第66話

(その66)




 湿り気の有る深い森の葉を手で払いながら、苔の生えた道を足早に駆けて行く。

 まるで風を切る様に進むその歩みは森を走る草獣と何ら変わらない。

 先を行くシリィの緑染めのマントに何かが落ちるのがミライには見えた。素早く手にした焔杖イシュタリの炎でそれを焦がす。

 焼けるような臭いがすると焦げた黒い塊は自然と地面に音も無く落ちる。

 それをミライが踏みつけ、風の様に先へ進む。

 もうすでに何匹の山蛭を踏みつけたことか。

 ミライは深くかぶるフードの先から自分達が進むべき先を見る。

 進む道は森を覆う深い影に覆われているが、それがゆっくりと右に曲がっているのが分かる。曲がる先には陽が差し込んでいるのか、明るく岩肌が見えた。

 シリィは弾むような足取りで軽々と肩に背負った弓を揺らし道に生える木々に根を超えて、そこを目指して行く。

 そのシリィの姿が右に曲がり、後を行くミライの視線から消えた。

 するとシリィが叫ぶように言う。

「ミライ、見えたわ。『鷲の嘴』が」

 その声がはっきりと聞こえるところまでミライが歩み寄るとそこで森の木々は消え、むき出しの岩肌に手を寄せて遠くを遠望するシリィが指差している。

 その指先に森を抜けた風が絡んでは抜けてゆく。

「見て!!」

 濃い森の影と落ちて来る山蛭から解放された気分が、鍔の有る帽子の下から洩れた弾むような言葉に溢れている。

 ミライもフードをやや上げて、シリィの指差す方を見る。

 互いに裂け目へと向かって共立する谷、そのルーン峡谷の先に小さく横に伸びるよ言うな鷲が嘴を伸ばしたような場所が見えた。

 それこそまさに『鷲の嘴』


 ミライは目を細める。視線を下げて峡谷の下へと移す。すると僅かだが木々の中を小さく揺れ動く影が見える。

「見ろ、シリィ。どうやらあの影はシルファへ向かう荷駄隊のようだ。先頭を往くところに旗が見える」

 シリィも目を細め、ミライが言う影を探して頷いた。

 それからミライは指差す。

「あそこに砦が見える。峡谷の砦だ。荷駄隊はあそこへと向かっているんだ」

 そこでふっと息をかけて焔杖イシュタリの炎を消す。

「ここからは岩の道だ。これは岩伝いになって『鷲の嘴』の近くまで伸びている」

 そこまで言って目を再び細める。

「…シリィ、見えるかい?まだ『鷲の嘴』には誰もいないのが…」

 同じようにシリィも目を細める。シリィの視線の先に誰も映っては居なかった。首を縦に振るとミライを見る。ミライもシリィを見て、無言で頷く。

「さぁ、もう少し頑張ろう。ここからなら『鷲の嘴』迄そんなにはかからないだろう」

 シリィがマントを腕で払うと歩き始める。しかしその歩みはゆっくりとではあるが段々と速くなる。

 ミライもシリィの歩みを追う。

 やがて若い二人の歩みは風になった。

 風となった二人は駆け出す様に岩道を走り、二人の運命が待つ『鷲の嘴』へと進んで行く。

 風の行き先にどんな未来が待つのか。今は若い二人にはわからない。

 唯出来るのは、岩肌の道を懸命に翔けることだけだった。

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