第4話 薔薇の王妃⑤

 王妃が侍従を呼んだ。侍従は恭しく王妃から鍵を受け取ると、門の前に進み出て、鍵穴に鍵を差し込んだ。カチリと錠の開く音が響いた。


「こうなったら」

 セルマは先手を打って呪文を唱えた。

あざみよ薊、まもりの花よなんじの棘で我が敵をはばめ。」

 門の前に薊が芽吹き始めた。茎は驚くべき早さで大きく成長すると、花を咲かせ、門を覆い尽くしてしまった。


「よくやった、セルマ。」

 ランドルフが叫んだ。

「ありがとう、ランラン。褒めてくれて嬉しいんだけれど。」

 門の向こうから、火を放て、の声が聞こえた。セルマは申し訳無さそうに言った。 

「この魔法、火に弱いんだ。」


 薊は音を立ててくすぶりはじめ、メラメラと燃え上がっていった。

 セルマはランドルフの手を掴んで坂を駆け上がった。ジェイさんとフレッドも後に続いた。念のため、気休め程度に三回ほど同じ呪文をかけておいた。

「他の魔法は使えぬのか?」

 ランドルフの問いにセルマは答えた。

「ごめん、他はうろ覚えで、魔道書がないと使えないの。」

 魔道書は家の奥にしまい込んでいた。取りに行っている暇はない。


 坂の下で喊声かんせいが上がった。馬のいななきやガチャガチャと鎧の擦れ合う音がどんどん近づいて来る。門が破られて、兵士たちがなだれ込んで来たようだ。あざみの罠も長くは持たない。


「そなた、空は飛べぬのか。」

 ランドルフは息を切らせていた。

「無理。」

 初めての飛行実習で高い所から落ちて、履修りしゅうするのを止めたのだ。こんなことなら、怖がらずに受けておけば良かった。


(セルマさん、こちらへ、礼拝堂の方へ。)

 不意に、マデリンの声が聞こえた。セルマは、言われるままに、礼拝堂の方へ向かった。鐘撞き台にマデリンの姿があった。

(私に任せて)

 彼女は鐘を鳴らし始めた。一回、二回、三回……九回。

 セルマはマデリンの意図に気付いて、蒼くなった。

「駄目よ、マデリン、やめて!」

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