第18話 脅迫



「あ〜食った食った! やっぱ旭川って言ったららーめんだよな」


「美味しかった」


「物価は高くなっちゃったけど、たこ焼きよりいいだろ? カニも美味しいって言ってたし」


「……たこ焼き」


「そっか……さ、さてホテルに帰るか。大通りならタクシー捕まるだろう」


 俺とカレンは動物園の帰りにらーめんを食べに来ていた。

 さすが名物なだけあってなかなか美味しくて、カレンの好物が増えたかなと思ったがたこ焼きは超えられなかったようだ。


 俺は魚系も全滅したし次は何を食べさせようかと考えながら、大通りに出てタクシーが通り掛かるのを待っていた。が、どういうわけかまったく車が通らず、これは電話で呼ぶしかないなと思っていたら、一台の黒くて大きなワンボックスカーが路地から出てきて目の前に止まった。


 俺は車の中にいる奴らのエーテルに覚えがあったので、そのクルマから離れ繁華街へと戻ろうと歩き出した。しかし車からわらわらと6人ほど黒服を着た男たちが降りてきて、あっという間に俺たちを囲んだ。


 俺がガタイのよい白人の男たちをめんどくさそうに眺めていると、車からスーツ姿の男女が降りてきた。

 そしてそのうちの一人、40代くらいの金髪眼鏡の男が俺たちへと話しかけてきた。


「ミスターセカイですね」


「違います。人違いです」


「ハハハ、冗談が上手いですね。ミスターがセカイ氏であることはわかっています。ヒラサワという偽名を使っていることも」


「……それで? 何か用ですか? 」


 チッ……やっぱり特定したか。こんなに流暢な日本語を話す奴を用意してまで接触してきたってことは、何か確信が取れたんだろうな。やっぱ仮面から足が割れたか? 避難指示発動中に大阪から札幌にいたら怪しいもんな。まあそれでも決定打にはなり得ない。日本人があんな力を持ってるとか信じる方がおかしいからな。


「ええ、日本のヒーローとちょっとお話しができないかと思いまして。私は合衆国の者でリチャードと言います。少しお時間いただけませんか? 」


「ヒーロー? 何のことですか? 俺はただ観光しているだけの一般人です。もしかして新手の誘拐ですか? 警察を呼びますよ? 」


 マジか。この男も隣のブロンド美人も自信満々じゃねえか。俺の知らない科学の力とかで特定したのか?


「警察を呼ばれて困るのはお連れの女性ではないですかね? 外国人……いえ、この地上世界のどの国の国民でもない、そちらの美しい女性が困ると思うんですけど」


「何を言ってるのか意味がわかりませんね」


 オイオイオイ! なんで? なんでカレンが地球人じゃないってわかったんだ? 帽子さえ被ってれば見た目じゃわからないのに。まさか露天風呂を覗いてたのか? いや、そんなエーテル反応は山には無かった。それに札幌以外ではカレンと一緒に貸し切り露天風呂は入ってない。


「チェックアウトされたお部屋にあった髪の毛をDNA鑑定しました。それによると、この地上にいるどの人種とも異なる結果が出たんですミスターセカイ」


 俺がカレンの正体がどうしてわかったのか頭を巡らせていると、リチャードの隣にいた紺のスーツ姿の女性が口を開きそう言った。


 髪の毛からDNAって……恐らく清掃前の部屋に入ったんだろうな。そこまでは思考が及ばなかったわ。


「前の宿泊客のじゃないですか? とにかく俺たちはそのヒーローとかじゃないんで。他を当たってくれ」


「ハハハ、ミスター。それだけじゃあありません。監視カメラの映像とSNSによる動線の不一致。それに骨格もほぼ一致しています。もう貴方が先日ニホンを救ったヒーローだとわかっているんですよ。その女性が地下世界の住人であることもね。まさか我々人類と変わらない顔をしていたことには驚きましたよ。しかもこんなに美しいとは……」


 オイオイ、日本の官僚や政治家はどんだけ米国の言いなりなんだよ。国内で好き勝手に調べさせんなよ。


 それにカレンが地底人? これはなんのことだ?

