第119話
(119)
誇り高き死が此処にも迫ろうとしていた。
鷲の嘴に孤影が落ちて倒れた。孤影は両膝を激しく大地に突くと後はそのまま突っ伏した。その瞬間装具が激しく音を立てて外れた。自らを縛り付けていた運命もまたこの時、自分を解き放したのだと孤影は感じた。
全ての肉体を息づかせるその心臓が終わりを告げようとしていた。
脈打つ回数があとどれくらい残っているだろうか。
ベルドルンは思った。
それから自らに問うた。
自分が招いたのは過ちであったかもしれない。峡谷を吹き上げて来る風に誰かのすすり泣く声が聞こえたからだ。
全ては自分の都合よくは行かなかった。犠牲者を出さないとおもったことは自分の我儘であった。
しかしながら、と思った。
自分は自分の運命に従い生きた、この時まで生きた気がした。
今でも空飛び腿を射抜かれた時の痛みを覚えている。その痛みこそが自分の運命の痛みの始まりだったのかもしれない。
自分は娘を愛する父親から娘を奪った。
それも種族を越えて、招かざる死を招き、もし自分が現れなければいつまでも続くだろう親子の幸せを奪ったのだ。
それもその終わりを悲劇的な死で招いた。
それが竜と人が交わることで生まれる業の定めを知らなかったとは言え、全ては自分の甘さだったのかもしれない。
そこでベルドルンは不意に微笑んだ。
恋もまた
自らの甘さであったか。
伝説上のルキフェルもまた若者だったのかもしれない。神ではなく、唯の若者だった。だからこそ心に甘さがあり、人間の美しい娘と恋に落ちたのだろう。
そう思うと、ベルドルンは再び満更ではない微笑を浮かべた。
心臓の鼓動がゆっくりとなってゆくのが分かる。
その鼓動の中で思う事。
(もう一度、君に逢えたら…)
ベルドルンは瞼を伝ってくる熱さを感じた。それが涙だと分かると、やがてもう考えるのをやめた。後は戦士として喜びの野に向かうだけだ。
ベルドルンの耳奥に声が聞こえる。
それは誰だろう、
もう間近に暗闇が来ていた。
その声は自分を呼んでいた。
呼んで
呼んで
いつまでも響いた。
そう
――戦士に穏やかな夜は来ないのよ、ベルドルン。
だから起きなさいと。
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