第13話 盛岡市防衛戦
ーー 岩手県 盛岡市内 第1特殊機甲連隊 第2中隊 小長谷
バシュバシュッ!
バシュバシュッ!
「三上2尉! 無事ですか! 」
《 ぐっ……小長谷か! 助かった! 》
俺は分隊と連絡が取れなくなり、撤退する最中にサクに取り付いていた2体のバッタ型インセクトイドを見つけた。そしてすぐさま駆け寄り、サクに気を取られているバッタの首へプラズマブレードを突き刺し蹴り飛ばした後にレールガンを撃ち込んだ。
レールガン の弾を頭に撃ち込まれたバッタは、脚や翅がまだ動かしつつもやがてその動きを止めた。そして俺は倒れている三上2尉の乗るサクを引き起こした。
これまで戦ってみた感覚では、バッタ型は蟻型より柔らかい。しかし高速で飛び回り四方から取り付き、その強靭な二本の牙をサクの肩や首の付け根を突き刺してくる。そしてサクの首や四肢を引きちぎり、内部の操縦者に襲い掛かる。あくまでも人間をターゲットに攻撃をしてくるのは蟻型と同じだ。
俺は第3分隊長の三上2尉を引き起こした後、サク内部のモニターに映る中隊の位置を確認した。すると50機ほどのサクがまとまっている所に中隊長機のマーカーを見つけた。周囲にはほかの機体はなく、俺と三上2尉のほかには中隊長のところにいる機体が全てのようだった。
つい1時間前に90機いたのがすでに半数ほどになったか……
覚悟はしていた。輸送機で岩手県沿岸部に向かっている途中飛行型のインセクトイドが現れたことを知り、うちの中隊だけ急遽この盛岡市の防衛のために降下してきた時点で覚悟はしていた。
「三上2尉。中隊は市内中心部に移動したようです。中隊長のいる小隊と合流しましょう」
《 そうだな……くそっ! 俺の分隊は全滅しちまった! 隊長の俺だけ…… 》
「……とにかくまとまらなければ」
俺のいた第1分隊も乱戦の末に一緒に行動していた第5分隊や、分隊長含めほかの隊員と連絡がつかなくなった。恐らく皆はもう……蟻型が相手なら大型レールガンを搭載した機甲大隊の電磁砲戦車が援護してくれるのだが、飛行型が確認された時点で岩手県沿岸部の守りに配備された。その戦車群も先ほど広域通信で、バッタたちに壊滅させられたと言っていたが……
バッタたちに有効な打撃を与えられるであろう、対空砲搭載の車両は少ない。日本は過去2度に渡り、地球に上陸した蟻型への対処を優先してきた。インセクトイドに飛行型がいるという情報は地下世界からあった。しかし詳細な情報はわからなかった。
地下世界の住人からの連絡はいつも一方通行らしい。それでもレールガンや大容量小型蓄電池や核融合炉の技術。そして定期的に提供してくれる宇宙鉱物には感謝している。これ以上求めるのはバチが当たるというものだろう。
これは予算を組んだ政府と防衛省の上層部が、対空レールガンの配備よりも電磁砲戦車とサクの配備を優先した責任だ。母船級インセクトイドが大気圏突入した後に、空中で撃墜もしくは海へ落とす作戦に傾注し過ぎた。飛行型が体内にいても海に沈めば浮上してこれないだろうと。
だがそれは地球の虫に対しての認識だ。確かにバッタ型には翅はあるが、どうも地球の虫のように空気抵抗を利用して飛んでいるわけではないようだ。何か別の原理で飛んでいるように見える。でなければあんな小さな翅で、1mはある重い身体が浮くはずがない。
なによりインセクトイドは呼吸をしない。これは蟻型インセクトイドを解剖してわかったことだ。そしてその甲殻は生前より耐久力が落ちているが、それでも硬く加工が難しい。アメリカに次ぐ世界第2位の日本の技術でも苦戦しているほどだ。
日本は、いや世界は飛行型のインセクトイドへの認識が甘かった。どうしても多くの都市を壊滅させ、未曾有の被害を出した蟻型への対応に偏ってしまった。
その結果がこれだ。大型の対空レールガンで母船級を海へと弾くことには成功したが、母船級のあの2体のダンゴムシはこの飛行型のバッタを数千匹吐き出した。そして2千匹ほどずつこの岩手と北海道へと向かっていった。さらにダンゴムシは自らも海を泳ぎ陸地を目指している。今頃は最初の一体が沿岸部に上陸しているだろう。
俺は沿岸部の第2中隊にいる同期を気に掛けつつ、三上2尉と主力と合流するべく中隊へ無線で連絡を入れた後に西へと向かった。
そして主力部隊がいる地点へ到着すると、そこには大量のバッタが部隊へと襲い掛かっている最中だった。俺は状況を確認するべく無線で連絡を入れようとし、オープンチャンネルを開いた。その瞬間、オープンチャンネルから各隊の無線が流れ込んできた。
《 え、援護を! バッタに取り付かれている! ぐっ……喰われる! 喰われる! ガァァァァ! 》
《 沼田! くっ……駄目だ! 数が多過ぎる! 第1小隊! 円陣を崩すな! 》
《 隊長! 航空支援は! このままでは街を守りきれません! 》
《 こちら中隊長! 航空機はレールガンの蓄電池を交換に帰投している! あと1時間で再度航空支援がある! 中隊踏ん張れ! これ以上街にインセクトイドを入れるな! 》
《 中隊長! 三上2尉及び小長谷3尉到着しました! 》
三上2尉が中隊長へと報告をし、俺たちはレールガンを撃ちつつ戦場へと突入した。
《 よく戻った! 2人は私の隊に! 建物の中に負傷者がいる! 半円陣で守るぞ! 》
了解!
俺と三上2尉は中隊長のいる駅の建物へと向かった。駅の周辺には逃げ遅れた人たちの遺体があちらこちらにあった。
インセクトイドは人間だけを襲う。それは捕食するためではなく殺すために。そして殺した後は一切の興味をなくし次の人間へと襲い掛かる。
こんなことを言えば問題になるが、せめて捕食してくれていれば、その間は奴らの動きや侵攻は止まる。そうなればその隙に攻撃することもできる。だが奴らは捕食しない。殺すことだけが目的で行動している。それゆえに侵攻が早い。
せめてもの救いはレールガンを放つと、こちらへと向かってくることだろう。これはレールガンが放たれる時に発生する、エーテルという物に反応しているらしい。地下世界の住人は人間の体内にもそれはあると言っていたらしい。だから人間が襲われるのだと。
しかし我々にはそのエーテルと呼ばれる物は見えない。あらゆる観測機器でも観測できない。中には霊気だとかオーラと呼ばれる物だとか、オカルトチックなことを言う者もいた。しかし科学で確認できない以上、それを認めるわけにもいかない。ゆえに未だにエーテルというものを認識できず、本当にあるのかとさえ疑っている。
本当に霊気とか幽霊みたいなものなのかもしれないが。
俺たちは空から次々と急降下してくる数百匹のインセクトイドを撃ち落とし、斬りつけて処理していった。しかし中隊の数は徐々に減り、蓄電池のエネルギーも底をつこうとしていた。
《 中隊長! こちら通信手! 後方の盛岡駅から救援要請! バッタが地下への防壁を食い破ろうとしているそうです! 》
《 中隊長! 西の地下鉄の入口にもバッタが群がっており救援要請が! 》
《 連隊本部より命令! 盛岡駅へと急行せよとのことです! 》
《 くっ……燃料が足りない! 移動中に行動不能になる恐れありと伝えろ! 各人プラズマソードの使用をなるべく控えろ! アレは電力を食う! 》
次々と入ってくる中隊長あてへの報告を耳にし、俺は何のためにここで戦っているのかわからなくなってきた。この地に来てからというもの、仲間を失い国民を守るために戦ってきた。しかし敵は空を自由に飛び我々の頭上を通り過ぎていく。ここに引きつけることができたのは3分1程度だ。
市の中心部では、逃げ遅れた人たちがリアルタイムでインセクトイドに殺戮されていることだろう。そしてそのインセクトイドは、より人の集まっている地下避難所を見つけた。
俺は何のためにこの三九式強化装甲服乗りになった? 8年前の北海道や世界の各都市で起こったあの地獄から家族や友人、そしてこの日本に住む人々を救うためじゃなかったのか?
しかし現実ではどうだ? 3年前にオーストラリアで戦った実戦経験のある俺たちの部隊が、何も守れないまま壊滅しようとしている。このままでは関東にもこのバッタたちは向かうだろう。
そうなれば親父もお袋も……そしてせっかく生きて再会できた
ならばせめて……1体でも多くこのバッタたちをここで! 家族や友が少しでも生き残る確率を上げるために!
「うおおおお! お前らなぞに! お前らなぞにこの国を蹂躙させてたまるか! 」
《 小長谷! 前に出過ぎだ! 下がれ! 》
「隊長! 自分はもう燃料がありません! 自分を囮に! 群がるバッタを! 」
俺は円陣を組む隊列から飛び出しプラズマソードを抜き掲げた。すると周囲のバッタがプラズマソード目掛けて集まってきた。俺はグングン減っていく蓄電池の残量計を見ながら、近づくバッタを次々と斬り飛ばしていった。
《 馬鹿野郎が! 自暴自棄になってんじゃねえ! 隊長! 俺が援護に入ります! 》
《 三上! くっ……各隊三上2尉と小長谷3尉の援護を! 死なせるな! 》
《 了解! 》
三上2尉……すみません。でも自分は……燃料の無い自分にはこれしか……
俺が背後から援護をしに合流してくれた三上2尉に、心の中で謝罪をしていたその時。
無線から思いもしなかった朗報が届いた。
《 中隊長! 沿岸部の2匹の母船級インセクトイドが、未確認の飛行物体により体内のインセクトイド共々撃墜されました! 》
《 なんだと!? 未確認の……地下世界の住人が援軍に来てくれたのか! 》
《 二体の幌を被った人型らしき物のようです! その二体は高速でこちらに向かっているとのことです!》
なんと! 当初はダンゴムシ型をスルーして宇宙へと飛び立った地下世界の人たちが、まさかここにきて助けに来てくれるとは!
《 小長谷、三上! 下がれ! エルサリオンの援軍だ! このタイミングで死ねば無駄死にだぞ! 踏ん張れ! そして生き残れ! 》
りょ、了解!
俺は中隊長の命令にプラズマソードをバッタに突き刺した状態で手を離し、背中に回していたレールガンを両手で再度持って三上2尉と交互に牽制弾を撃ちつつ後退した。
《 小長谷、これで借りは返したぞ! 》
「三上2尉……付き合わせて申し訳ありません」
《 いいさ、実は俺も同じことやろうとしてた。早まらなくてよかったよ 》
「ははは、堪え性がなくてすみません」
俺は三上2尉に詫びながら半円陣へと戻った。中隊は残り40機ほどだ。機体を損壊した者たちは救出し、後方の中に避難させた。俺たちはもうここから動けない。地下世界の国らしきエルサリオンの救援を待つしかない。
そしてそれから10分ほどした頃。ソレは、もの凄い速度で俺たちの頭上に現れた。
《 なっ!? 人!? エルサリオンのパワードスーツではない? 》
《足が! 人間の足が見えます! 》
《 フードの中にぐ、グレイ!? いえ、白とピンクのグレイの仮面をしていると思われます! 》
《 未確認……なるほど。確かに今まで確認されていなかった物体だ。通信手! 連隊本部はなんと? 》
遠距離観測機器を搭載したサクが、ここからだと点にしか見えないほどの高度にいる頭上のエルサリオンの人間と思われる2人を観測した。
中隊長含め皆がエルサリオンのパワードスーツではなく、生身の人間であることに驚いていた。
《 ハッ! 少なくとも敵ではないと。あ、師団本部より追加の命令ファイルが届きました。少々お待ちくだ……か、彼らは三重県沖と奈良県内の全てのインセクトイドを殲滅したと確認されました! エルサリオンの人間である可能性が高く、決して敵対行動を取らないよう命令が出ています! 》
《 奈良県内に侵入した2千のバッタをだと!? 》
俺は中隊長と通信手の通信を聞いて信じられないない想いだった。三重県と奈良県は部隊の展開が間に合わず、やむなく防衛対象から外した。北海道方面は過去の上陸履歴から予想していたので展開は間に合ったが、関西方面は手薄だった。現在は第5中隊と機甲大隊が大阪で展開しているはずだ。
そのインセクトイドを全て殲滅した? いったいこの短時間でどうやって?
しかし俺のその疑問はすぐに解決することになった。
どういうわけか俺たちに襲い掛かっていたバッタが、1匹残らず頭上で滞空する2人目掛けて突進していったのだ。
そして次の瞬間。
ドンッ!
「なっ!? 雷!? くっ……モニターが! 」
《 ……総員……機……チェッ……ク 》
バッタ型インセクトイドが頭上の2人を埋め尽くそうとした瞬間。とてつもないほどの数の落雷がバッタたちを直撃した。そのあまりの威力に磁気が乱れ、モニターや通信機器が一瞬ブラックアウトした。
俺は急いで予備のモニターに切り替え、メインモニターを再起動させた。
そしてモニターには、黒い雪が降り注ぐ光景が映し出された。そこにはバッタの頭らしきものが時おり見えて……
一撃で消し炭に!?
俺があまりの威力に背筋を凍らせていると、今度は立て続けに銃らしき物の射撃音と再び落雷の音が聞こえてきた。
いったい上空では何が……
それから盛岡駅方面からも大量のインセクトイドが飛んでやってきたが、その全てが落雷や火炎放射器のようなもので焼き殺され殲滅された。
俺たちはただ頭上を見上げ、黒い雪が降ってくるのを見ていることしかできなかった。
そして数十分したのちに、1人が我々に手を振る仕草をし2人は北へと飛び立っていった。
「隊長……今手を振ったように見えたのですが…… 」
俺は隊長にも見えたか確認した。
《 俺にもそう見えた。観測手はどうだ? 》
《 はい。間違いありません。我々に向かって手を振っていました 》
やはり見間違いではなかったか。8年前に救援に来てくれたエルサリオンのパワードスーツ部隊は、そんなことはしなかったのだが……
《 そうか……北へと向かったということは函館も救ってくれるようだな。味方というのは間違いなさそうだ。我々は命令あるまでここで待機。その間に負傷者の治療と機体の応急措置を行う。かかれ! 》
《 了解! 》
中隊長の命令で俺たちは行動を起こした。
何はともあれ生き残った。またもやエルサリオンの圧倒的な武力に救われて。
俺たちはいつになれば自分の身を自分で守れるようになるのだろうか。
そして現在の軍備で、今後インセクトイドの侵略から日本を守ることができるのだろうか……
俺は今回飛行型インセクトイドが現れたことで、もっと強力な個体がいるのではないかと不安を感じていた。
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