第107話
(107)
自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
気がした、のだ。
ベルドルは口を閉じて錆びた笑いを浮かべた。
その声が誰であるのか。
その詮索は無用である。
此処は戦場。どちらかが相果てる迄殺戮は続くのだ。
気持ちを繋ぐものは必要ない。
ベルドルは長剣を大地に触れる寸前まで下ろしている。
それには意図があった。
――まずは、
瞼を細める剣士に映るもの、
それは暴れ竜の初劇を弾く為。
暴れ竜は首を上げると風を巻き起こしてベルドルへと口から牙を上げて襲い掛かった。
つまり、是は
(…予測済みだ!!)
巨竜は片方の目を岩壁にやられて潰している。ならば視界の広い所から獲物を狙うだろう。
もはや自分の騎竜だった時の知性はなく、ただの竜の蛮族としての習性だけが、巨躯を支配している。
――情けは無用。
ベルドルは下段から上段へ剣を振るう。長剣は大地から鎌首を上げた蛇の様に伸びて、暴れ竜の牙を剣戟の音と共に払う。
それだけではない。
払いながらベルドルは躰を低く回転させると首下へ潜りこみ、今度は剣を横に薙ぎ払う。
茶色の束ねた髪が揺れて尚、その殺戮の手は緩めない。
ベルドルの伸びた手が狙ったもの。
それは足の脛。
やがて鮮血が跳ねて飛び散る。
暴れ竜がそれに咆哮を上げて巨躯を仰け反らせる。
今度はその瞬間。
(狙うなら今こそ…!!)
ベルドルの心の気迫が通じたのか、はたまた歴戦の戦士たちの勘がそうさせるのか、騎士達が一斉に動き出す。
「前列、突撃ぃい!!!」
騎士達は一子乱れず突撃する。狙うは反り返った暴れ竜の腹。
突撃すべき誰でもいい、そう、どこでもいい、暴れ竜の心臓へ槍を突きたてさえすれば。
がっ!!
がりっつつ!!
鎧と肉体の激しい衝突音が峡谷に響く。 それは数人の騎士達の塊が暴れ竜の肉体と激しく交差した事を意味する。つまり戦闘が開始されたのだ。
そう、どちらかが死に絶える迄の戦いが。
(見事!!)
ベルドルンは素早く腰を低くし、まるで狼の様に這う様に走る。走って今度は倒れようとする騎士の背に飛び乗り、空へと飛翔する。飛翔して今度は長剣を真上に上げて勢いよく振り下ろした。
その姿はまるで
「空鷹(ホーク)!!」
後列で槍を構えて動かない騎士の誰かが叫ぶ声がロビーに聞こえた。ロビーは弓矢を構えている。こんな華奢な武器でこの暴れ竜に何が出来るのか。
(そんなことは分かっておる)
ただ、自分にできることは今これしかない。この戦場で出来る最上の事をすべきしかないのだ。
戦場は自分に出来ることを否応なしに教えてくれるものだ。
存外、それは良い物なのかもしれない。
自分の弱さも脆さも全てさらけ出させてくれる。勝利に美しいもの形はない、唯々、或るのは生き延びようと努力する者達に捧げられる恩寵しかないのだ。
だからこそ
まず、自分は矢を放った。ベルドルと名乗った自分と年変わらない剣士が振り下ろした長剣で翼を切られた暴れ竜の見える目を狙って。
ひゅっ!!
空気を切り裂く小さな鋭い音。戦場の喧騒を縫うような糸の音に、だが暴れ竜は気付いたのか、首を捻らせると矢を避けた。
獲物を失った矢は峡谷へと落ちてゆく。
だが、
ロビーは心を震わせる。
(俺はあきらめない!!)
素早く矢を番えて、弓を引く。そして暴れ竜を見る。
その時だが、暴れ竜と目が合った。
――狩る者と狩られる者の視線が交差する。
今はまだその立場がどちらかは分からない。だがやがて戦場はその結果を教えてくれる筈だ。
戦場の結果こそが全て。そこには生者のみ が受け取れる神の祝福があるのみ。
(俺はあきらめない!!)
強く奥歯を噛みしめた時、ロビーに声が聞こえた。それは自分を呼ぶ声。そして「ここに居てはいけない筈の友の声だった。
「ロビーーーィ!!」
反射的にロビーは思った。
――来るな!!
ミライ!!
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