第2話 棺の少年⑥

 棺の中で何かが暴れていた。

 耳を済ましてみると、開けろ、とか、出せ、とか言っているようだ。

「ジェイさん、フレッド、ちょっと待って。」

 セルマは二人に棺を上げるよう指示した。

「その棺を開けてちょうだい。」


 ジェイさんが棺の蓋をメリメリと引き剥がすと、中からよろよろと少年が起き上がった。栗色の巻き毛に青い瞳。肖像画によくある、ひだひだ襟の服装をしているところを見ると、裕福な家の子どもだろう。


「ふう、ひどい目にった。」

 少年はセルマに気がつくと、棺から出て、優雅に一礼した。

「感謝する、乙女よ。我はさすらい人なり。名もなき生を歩み、名もなき死を迎える者。」

「ふざけるんじゃない。」

 セルマは思わず、少年の頭を小突いた。


「痛い、何をする、この無礼者!」

「あんたいったい誰なの?」

 セルマは少年に尋ねた。


「呆れたものだ、みやびな挨拶というものが分からぬのか。」

 少年はふんぞり返って名乗った。

「我が名はランドルフ・ランダル・ランバート・ラングレイブ。この国の第一王子である。この身の程知らずが。」

「あ、知ってる、確かウナギを食べて死んだ人だっけ?」

 少年は顔を真っ赤にして怒った。

「それは先々代だ。私は生きているし、そんな間抜けではない。」

「では、どういうことか、説明していただけますか?ランラン殿下。」

「ランドルフだ。」

 ランドルフはセルマを睨みつけた。


 へぇ、流れ者の次は王子様ねぇ。

 セルマは冷めた目で少年を見つめた。近頃の子は。何考えてるんだか。

「そなたの名は?」

 ランドルフが尋ねた。

「セルマ・アルウィン。この墓地の守人よ。」

「墓堀りか?」

「違う、墓守よ。」

 その時、ぐう、と大きな音が響いた。ランドルフのお腹からだった。ランドルフの顔が、こんどは恥ずかしさで真っ赤になった。

「では、食事にいたしましょうか。殿。」

「ふん。」

 セルマは彼を家に案内した。マデリンの姿はいつの間にか消えていた。

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