第114話

(114)


 命というのは自らに最大の危難が迫る時、全てを滾らせる何かをその血の底に持つ宿命があるのだということを、戦場に息をしているものは誰もが知っている。。

 それは生を甘受した何者であろうとも、だ。

 

 人間でも

 竜人族であろうとも

 昆虫であろうとも

 植物であろうとも

 そして

 それが忌まわしき存在であろうとも。


 騎士達は乱れた陣形を立て直す様に傷付いた戦士達を回収し、再び二段構えの壁となった。

 それは瀕死の抵抗に抗するための壁。

 そして分かるのだ。

 戦場の空気が誰をも緊張させる。

 そう、全ての終わりに近づいている者こそ、恐ろしく、最も抵抗しうる何物にも代えられぬ最凶の戦士だという事を。

 それは『死』という時が運ぶ見えぬ嵐を背に纏う戦士なのだ。

 その嵐を呼んでいるのは、

「隊長、暴れ竜(ベルドルン)の翼が!!」


 ベルドルンは矢が暴れ竜の視界を奪った瞬間、竜巻を呼ぶかのような竜の叫びに掴まるように、身体を空へと跳躍させて反転させると、斬撃を暴れ竜に見舞った。

 その回転力を加えた一撃は、暴れ竜の翼を一刀両断に切った。

 翼を切られ暴れ竜の肉片が周囲に飛び散り、片翼となった暴れ竜が遂に自分に訪れるべき瞬間を感じて、空高く咆哮したのだ。

 その瞬間を騎士達は見逃さず、再び訪れる最大の危機を感じて、倒れる戦士達を肩を担ぎながら、それでも戦場に再び規律を運ぶ為に、整然と暴れ竜に立ち塞がった。その先に見えたのが、大地にゆっくりともげて落ちる暴れ竜の巨大な片翼だった。

 まるでそれは地滑りの様にゆっくりとどすりと落ちた。


 ――今こそ、だ。


 誰かが叫んだ。


「総員、突撃!」

 言って駆け出す騎士達。

 一目散に巨大な暴れ竜へと駆けだす。

 誰もが知っている。

 いつぞやの時には若かった自分達の代わりに年老いた戦士達が、こうして命を差し出して、暴れ竜と対峙したのだ。

 その犠牲になった時があって、今のアイマールがある。

 そしてそこに厳しくも生きる太陽のような若き者達が居るのだ。

 その者達の未来の為に捨てるべき命が騎士の勤めであり、戦士としての生きようなのだ。

 それこそ、

 誇り。

 暴れ竜の肉体に突き刺さる槍の御先にはそんな誇りがある。


 ――貫くのだ!!


 運命を

 やがて輝く未来の子らの為に。


「再びアイマールに輝く時を運ばん!!」


 誰かの叫びに皆が視界を一点に定めた。

 それこそ

 竜の心臓。


 ベルドルは斬撃を加えた長剣を今度は暴れ竜の首筋へと立てた。

 その瞬間、僅かな感傷が心を追った。

 騎竜である。

 自らが愛した竜である。

 だが今は唯の竜の蛮族である。

 この竜も、また、父が居て母が居た。

 だが、此処は戦場なのだ。

 

 ――情けは無用。


 長剣が煌めき竜の頸動脈を貫こうとした時、騎士達が全員暴れ竜の肉体へ激しくぶつかった。

 だがそれは暴れ竜が最後の力を絞り出すかのように大きな首を振り回して、大きく身体を回転させた瞬間だった。

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