第16話 月からの救援



「あ〜いい湯だなぁ〜」


 俺はどっかのおっさんぽく手ぬぐいを頭に乗っけて、岩風呂のふちに両腕を広げながら言った。


「雪……綺麗」


 すると隣の岩に腰掛けて身体を冷ましていたカレンが、目の前の景色を見てボソリと呟いた。


「恐ろしいほど降ってるけどな。さすが雪国だ」


「でも温泉……あたたかい」


 カレンは膝の上に乗せていた手ぬぐいを俺と同じように頭の上に乗せ、左足からゆっくりと湯船に戻ってきた。そして俺の肩に頭をコテンと乗せて幸せそうにそう言った。


「やっと避難指示が解除されたからな。ユーラシア大陸にもインセクトイドが上陸してたのを忘れてたよ。まさか1週間近くも街から出れないとは思わなかったな」


「金たこ食べに行けなかった」


「ははは、その分ずいぶんとたこ焼き作るの上手くなったよな。もう試食は勘弁して欲しいけど」


 毎日必ず20個は食わされてたからな。その甲斐あってカレンのたこ焼きは美味しくなってたけど、食い飽きた俺としてはもうなんでもいいからたこ焼きから解放されたいよ。


「私はワタルが食べないなら食べない……だからワタル食べる」


「そのルールなんとかしてくれないかな……」


 俺は当然のように言うカレンの謎ルールにゲンナリしていた。




 第三次インセクトイド侵攻から10日ほどが経過し、俺たちは札幌市にある温泉旅館に来ていた。


 あの日、俺とカレンが日本に侵攻してきたインセクトイドを全滅させた後、札幌のビルに隠れ夜を待って街の東の外れにあった廃工場へと移動した。そしてマジックテントを展開し、避難指示が解除されるのを待っていた。


 しかし翌朝外に出てワンセグテレビでニュースを見ていても、北海道の避難指示は一向に解除されなかった。そこで俺は隣の大陸にもインセクトイドが侵攻していたのを思い出した。


 政府はどうやら飛行型インセクトイドが、隣の大陸から日本に来ることを警戒しているようだった。そのため日本海側の都道府県及び内陸部は、避難指示が解除されないままだった。


 俺は太平洋側の市や県に移動しようと思ったが、さすがに日本政府や世界が今回の日本に上陸したインセクトイドを全滅させた俺たちを探していると思い、おとなしくしていることにした。


 待っている間は廃工場内でワンセグを見て暇を潰し、マジックテント内でひたすらカレンとえっちばかりしていた。人間やることが無いとやる事は一つしかないもんだ。ああ、ワンセグの充電用電気は、近くの家の庭のガレージにコンセントがあったから、そこにメモと千円を置いて拝借した。地底人の技術供与のおかげで民間にもかなりの大容量の蓄電池が売られてるから、一回しか充電してないけどな。


 まあそんな生活を5日ほど続けているうちに雪が降ってきた。俺は魔導ストーブをテントの外に出してカレンの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、テレビで報道される世界各国の都市部の悲惨な状況を眉をしかめつつ少しの葛藤と共に見ていた。


 すると突然緊急ニュースが流れ込んで来たんだ。


 それはエルサリオンが救援部隊を派遣してくれたというものだった。


 そしてどんどん新しい情報が更新されていき、彼らは既に宇宙から艦隊を組んで地球の近くまでやってきているということがわかった。


 俺は恐らく月でのインセクトイドとの戦闘が終わったのだろうと、地底から来なかったのは地底世界防衛のために動けなかったのかもしれないと思った。そして俺たちを追ってきた二機のUFOは、そんな中でも俺のエーテル反応を放っておけなかったんだろうなとも思っていた。


 そして救援の報が入ってから10時間ほど経過した頃、彼らは現れた。

 宇宙から来た艦隊には、縦に長い全長数キロはありそうなコマの形をした母船みたいなのが3つあり、それは白、黒、焦げ茶と3色あるのがニュースやSNSで確認できた。そしてその周囲に流線型の全長500mほどの潜水艦みたいな形をしたものや、角ばった戦艦みたいな物と様々な種類の宇宙船がその巨大コマ型の宇宙船を護衛するかのように配置されていた。