 DNAが人間と違い、インセクトイドを圧倒できる力を持っているから地底人だと思い込んでいる? あの地底人のパワードスーツの中身は、地上の人間と変わらない姿だと思ってるってわけか。


 もしかしたら地底人から俺たちを捕縛するよう言われてる可能性もあるな。それならなおさら俺たちが地下世界と関係しているって信じるだろう。


「いい加減にしてくれませんかね。何かのドッキリですか? 俺たちはもう帰らせてもらいますんで」


「ミスター。私たちは貴方と敵対するつもりは無いの。少し基地まできてお話しして友好関係を築きたいだけなの。もちろんお礼はします。一生遊んで暮らせるような資金に、彼女の戸籍も合衆国が発行いたします。どうか同行してくれないかしら」


「6人の黒服で囲んでおいて敵対したくないとか、治外法権の基地まで来いとか言われて付いていく人間がいると思います? もう寒いんでどいてくれませんか? 」


 基地まで来いとか馬鹿なのかこの女。誰が行くか。戸籍は魅力だが、アメリカなんかに関わってロクなことになるはずがない。


 もういいや。身体強化は弱めのを対人の不意打ち用に常に掛けてるから、別に銃で撃たれても平気だし力ずくで逃げるかな。


「カレン、しつこいから強行突破するぞ」


「わかった」


「いやいやいや、やはり付いてきてはくれないみたいですね。力づくでは敵いそうもありませんね。ここは引き下がるとしましょう。我々は敵対するつもりはありませんから」


「そうですか。俺たちもこんな大人数から逃げ切れるか不安でしたので、人違いだとわかってくれたならもういいです。ではこれで」


 俺は急に引き下がったリチャード……もう金髪眼鏡でいいや。その金髪眼鏡をいぶかしつつも、黒服が横にずれたのでそこからこの場を離れようと歩き出した。女の方は凄く残念そうな顔をしているな。あんな誘いに本気で乗るとでも思ったのかね?


 まあ俺たちと戦っても勝ち目はないと思ったんだろう。地下世界のことや、俺たちの力のことを色々聞き出したいのに敵対するのは愚策だということなんだろうな。急いては事を仕損じる作戦に出たか。


 しかし日本もこれだけ情報がダダ漏れじゃあ交渉するだけ無駄っぽいな。米国の影響から逃れられないなら、いつ売られるかわかったもんじゃねえよな。


 あーあ、婆ちゃんたちに迷惑が掛かるけど、力ずくで逃げ回るしかないなこりゃ。いっそM-tubeで国民を味方につけるかな。グレイの仮面を被って国が救世主を捕まえようとしている。このままじゃ日本から出るしかなくなるって投稿してみるか。あれ? これって結構有効なんじゃね?


 俺はそんなことを考えながら黒服の間をカレンとすり抜け、らーめん屋の方角へと歩いて行った。


「ああ、そういえばミスターセカイ」


「……まだ何か? 」


 俺が黒服たちから3mほど離れたところで、金髪眼鏡が何かを思い出したように話しかけてきた。


「いえ、人違いならいいんですが、貴方が偽名で使ってるヒラサワという名前と同じ人物がが基地に忍び込んでいましてね? スパイ容疑で現在拘束しているんですが、まさかお知り合いではないですよね? 確か20代後半の男性で六菱グループの会社に勤めていると聞いているのですが……ああ、監視カメラの動画がありました。この方なんですが……」


 金髪眼鏡はそう言って困った顔を浮かべ、俺にタブレットの画像を見せた。


 そこには広い部屋のソファに、1人ポツンと座っている平沢の姿が映し出されていた。平沢は拘束される際に殴られたのか顔が腫れているように見えたが、それ以外は特に怪我をしていない様子で周囲をキョロキョロ見渡していた。


 この野郎! 最初からそういうつもりだったってことかよ!


