第102話
(102)
鷲の嘴から見える眼下の光景。
それはルーン峡谷の細く長い岩肌の路に覆いかぶさるように伸びる無数の人の群れ。
遠目に見れば土の下に群れる蟻が甘い蜜を運ぶ群れの様に見える。
だがそれは勿論、蟻ではない。それは人間だ。長く伸びた隊列はシルファへ運ぶための荷駄である。
その荷駄は一年かけて山岳の痩せた耕地耕して収穫したシルファへのせめてもの返礼の品々。
返礼とは何か?
それは塩に対する大国シルファへの小国アイマールのせめてもの返礼。
山岳の斜面を照らす強い太陽の陽ざしのなかで汗水まみれで収穫した収穫物を荷駄に積み、夏至の日にシルファへ向かうのは国の決まりとはいえ、旅行く若者にとっては厳しい山岳で生きるこれからのせめてもの慰めになるひと夏の太陽輝く下を行く旅。
人生において輝く太陽を見上げるのは瞬きの瞬間でしかない。
そしてその輝きの中で生を受けて、花開く時というのも僅かな瞬間でしかない。それは厳しい山岳に生きる若者に許された特権であろう。
だからこそ年老いた大人たちは彼等のひと夏の旅を邪魔せず、むしろそれらを大事にすることを誇りにして生きている。
なぜならば老人もまた若者であったのだから。
だからこそ、槍を身構える騎士達の全身には若者達への去来する思いに震えんばかりの感動と誇りが共立し、今こそその責任を果たさんとばかりに巨竜へ向かって壁となって立ちふさがっている。
その気持ち。
責任の尊さ。
やがて来るかもしれない破滅。
兜を下ろしたその中で誰もが願う事は、今はただ若者達への壁となり、何としても若者の達の時間を邪魔しない、いやこれから生きる者たちへの犠牲になる。
――そして願わくば、一人でもこの死地から生還して欲しい。
その強い意思が一糸乱れぬ二列の隊列となって巨竜へ向かって槍を立てている。
その光景が、今鷲の嘴から見えるのだ。
――誰の目に?
それは
ミライに
シリィに
ローに
そしてベルドルンに…。
だが誰もが絶望を感じていた。あの暴れ狂わんばかりに翼を広げ始めた巨大な竜に向かって、いかなる希望が在って生の保証があるというのか。
ましてやシルファへ向かう荷駄の無事すらも、ままならない。
それはつまりあらゆる意味での絶望を意味しているのだ。
――アイマールの国の人々も
若者達も
責任の為に誇りをかけて立ちふさがる騎士達も
その誰もの運命に今絶望が翼を広げて覆おうとしている。
そしてその翼に呼応するようにもう一つの巨大な翼が動いているのもまた誰も知らない。
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