 そしてそれらは同じ色の宇宙船同士で各大陸に散らばり、母船からは大量のUFOと人型のパワードスーツが飛び出し、戦艦みたいなのは次々と緑色の主砲らしきもので地上に上陸したダンゴムシを粉砕していった。


 コマ型母船から出てきたUFOと四肢に装甲をまとい、2対または4対の翼から白い光を噴射して飛ぶパワードスーツのような物体も、エーテルに引き寄せられ寄ってくるバッタを次々と撃ち落としていっていた。


 パワードスーツをまとって胴体と顎をさらしている人間らしき人を、今回はしっかりと確認することができた。彼らはそれぞれの母船や戦艦と同じ色のウエットスーツや、水着っぽい体の線がはっきりと出るスーツを身にまとっていた。肌の色はこれまで確認できた褐色の肌色だけではなく、白い肌や黄色人種っぽい肌の色もあった。そして体つきは地上の人間とまったく変わらないようにも見えた。


 ずんぐりした黄色人種やスレンダーな白人。そして褐色の肌の凹凸のはっきりとした体型の褐色の人たち。彼らには性別があり、それは遠くから写した画像を見てもハッキリとわかった。


 そして彼らは銃やバズーカ砲みたいな筒状の物や剣を手に、次々とバッタ型インセクトイドを殲滅していった。その後は地上に降り、蟻型インセクトイドも同じように殲滅していった。その力量や火力差は一目瞭然で、1日と少しほどで世界中の各都市部を襲っていたインセクトイドのほとんどを処理し終わっていた。


 例のごとく小さな街や村にいた蟻型のインセクトイドの取りこぼしはあるようだが、これくらいは地上の人間で対処できると思ったのだろう。彼らは南極やそれぞれの大陸の山々から地底世界へと帰って行った。


 それから1日ほどで避難指示が解除され、街に人が溢れて俺とカレンはそのドサクサに紛れて再開した電車に乗り近くの温泉旅館までやってきた。ここは札幌市内でありながら山と渓谷に囲まれており、露天風呂も広くて駅にあった冊子を見て決めた旅館だ。


 誰もいない可能性もあったが、市内の避難施設から近いということもあり旅館の女将さん夫婦が戻ってきていた。俺とカレンは旅行中に侵攻に遭ってしまったと説明したら、それは大変でしたねと快く泊めてくれた。


 女将さんに従業員たちも家に帰っていて、戻ってくるまでは大したおもてなしもできないですがと言われたが、俺は極力自分のことは自分でやりますから気にしないでくださいと返した。その分安くしてくれるみたいで、ラッキーとさえ思ったよ。そして俺たちは部屋に案内され、やっと外でゆっくりする事ができたんだ。


 そして今日で3泊目なんだが、雪に包まれた綺麗な景色を眺めながらカレンと一緒に入る貸し切り露天風呂は最高でさ。本当は予約制の時間制らしいんだけど、世間が混乱しているこんな時に温泉旅行に行こうなんてもの好きは俺たちくらいだ。

 旅館には未だに俺たちしか客がいないこともあり、好きな時に好きなだけカレンと貸し切り露天風呂に入っている。


「料理おいしい」


「そうだな。鮮度は仕方ないとしてご主人の腕がいいからな。漁業も再開したようだし、そろそろ新鮮な魚が食えるかもな」


「楽しみ」


 日本は他国に比べて被害が極小だ。そうは言っても自衛隊で1200名が殉職し、重軽傷者も800名以上に及ぶそうだ。民間人は現在確認中らしいが、今のところ2300人ほどの遺体が確認されている。まあそのほとんどが函館だ。それでも自衛隊は対空装備が貧弱な中でよく守ってたよ。俺たちが到着するまで民間人の被害最小限にを抑えることができたのは、間違いなく自衛隊の功績だろう。


 それに比べ他国は悲惨だ。現段階では恐らく世界で数千万人の死者が出ていると言われている。第一次侵攻で600万人だったらしいから、それを遥かに上回る犠牲者の数だ。対インセクトイドの装備があってもこれだ。地底人が助けに来てくれなかったら、犠牲者は億を超えていたかもしれない。


