第110話

(110)


 時の輪廻というものがあるのであればそれはきっと雨土の様に幾年もの歳月を経て堆積して、そこに広大な大地を創り、やがて地続きの大陸になるだろうか。いやもしかしたら輪廻を感じる人は若しかすると空へと昇る塔の様なもので、幾人もの人々をそこに引きこみ営みを育て、やがて天へ最も近い最上へと人々を歩ませ完結させるものかもしれない。

 つまりやがては『一つ』へと完結してゆく道のりを輪廻というのかもしれない。

 ここは『鷲の嘴』に降り掛かろうとしている災厄の巨竜の影は、まるで時の輪廻の塔の最上へと歩いてきた人が見る光景としては、相応しい物なのだろうか。長い時の輪廻という階段を歩きながらたどり着いた先に見えたものが、巨竜の姿であるというその光景に、一体誰が時の輪廻の終着の鐘を鳴らすというのか。

 ミライは駆けだそうとする歩みを止めて、シリィを庇うように立つ。行かねばならぬ場所はもう過去に追いやられた。自分が成すべきことを必要とされる現実に向けなければならない。


 ――ミライ、お前のその左目の力。

 それはいつか愛する者を護る時が来るまで隠しておくのだよ、いいね。


 響く祖父トネリの声。



 ミライは迫りくる巨竜へと向かう二人の装具を着けた老戦士の背を見た。その全身からは積年背負っていた見えない何かがはげ落ちて、その下に新しい何かを感じる。それは新しい精神という纏いかもしれない。だがそれは儚く、やがて霧散して消える様な悲しみのようだ。


「――ミライ、シリィを頼むぞ」


 言うとローは銃に弾を込めた。それから装具を叩く。

「うむ、まだまだこいつは頑丈だ」

 顔を上げてミライを見る。顎が張るその顔はひと際美しい笑顔を見せた。

「何という幸運なのだろう。儂はこの装具にトネリの意思を感じながら戦える。もう一人の友と共にな」

「ロー」

 ミライが言う。

「何だ、早く行け」

 それにはミライは答えない。まるで運命の決着から外されそうなことは言わない。

 代わりに

「僕には祖父から授かった力がある」

 それにローは僅かに顔を向ける。向けてシリィを見た。

「ミライ、その力はシリィの為に使ってくれ。これからの運命を背負っていくシリィを護力として使ってくれないか」

 言ってからローはシリィを見た。

「シリィ、早く行け。ここは儂とベルドルンの戦場なのだ」

 そこで孫娘を突き離す様に強く語気を強めた。

「行かぬか、シリィ!!」

 だが、シリィは先程の涙交じりの声ではなく、運命に逆らうとする意志を持った一人の乙女のような力強さで言った。

 そう、まるでこの世界を知りたいと願った娘(リーズ)のように。

「嫌よ!!」

 それだけではない。シリィは素早くマントを捲ると弓に矢を番え強く引き絞り、矢を手に取り狙いを定めて放ったのだ。

 それは迫りくる巨竜の眼前へ音も無く迫り、やがて左目を見事に貫いた。

 それを見てベルドルンがシリィを振り返った。その矢の軌道、音も無く竜へと突き刺さった矢。

 それこそまさしく自分の腿を貫いた矢ではなかったか。

 風を切るように飛ぶ矢。


(リーズ!!)


 心の中でベルドルンは長年感情を込めて呼ぶことを忘れていた人間としての妻の名を呼んだ。

 そう枯れぬ花(オーフェリア)としてではなく。

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