第111話

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「リーズ!」

 孫娘の不意の動きに思わずローは声を上げた。

 左目を貫かれた巨竜は空高く上昇する。上昇しながら貫かれた矢を振り払う。

 手の甲で目を拭くシリィ。

 彼女は再び素早く矢を番えて弓を引いた。それから彼女は歯を食いしばり、再び矢を放つ。矢は上昇してゆく巨竜の翼を貫く。

 叫び声をあげる巨竜の声に負けまいとシリィは言った。

「私達は家族、その誰もが運命を背負い、その運命の輪の中で懸命に生きている。だからこそ…」

 シリィは再び矢を番えて弓を引く。翼をはためかす巨竜が見える。

「私も戦う。もし母さんがここに居たらきっとそうする筈。私は家族の灯、誰もが戻って来られる場所に灯る静かな灯かもしれない。だけどその灯に映る家族の誰かに危険が迫れば…」

 シリィは指を開き、矢を放った。力強く石を込めた矢が放たれた。それは音も無く今度は巨竜の足を貫いた。

「私は武器を手に共に取り戦う!!それが家族なのだから!!」

 ミライはシリィの内面の急激な変化に驚いた。

 それは若しかすれば戦場という異常な興奮状態がシリィの内面を覆う精神の樹皮を剥いで、その下に眠る新しい精神を生み出したのかもしれない。それは血脈という中に眠る自分を司る大いなるものからの強き遺伝。

 今の君は

 まるで…

 ミライは気持ちを込めて彼女を呼んだ。

「シリィ!!」

 振り返った彼女の眼差しの奥に自分が映っている。


 ――護られ護られるのは互いなのよ。それが山岳王国アイマールに生きる人々の誇りではなかった?

 違う?

 ミライ?


 無言の問いかけのような重さがずしりと音も無くミライの心に圧し掛かる。

 だが、シリィの変化は誇りだけでは無いかもしれない。この戦場に於いて人は何もかもをさらけ出す。先程迄、祖父と父の謂れなき戦いを目にした乙女が、自らの意思を強く発言したとしても何が悪いことだろうか。全てをさらけ出して尚、語り合うことができる場所こそが此処だったのだ。そこで愛が生まれても可笑しくはない。

 そう、運命を共にして生きようとする家族への愛が。

「ミライ」

 自分を呼ぶシリィの声に顔を上げる。

「…あなたの授かった力を私達の為に」

 ミライが頷く。

「私には分かる。私の矢ではあの巨竜を斃すことはできない。精々、小さな傷を負わせて動きを止めるぐらい。だからやはりあれを斃すには…」

 言ってシリィはローを振り返る。

「おじい様のあの巨砲ともいえる銃と…」

 言ってためらいがちになりながらもシリィは顔をベルドルンに向けた。

「…父のあの剣の一撃ししかないと思う」

 それから空へとシリィは目を遣った。

「見て、旋回している。きっと巨竜こちらへ急降下して来る筈よ」

 それでその場にいる皆が空を見上げる。

 シリィの言葉は正に的確に戦場の様相を掴んだ言葉だった。誰もがもしここで相手を斃そうとすれば、それ以外にないという明瞭な答え。

 その答えの視線の先に翼をばたつかせながら翼に突き刺さった矢を振り払おうとする巨竜が見えた。小さき獣の放った噛み傷を不遜がる傲岸さの現れた竜の蛮族の咆哮が響いて矢が翼から折れて峡谷の底へと落ちるのが見えた。

「来るわ!!」

 シリィがミライへ言う。

「教えてミライ。あなたの隠された力を!!」

 ミライは力強く頷いた。頷くとミライは左目を抑えて指をゆっくりと動かした。

「シリィ、僕の力とは…」

 垂れた前髪の奥で動くその指の動きはまるで何か球体を転がす様な動きだった。

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