第24話
(その24)
老人は慣れた手つきで銃の手入れをしている。
今朝も自分を訪れた若い兵士達に銃の構え方、狙撃する箇所などを伝えていた。
――首や胸など致命傷になるところばかりを狙ってもそんな小さなところには当たらん。
――一発で仕留めることを考えず、広い個所を狙え。それから落ちたところを狙い、二発目、三発目を叩きこむ。
そんな声が隣で籾を打つミライには聞こえていた。
老人の姿は若い兵士に教える教官のようだ。それは年老いた者には一番いい役割かもしれない。
だが、
どうしてもミライにはそれが心に落ち込まないというか、馴染まない。どこか不自然さを感じるのだ。
恐らく横で黙々と石臼を挽いているシリィもそうだろう。
当初ミライは老貴人の仕事が終わり次第、自分の居所へ戻るつもりだった。しかし何やら不穏な空気を感じるうち、もしかしたらこれから先、シリィに降り注ぐ災厄があるのではないかと危惧をして、この暴れ竜の騒動が収まるまではここに滞在することに決めた。
別段、老人はその事について何も咎めない。むしろ歓迎している趣さえある。
カチャリ、
その音にミライとシリィが振り返る。
老人が窓の外へ向けて銃を構えている。
その構える手は微動せず、まるで剣士が構える型のように酷く美しかった。
それは余程の鍛錬がなせる業と言えるだろう。
窓の外を見つめる老人の眼差しを見つめ、ミライは思った。
――それ程の情熱を突然に胸の底に押しやることができるだろうか?
自分はどうか?
具師としてのその本分はこの世界で最良のものを作ることだ。
もし自分がそのような最上の機会を目の前にしたとしたら、目の前の老人と同じように新しい幸福というものに対して、突如具師として最上のものを作り出す情熱の炎を胸底に押しやって、人生の穏やかな波に怯懦するように生きることができるだろうか?
――自らの内に燃え上がる炎えを自分の新しい幸せの為に消して忍ぶように生きることができるのだろうか?
ミライはシリィを見た。
若者が自分を訪れた時、彼女を残して自分は出て行った。
それは自分の仕事だといえばそうなのだが、果たして彼女をひとり残したことは自分として当然あり得るべき別れだとして割り切れた正しい誠実な答えだったのだろうか?
ただ、己の職業人としての底辺に眠る至高の作品を作りたいという欲望に従っただけではないだろうか。
そう思えば、身体に滾る炎を自分一人では到底消せそうにない。
――いつかは自分もそうした欲望の炎に包まれて、大事なものを捨てていくのではないか?
籾を打つ石の音が遠くに聞こえる。
「どうしたの?ミライ」
問いかけるシリィの言葉に我に返るように顔を上げて、ミライは微笑して首を振った。
「いや、何でもないんだ」
「そう?」
深く頷く。
その時、風が吹いた。
見上げるシリィの栗色の髪が風に靡いてゆく。
陽に輝く栗色の髪が揺れている。ミライにはその髪が流れてゆく先を見つめる勇気がない。
シリィの微笑がミライの深い懸念を探っているように見える。
それは心の奥底を知っているよと言いたげだ。
――女と男の欲するものはどこか決定的に違うのかもしれない。
では、
ミライは再び老人を見る。
――老人の見つめたい幸せとは何か?
ミライは細くなる老人の眼差しの奥を覗き込みたくなった。
――あなたは陽の降り注ぐ庭でこれから育とうとする若い二人の将来を、そっと穏やかに木陰で見つめて生きることだと言っているのか?
カチリ
再びその音が聞こえた。
老人が銃を構える。微動せず、窓の外の一点を見ている。
窓が揺れた。
窓が揺れる音に応じるようにミライに黒髪が揺れる。
外では風が吹きだしている。それは幾分か強さを増しているように聞こえた。
「風が強く吹きだしたみたいね。夕暮れには雨になるかしら」
シリィは立ち上がるとゆっくりと庭に出た。
庭先には陽を受けて流れてゆく雲の影が落ちている。その雲の影を掴む様にシリィが歩き出す。
「シリィ・・」
そんな彼女を追うようにミライも壁に掛けた杖を持って立ち上がった。
流れゆく雲の先に何があるというのか?
そんな答えを探すかのように庭を歩く若い二人。
老人はそんな二人に構うことなく微動だにせず銃を構えている。
しかし、もしミライが老人を振り返れば分かったかもしれない。
――それは少しだけ老人が先程と違って僅かに口元に小さな微笑を浮かべていたということを。
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