第15話 正体不明の2人



 ーー 霞ヶ関 総理官邸 危機管理センター 内閣総理大臣 佐藤 義人 ーー




「報告します。函館に侵攻していました、全ての飛行型インセクトイドの反応が消えました」


「奈良に続き函館もですか……九死に一生を得たとはこのことですね」


 助かった……飛行型のインセクトイドが現れた時は血の気が引いた。エルサリオンからその存在と、飛行速度がそれほど速くないことは聞いていた。それでも予算と資源の問題から地上の蟻型の対応を万全にすることを優先した。


 そしてサクの増産と10式戦車の電磁砲への換装が軌道に乗り、我が国はインセクトイドの母体であるダンゴムシ型を大気圏突入後に撃墜し海に落下させる作戦を採用した。そして大型対空レールガンの製造と配備を完了させ、万が一の際の小型の自走式対空レールガンの製造も順調だった。


 本来であれば飛行速度の遅いインセクトイドには戦闘機が有効なのだが、残念ながら戦闘機は国産化に成功したばかりのため数は揃えられなかった。


 しかし自走式対空レールガンの配備が完了する前に、今回の第三次侵攻が発生した。大型の対空レールガンの配備は間に合ったが、ダンゴムシ型インセクトイドは地上にいた時よりも硬く撃滅するには至らなかった。これは誤算だった。そのうえ飛行型インセクトイドがその体内から出てきたことは不運以外何者でもなかった。


 そしてその結果、飛行型インセクトイドによって護衛艦及び沿岸部のに配備した戦車部隊は大打撃を受け、本土の奥深くまで侵攻された。


 滅ぶと思った。飛行型インセクトイドが上陸した盛岡と函館に向かった300機のサクが次々と戦闘不能となる報告を受け、心の中で北海道と東北は諦めるほかないとさえ思っていた。


 8年前とは違う。飛行型インセクトイドがいる限り、輸送船で国民を救出しに行くことはできず、青函トンネルを封鎖することも無意味だった。対空レールガンを優先すべきだったかと後悔もした。


 しかし世界中でレールガンの製造が行われている中で、資源の乏しい我が国では対地と対空両方に対処できるほどの装備を同時に整えるのは困難であった。エルサリオンから供給される特殊鉱石が無ければもっと厳しかっただろう。あれのおかげでここまで装備を充実させられたのも確かだ。


 私は東北地方と北海道を諦め、自衛隊の残存戦力で首都圏と大阪で飛行型インセクトイドを迎え撃ち、続いてやってくるであろう蟻型インセクトイドに対応する決断をしようとした。


 しかしその時。


 大阪から未確認飛行物体が突如現れ、奈良県へと向かっていった。それは体長2mにも満たない人型で、ローブを羽織り頭部には白とピンクのまるでグレイのような仮面を付けていた。その姿は明らかに人間に見えた。しかしマッハ3という信じられない速度で飛行していたことから、地下世界アガルタの者の可能性があると考えるに至った。アガルタが我々の救援要請に応えてくれたのだと。


 しかしその2人は8年前と違い四肢に装甲を付けておらず、体長も半分ほどでほとんど生身の姿に我々は困惑せざるを得なかった。何よりもその戦い方が8年前のソレとはまったく違っていた。


 彼らは奈良県に向かっていた飛行型インセクトイドと遭遇するや否や上空で停止し、なんと雷を発生させたのだ。そして炎を吹き出し、もう1人は銃のような物で次々とインセクトイドを撃墜していった。


 それはまるで魔法のようだった。


 たった数十分。たったそれだけの時間で、彼らは2千体はいた飛行型インセクトイドを全滅させた。さらには三重県沖に飛んで行き、水中を泳ぎ陸に向かうダンゴムシ型のインセクトイドをも撃滅させた。護衛艦からのレールガンにビクともしなかったあのダンゴムシの装甲を、彼らはいとも容易く突き破ったのだ。


 ダンゴムシ型インセクトイドを沈めた彼らは北上し、岩手県沖のダンゴムシ型インセクトイド2体も同じように撃滅した。そして盛岡市で防衛戦闘を行うサクの中隊を助け、飛行型インセクトイドを奈良と同じように殲滅した。


 彼らは尚も北上し最後は函館に向かい、今度は巨大な竜巻と雷でインセクトイドを殲滅していった。ところがこの段階で秋田県の山地から白いエルサリオンの戦闘機が2機現れ、函館へと向かい戦っていた2人の補助に入った。