 世界大戦ですら1000万人の死者だったってのにな。もしも地底人がやってくるまでの5日間俺たちが戦っていれば、ユーラシア大陸の犠牲者は少なくはできただろう。でも亡くなった人たちには申し訳ないが、俺とカレンは70億もいる世界をとてもじゃないけど背負えない。一度他国まで行ってまでして救えば、もう俺たちは逃げられないかもしれない。世界の奴隷となり戦い続けるなんてゴメンなんだよ。


 多くの死者が世界中で出たが、第一次、第二次侵攻の時と同じく被害は人的被害に偏っており、インフラなどはそれほど破壊されていない。人がいない施設なんて無傷だ。それゆえに復興も早いだろうから、またすぐに貿易が再開するはずだ。


 俺は新鮮な魚を食べれることを楽しみにしているカレンを見ながら、そんな事を考えていた。


「なんかかなり割引いてくれた上に、貸し切り風呂まで無料とか。北海道の人って温かいよな」


「助けて良かった」


「そうだな……」


 テレビや旅館で繋いだネットでは、日本を救った謎の二人という話で持ちきりだ。かなり高度を取っていたから俺たちの映像は出ていない。出るとしたら自衛隊からだろう。戦闘機なんてすぐ近くを飛んでいたしな。地上からも自衛隊の装備なら俺たちの姿を確認できたはずだ。


 テレビなんかでは黒い2つの点の周りに雷が落ちたり、竜巻が発生している映像が出ている程度だ。まあどこの放送局もネットもエルサリオンの住人だと言ってるから大丈夫だとは思う。そりゃ人が空を飛んでれば同じ日本人とは思わないよな。


 ただ、政府はどうだろうな。俺たちは大阪から現れてUFOを置き去りに札幌に降りた。あれ? って思うかもしれない。今ごろ大阪と札幌の監視カメラや衛生画像を調べてるだろうな。


 それに俺は今さらだけどグレイの仮面じゃなくて、ヘルメットとか布を巻けばよかったんじゃなかったかと後悔している。だってあの仮面さ、売れてそうに見えないんだよ。しかもネットで見たら発売してそんなに日が経ってなかったんだ。カレンが買ってるところを特定されたら身バレするかもしれないんだよな。


 そのうえ米軍が今頃になって函館に大挙してやってきているらしい。札幌にも外人がウロウロしてるってネットに書いてあった。アメリカはまた日本を見捨てたらしく、日本中から大バッシングを受けているが、そんなことに動じる国じゃないからな。


 本国が混乱していて、偵察機を出すのが精一杯だったとかなんとかシレッと言い訳してたよ。岩手の基地に引きこもってたくせにな。あと横須賀で首都防衛のために、パワードスーツを展開していたとか言ってたな。それはさすがに苦しくないかとも俺も思った。せめて三重県に向かっていれば話は違うんだけどな。


 まあアメリカも俺たちを探してるだろうな。


 正直エルサリオンのパワードスーツは大したことなかったしな。俺とカレンの方が圧倒的な殲滅力があるのは一目瞭然だ。あの武器は全部魔力を撃ち出してるだけだし、増幅装置的なもので数は撃てそうだけど所詮は魔力の塊だ。いいとこ通用するのは百人隊長級か従者級までだろうな。剣で戦えばもうちょいいけると思うが。


 それに戦艦の主砲もそうだ。アレじゃもしも結界持ちのインセクトイドがいたら苦戦するだろうな。


 あの装備で戦えてるってことは、月にいるのは魔物で例えるところの従者級のインセクトイドクラスかもな。準騎士級はいないだろう。いたら地球に助け来るのはもっと遅くなったはずだ。そう考えると月も地球もまだまだこれからなんだよな。やっぱ終末世界だよなここ。


 お先は暗そうだな……でもまだアルガルータのようになるには数十年は余裕があるだろう。とりあえずは身バレしないようにしないとな。宿は偽名だし、携帯は大阪で電源を落として影空間に入れたままだ。ネットも旅館の回線を繋いでいる。でも相手は国家だからな。万が一見つかった時にどうしたもんかな。


 俺は考えがまとまらないので、隣にいるカレンを抱き寄せて膝の間に入れた。そして後ろから乳を揉みながら精神統一をしつつ今後のことを考えるのだった。







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