第1話 墓の魔女②

 その十日ばかり後、セルマは暗い表情で馬車に乗っていた。城の人事官はセルマの顔を見るなり、何も訊かずに即採用を宣言した。かくして、面接落ちの望みはあっさりと絶たれてしまった。


 人事官は、その場で手引書を渡すと、七日後に迎えをやるから、それまでに目を通して、支度をしておくように、と言った。そして、今日に至った訳だ。


 道が悪いらしく馬車はひっきりなしにガタガタと揺れた。墓地が城壁の外だなんて、聞いてなかった。

 朝方に城門を出て殺風景な街道を走り、森を抜け、荒れ野を横切り墓地までたどり着いた頃には、日が暮れようとしていた。


 墓地の入り口に小さな詰め所があり、中継ぎの管理官と名乗る人物がセルマを迎えた。彼は、やつれて憔悴しきった顔をしていた。しかし、セルマの顔を見ると、目を輝かせて何度も礼を言った。


 今夜は詰め所で泊まることにした。セルマは疲れていたので、食事が終わると早々に床につき、すぐに眠りについた。


 夜半を過ぎた頃、セルマは目を覚ました。墓地の方から何やら音が聞こえてくる。叫び声や喚き声、すすり泣き、呪いの声に、けたたましい笑い声。うるさくて眠れなかった。


「昨夜のあれは何です?」 

 翌朝、朝食の席でセルマは聞いた。

「ああ、あれはああいうものです。」

 中継ぎは答えた。

「だから、墓地から聞こえてきた声は何なの!?」

 と、セルマは言葉を荒げた。


「何と言ったら良いのか、動くしかばねとか、歩く死体とかそういうものです。夜になると、起き上がって墓地の中をうろつき回るのです。まあ、柵には強力な結界が張ってあるので、通常は墓地から外に出ることはありませんが。」


「私の仕事って、墓地の美観保全と聞いてたんですけれど。」

「もちろん、そうですよ。ああ、そうだ。あなたが来たら、これを渡すように言われていました。」

 それは、面接の時に貰ったぺらぺらの手引き書とは比べものにならない、皮表紙の分厚い指示書だった。

「何これ!!」

「夜になるまでに良く目を通しておいて下さい。」

 セルマは呆然とした。


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