 我々はその姿を見てやはりあの2人はエルサリオンの住人だと思ったのだった。


 しかしその後の彼らの行動が不可解だった。


「ではあの救世主の2名は札幌市内にいるのですね? 」


 私はインセクトイド及び、地下世界の情報収集を担当する公安担当者へと質問した。


「はい。函館でエルサリオンの円盤型戦闘機と合流せず、そのまま北へ戦闘機を引き連れて行き札幌市内に降りたもようです」


「戦闘機と合流しなかったと……エルサリオンの人間がなぜ札幌に……戦闘機はどこかに着陸したのですか? 」


「いえ、札幌市上空を1時間ほどゆっくりと飛んでいましたが、2機とも秋田方面へと飛び去りました。そのことからグレイの仮面を被った男女と思われる2人は、札幌市内に潜伏していると判断しました。最初に降り立った場所付近の監視カメラでも、路地裏へと移動する姿を捉えていますので間違いないかと思われます」


「グレイの仮面を被り大阪に突然現れ札幌に……いったい何のために……」


 8年前はインセクトイドを殲滅したあと、彼らはすぐに地下世界へと帰っていった。その後もあの円盤型の戦闘機で世界中を飛んでいる姿は確認されても、地上に降りてくることはなかった。特殊鉱石なども戦闘機が現れたと思ったら、いつのまにか高尾山麓に積み上げられていた。そんな彼らが大阪に? そして札幌に何のために? まさか人間に偽装して普段から地上で生活していたというわけではあるまい。


「あのグレイの仮面を販売している店舗を特定し、監視カメラのデータを見てみないことにはなんとも……」


「そうですね。急ぎ調査をお願いします。彼らは我々の恩人ですが、何者なのかわからないというのはどうも不安です。こちらから送っている救援要請と共に、エルサリオンにもデータを送り問い合わせしてみてください。これまで返事があったことはないですが、エルサリオンの戦闘機が札幌上空に1時間もいたというのが気に掛かります」


 いつもであればそれほど長い時間同じ場所に彼らはいない。いてもせいぜいが5分程度だ。エルサリオンの戦闘機もあの2人を探していた?


 地下世界には複数の国があると聞く。同胞を探していた可能性もある。もしかしたら何かしら情報を得られるかもしれない。あの2人の武力はエルサリオンのパワードスーツ部隊よりも遥かに強力であった。地下世界でも特殊な者たちである可能性は高い。


「はい。札幌市内のカメラ映像も中央サーバーにて収集し確認いたします」


「そうしてください」


 先ずは公安にて情報を集めてもらわねば何もわからない。


 私は正体不明の2人のことはとりあえず横に置き、次に来るであろう侵攻に備えるために防衛大臣へと目を向けた。


「次に防衛大臣。日本海側への部隊の移動完了はいつになりますか? 」


「はい。岩手の残存戦力を秋田へ、大阪の部隊を九州へと向かわせております。函館の部隊はダメージが大きく行動不能です。ロシア方面は戦闘機を集中配備し対応いたします」


「不幸中の幸いで中国とロシアに上陸したインセクトイドは内陸部です。日本に来るまでは時間が掛かると思いますが、何が起こるかわかりません。急ぎ部隊を展開してください」


 ユーラシア大陸には、9体のダンゴムシ型インセクトイドが上陸した。しかしそれは8年前と3年前と同じく、日本から離れた地点だ。そしてユーラシア大陸には多くの人間がいる。恐らく日本に来るまでには相当な時間が掛かるであろう。


 ユーラシア大陸には中東諸国やインド、欧州各国と友好国も多い。そして3体のダンゴムシ型インセクトイドが上陸したオーストリアから援軍要請を受けているが、我が国も対インセクトイド部隊が半壊している。とてもではないが援軍など派遣できない。あの正体不明の2人がいなければ滅んでいたかもしれなかったのだ。


 彼らをエルサリオンが救援要請に応えてくれて派遣してくれていたのならいいが、そうでなかった場合次も助けてくれる保証はない。大陸にいる万単位の飛行型インセクトイドが日本に来れば……次こそは滅ぶ。



「はい。早急に展開を終わらせます」


「ところで米軍はどうしていますか? 」


「……要請は送りましたが、偵察機を発進させるのみで前回同様本国へと戻る準備をしております」


「確かに米国も7体のダンゴムシのうち3体に上陸され、現在も海に落とした4体のダンゴムシの上陸を阻止するために大変な被害が出ているとは聞きましたが……これで有事の際の派兵拒否は2度目ですね。国民が黙っていないでしょう」


 有事の際に援助を受けられるから国内に米軍基地を置いているのに、2度もその義務を果たさないとは……毎年思いやり予算で2千億も使っているというのにこれでは国民が黙ってはいないだろう。


 インセクトイドが現れて以降、米軍は我が国を守ったことなど一度もない。命令を無視し援軍に来てくれた一部の米軍には感謝しているが、日本を守らない命令をした米国を最早信用などできるはずもない。


 今後世界は混乱する。そんな中でいつまでも味方のふりをしているだけの国の軍を、我が国に駐留させておくわけにはいかない。


 しかしそれも世界がこの第三次侵攻を乗り切ってからだ。


 このまま滅ぶ可能性もあるのだから……




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