 俺はあまりの怒りにハラワタが煮えくり返っていた。


 もういいや……いいぜ、そんなに滅びたいなら滅ぼしてやるよ。


「人質ってわけか。お前自分が何してるかわかってんのか? 俺たちがインセクトイドに何をしたか見てないのか? そんなことをして友好関係を築けるとでも本気で思ってんのか? 」


「ハハハ、やっと認めてくれましたね。しかしミスター、誤解されては困ります。我々は基地に不法侵入した者を法に則り拘束したまでです。それがたまたまミスターのご友人であったというこ……」


「黙れクズ野郎! 『プレッシャー』 」


 俺は金髪眼鏡の垂れ流す能書きを途中で遮り、背中の魔結晶にエーテルを送り込んでプレッシャーを発動した。


「うぐっ……ぐがっ ! 」


「きゃっ! あ……アグッ! 」


「「「グッ…… 」」」


 俺の魔法を受けた金髪眼鏡と女。そして黒服たちは、突然強烈な重力をその身に浴び立っていられずに膝をつき、それでも耐えきれずに地面へとベタリと顔をつけた。


「これで一番最弱の威力だ。もう少し込めれば、骨が砕け内臓が飛び出てスプラッターになる」


「アガッ……こ……これほど……の……グッ……なんという……ちから……」


「いいぜ、わかった。付いて行ってやるよ、どこの基地だ? その代わり基地についたら平沢をすぐに俺に引き渡せ。でなきゃお前の故郷を滅ぼしてやる。米国程度インセクトイドより楽に潰せる」


 俺は金髪眼鏡の顔を踏みつけ、見下ろしながらそう言った。隣ではカレンがブロンド美女の顔を踏みつけている。どうやらカレンも怒っているみたいだ。


 俺は平沢を救うために、コイツらについていくことにした。ここでコイツらを殺して基地に乗り込んだら、後のなくなった奴らに俺への当てつけのために平沢は殺されるかもしれない。


 ならここはおとなしく付いて行き、平沢を引き渡させた方がいい。米国は俺たちのインセクトイドとの戦いを見ている。ならこれ以上俺たちを怒らせるようなことはしないだろう。俺が基地に行けば平沢は解放されるはずだ。


 もしも解放されなくても、基地の中にスムーズに入れて拘束されている部屋の近くまで行ければ、エーテルを辿ることで平沢がどこにいるかはわかる。どちらにしてもここで暴れるよりは平沢が助かる可能性がある。逃げれば今度は平沢の指とかが送られてくるかもしれないしな。


 恐らく基地にお偉いさんか、地下世界のUFOか何かがいるんだろう。そこで俺と何か取引きをしたいか、地下世界の奴らに引き渡して点数稼ぎをしたいかどちらかだろう。


 まあどっちでもいいさ。今回のことに地下世界が関わってるなら一緒に潰してやる。

 カレンにはこうなる可能性は話してあった。その時は世界の敵になることもだ。


 やっぱり地球の奴らはクソだ。俺の周囲の人間に手を出すなら、二度と手を出そうと思わないように徹底的に潰してやる。


「グッ……わ……わかった……やくそくする……友人は……すぐに解放する……基地へ……きてくれ……るなら……必ず……」


「約束を違えるなよ? 俺はいざとなれば友人より恋人を選ぶ。その決断を俺にさせた時点で、テメエの祖国を潰してやる。基地に連絡してせいぜい丁重に扱っておくんだな」


「わ……わかった……すぐに……」


 俺は金髪眼鏡のその返答を聞いたのちに、頭を踏みつけていた足を退け魔法を解除した。


 魔法が解け突然下へと引っ張られる力から解放された金髪眼鏡たちは、しばらく咳き込んだが数分の後にヨロヨロと起き上がった。


 それからは俺を怯えるような目で見ながらも、金髪眼鏡はどこかへ電話を掛け、俺とカレンに車に乗るように言ってきた。俺は車の4人分の後部座席を倒しカレンとゆったりと座り、後から乗り込んできた黒服2人を蹴り飛ばして歩いていくように言って車を出発させた。



 市街地を出て1時間ほど走っただろうか? 街から離れ真っ暗な景色を千里眼で眺めていると、何もない拓けた土地で車が止まった。そして10分ほどした頃、頭上から大きな音を立てた輸送ヘリが現れ目の前に降り立った。


 そして俺とカレンに金髪眼鏡一行は、そのヘリに乗り込み北海道を離れるのだった。


 待ってろよクソ野郎ども。俺の身内に手を出したことを後悔させてやる。


 二度と手を出そうと思わないように徹底的にな。


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