第109話
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それに気づいた全ての視線が空を見る。それは翼を備えたもう一つの暴れ竜が飛翔している。
そう、まさにあれこそ。
「あれは私の騎竜、子の危険に眠り(マイム)から目覚めてやってきたのだ」
ミライは今自分を覆う巨大な影を見た。それは人の何倍もあるのか。
そしてそれを思うと眼下の戦場を思った。戦う者達は何という化け物を相手にしてるのか。まさに生死もおぼつかない所なのだ。まさにベルドルとロビーが戦う場所は死地と言えた。
だが、その死地へ行かせまいとする意志がその場所で風になった。その風は素早く銃を構えて、暴れ竜へ撃鉄を引いた。
ばぁあああん!!
耳を突く音にミライは自分の気持ちを切らせてしまったことを悔いた。何故なら視線の先に先程迄視線を彷徨っていた戦士が再び気力を取り戻し、鬼気迫る表情で銃を構えていたからだ。
放たれた銃弾は暴れ竜の翼を撃ち抜いたようだった。それで暴れ竜が咆哮を上げて、翼を反転させると戻るようにこちらへと方向を変えた。
つまり敵をここに認めた動きだった。
それを見てローは手の甲で口を拭いた。
「行かせんぞ!!あそこには」
ローは弾を込めて再び銃を籠めて構える。
「おじい様!!」
シリィの金切声が岩壁に反射してミライの鼓膜に響く。
「逃げて!!早く」
その言葉に老人は首を振った。
「逃げぬ」
そして再び言う。
「ここは儂の持ち場。絶対にあいつをあそこに行かさん!!」
再び銃を放つ。
ばあぁああああん!!!
弾は暴れ竜を逸れて空へ消えた。ローは弾を込める。その所作に恐れは見えない。
だが静かにミライを見た。
「ミライ」
老人が言う。
「ロー」
「行け!!ここからシリィを連れて去るのだ。あの霧風の道を通ればここを避けて戻れる」
「しかし!!」
「しかしもへったくれもない!!」
ローの鬼気迫る迫力にミライはたじろいだ。
「急ぐのだ!!」
「嫌よ!!」
シリィの涙声まじりの叫び。
しかしそれを今度は父の声が押さえる。
「行くのだ、シリィ」
ベルドルンが立ち上がる。その体は満身創痍と言っていい。しかしながら、その相貌には再び戦士としての鬼気が戻り始めていた。それを見てローが言う。
「ベルドルン…」
ローが言う。
「お前も去れ、娘たちと共に」
「何?」
「分からぬか。今のお前ではあの時みたいにゆかぬ。あの時のシリィが乗り捨てた翼竜(ワイ―バーン)を退治した時の様に…はな」
沈黙が有った。
戦士が二人、何かを繋いでいる時の鎖が音も無く足元に絡みついている時の音が沈黙だった。
ベルドルンは沈黙を嫌ったのか、ローに言った。
「…ではなおさらだろう。まさに時は巡りあの時の再びの決着を今ここでつけようじゃないか」
言って息を吐いた。
「我らが愛すべき人々の未来の為に。古きものは去るべき時去り、若きもの達へ未来を託すのだ」
その瞬間、ベルドルンの翼が羽ばたき始めた。
「私はやる。この命を懸け、二つの心臓の共鳴が肉体の内で終るその時まで戦う。そして…」
言うとベルドルンはレイピアを取り、構えた。
「ロー、私は竜王国(ドラコニア)の戦士。自ら招いた災いを狩る責任がある。それは私の仕事だ。君こそ彼等と共に去れ」
「ならばお前だけではないな、その責任を負うのは」
思わぬ言葉にベルドルンが反撥する。
「何?」
ローは僅かに笑みを浮かべた。浮かべると酷く懐かしい人に向かって言うようにベルドルンに言った。
「何故なら我らは家族なのだから。例え種族が違えども我らは血を繋げた家族なのだ。そう、リーズが我らを一つにしたのだ」
――そう、互いを分つものを一つに帰そうではないか
ベルドルン。
風が吹いたかもしれない。それは目の前に迫る現実とは程遠い風。
そしてその風に吹かれて流されてゆく栗色の髪。
互いが分った時は遂に源に戻ったのだ。
リーズ。
問いかけに振り返る娘よ、
君よ。
美しく微笑んでいるね。
本当に嬉しそうに。
そうさ、
全てはやっと一つになったんだ。
未来を繋いだよ
これは僕等の
儂らの仕事だった。
戦士達は互いにもう何も言わなかった。心の深い所で満足に充足されているのだ。何といえぬ満足だろう。
一人は銃を
一人は剣を手にする。
自分達の未来へと続く者達への希望となるべく、絶対に戦いに勝つのだという思いを震わせ、眼前に迫る絶望を振り払うべく、彼等は立ち上がった。
恐れるものは何もない。
後は満足の野で死ぬだけなのだから。
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