはい……ロッカーどこかな……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます