第5話 それぞれの道⑤

 握っていたスコップが淡い光に包まれた。光は真っ直ぐ天へと登って行き、広がって空中で文字となった。記されていたのは、いにしえの言葉だった。これが奇跡の呪文だろうか。

 一か八か。セルマは銀のスコップを高く振りかざして、その言葉を詠み上げた。

 In pace requiescat 《イン パセ レクイエスカット》

 意味は「安らかに眠れ」だ。多分。


 セルマが唱え終わると、空の文字は風船のように大きく膨らむと、パンと破裂して白い光の粒となって、墓地に降り注いだ。

 光の粒に打たれた緑の騎士たちの動きがピタリと止まった。騎士だけではない。墓から這いずり出て来た死体たちも動きを止めた。


 やがて、騎士たちはぞろぞろと、もと居た礼拝堂の地下に戻って行った。屍たちも自分たちの墓に帰り出した。彼らはついでに、その辺の敵兵も体半分地中に引きずり込んで、身動きを取れなくしてくれたので、セルマたちにとっては、非常に助かった。


「まったく。」

 セルマはつぶやいた。

「この呪文、普段も使えたらいいのに。そうすれば……」

 毎日の仕事が、もっと楽なのに。


 うーん、と唸って、気を失っていたランドルフが目を覚ました。まだ頭がボーッとしているらしく、おぼつかない視線で、周りをキョロキョロと見回した。

「これは、いったい、どうなったのだ?」

「終わったよ。ランラン。」

 セルマは言った。世はすべて事もなし、だ。


「セルマ、セルマ、ねばもー。」

 空からレイの声が聞こえた。

「もうすぐ、アンブローズ公が到着するよ。」

  レイは墓地の惨状を見ると、あんぐりと口を開けた。

「ねばもー!何があったの?」

「うん、まあ後で話すよ。」


 間もなく、ランドルフの伯父のアンブローズ公の一軍が到着した。彼らは、へたり込んで動けなくなっていた王妃と、その一味を捕らえ檻車かんしゃに入れると、セルマに厚く礼を言ってランドルフを連れて去って行った。絵に描いたような大団円だった。


 さてと、後片付けをしなければ。セルマは墓地を見渡した。墓石や石柱がごろごろと転がり、地面のあちこちは陥没している。惨憺さんたんたる有り様だ。この状態では元通りにするまで、かなり時間がかかるだろう。

 ジェイさんとフレッドは、もう後片付けに入っていた。さすがは二人、手際がよい。


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